6「コンプレックスに殺される」


「……待って」

 鳥の囀りと、いつの間にかセットしていた目覚ましの音で目が覚めた。

 寝た覚えがないということは、昨日は寝落ちしてしまったらしい。通りで全然寝た気がしない。

 体を起こして、伸びをする。調べたら満足して、授業に集中できるはずなんて思っていた昨日の自分を怒りたい。そう思いながらスマホで時間を確認すると、午前六時半を示していた。どうやら目覚ましはセットしていたらしい。

 私はそのまま、ツイッターの通知を確認する。

「あ、」

 もなかのツイートを見て、昨日の歌番組を見逃していることに気がついた。ショックである。リアタイで見て、それから録画も見るんだと楽しみにしていたのに……。

 落ち込んでいたところでしょうがない。それなら、録画していたもなかの所だけでも見てから学校に行けばいいのだから。


 そうと決まれば、私は早い。いつもより急いで支度をし、リビングへ向かう。

「おはよう」

 寝不足で目が腫れぼったいことに少し苛立ちつつ、いつも通り朝ご飯を用意した。それから誰も見ていないテレビのリモコンを触って、録画していた歌番組をつける。もなかちゃんが司会の人と話している所やちょっとした特集は、後でゆっくり見るからねと泣く泣く飛ばし、昨日MVが公開されたばかりの新曲を聴く。

 MVで着ていたものと同じ衣装を身にまとい、歌い踊る彼女はとんでもなく可愛かった。


 しばらく余韻に浸っていたいところだが、時間がそれを許さない。

 慌てながら片付けをし、学校へと向かった。



「やっとお昼だ〜!」

「疲れたね」

 あの後学校には無事間に合った。それに、昨日寝落ちはしてしまったが、考えを整理したおかげかちゃんと授業に集中できていた。

「ご飯食べよ」

 華はお弁当を持って私の所に来る。そして、隣の空いた席と向かい合わせにくっつけてお弁当を食べるのがお決まりだ。

「夢李、昨日の夜にやってた歌番組見た?」

「うん、今日の朝だけど見たよ」

「どした、リアタイしてないなんて珍しいね」

「昨日カラオケではしゃぎすぎたかな」

 そんな事を言って笑って、誤魔化す。


「もなかちゃん、やっぱり可愛かったね」

「可愛かった」

 もう、本当に言葉にならないくらいよかったんだけど、突然語り出して引かれたくないので、その一言で我慢。

「あそこが一番好き。あの……あれ、『可愛いと思った?それだけじゃないのよ、私のことをちゃんと見て』ってとこ」

 テンションが上がった華は、足をばたつかせながら言う。二面性のあるメイドさんがテーマのこの曲は、確かにいつもと雰囲気が違う。彼女が言った部分は特にそう感じる部分だ。

「わかる!振り付けもいいよね」

 と、感想を言い合っていると華が突然椅子から立ち上がってこう言った。


「そうだ、夢李、ちょっともなかちゃんの曲歌ってみてよ」

 何という突然の無茶振り。

「いや、それはちょっと……恥ずかしいし……」

 私は必死に頭を横に振って、それを拒否する。恥ずかしすぎるし、何よりも嫌な思い出がフラッシュバックしてしまいそうで、嫌だ。自身でもなかちゃんを汚してしまうような気さえした。

「大丈夫だよ、似てるからいけるって」

 私の腕をつかんでグイグイ引っ張る。テンションが最高潮の華は、誰にも止められないんじゃないかってぐらい強引だった。

「いや、でも、教室だから人もいっぱいいるし……」

「大丈夫だって」

 どうしても歌って欲しいのか、必死に説得をする華に、私は観念して「わかった。やるよ」と言った。

「似てなくても、笑わないでね」


 そして、私は頑張って歌う。昼休みだったのが良かったのか、賑やかな教室の中で悪目立ちする様なことはなかった。むしろ歌っているうちになんだか楽しくなってきた。

「すごい似てる。やっぱり、声似てるから本人みたいだよ」

 華は興奮した面持ちで、私にそう言った。

「ありがとう。嬉しい」

 嬉しかった。だけどやっぱり自分は、もなかちゃんと違って可愛くないし、彼女の様にはなれない。

 やっぱり私は、もなかちゃんとは違う。

 私のコンプレックスがどんどん肥大化していくのが分かった。

 押し潰されそうで、すごく複雑な気持ちだった。

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桃色少女 綾乃花 @flower_alice

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