第86話政府軍の異変

「しかしハーレムですか……」

 アリスは遠い目をしてそう呟く。


 まあ、俺もハーレムについて思うところがないではない。

 3人もの美姫を抱えるのは男の夢というのは一部は真実だが、それ以上に現実では苦労が多い。


 正直、こいつらでなければその面倒を引き受けてでもという気にはまったくならなかっただろう。


 そして……。

 アリスが拳を振り上げて、無駄に熱く叫んだ。


「ハーレムふざけんな! あんなのは男の妄想です!」

 クララがそれに拍手で応え、セラが無表情に涙を浮かべながら何度も頷く。


「おいこら、ちょっと待てぇぇええ!」


 当人たちが囲われることを納得してなければ話にならんだろうが!

 俺はおまえらをいまさら他に譲る気はもうねぇぞ?


「先生は選べる人ですし、選んでしまえる人でしょうね。ですが私たちはそれでも先生が良いのです」

 クララもうっすら目に涙を浮かべて俺への覚悟を促す。


「いや、だから……」

 嫁にするって言ってんじゃん。

 なに言ってんの?


「……今回は私たち3人ともクロ師匠の嫁。それは確定」

「ああ、うん。ソウダネ」


 もはやこいつらがなにを言っているのか俺には理解不能だ。

 誰かわかるか?


 自分たちの世界に入った3人に理解を求めるのは無理として、思わず店内を見回す。

  無言でコップを拭いているマスターは我関せずのスタンス。


 店内に他の客はいない。

 時間が早いせいでもあるが、この店大丈夫か?

 ほぼ常連オンリーの信用における店だが、それはそれで心配になる。


 とにかく3人娘について理解不能だ。


 元から理解不能だった気がするが、出会った当初から俺に懐いてきた理由はわかった。

 それが生きるための選択だったからだ。


 そこでふと俺はテーブルの上に置いてある空のコップに視線が向いた。


 ……そういえば、こいつら酒飲んでたな。

 出会いの初日にもアリスは酒を飲んで、そのまま暴走したのだ。


 俺は納得した。


 その間もアリスは滔滔とうとうと語る。

「もちろん、私たちにも3人で師匠の女になる葛藤かっとうがないわけでもなかったのです。あれはそう、このジョウヨウの街に来る少し前……」


 3人で俺の女になることをハーレムと言うんじゃないのか?


 俺は後でこいつらをベッドでわからせると固く心に誓いながら酒を傾け、酔っ払いアリスの語りを聞く。


 ジョウヨウの対岸のそばに中都市エリョウがある。

 そこには珍しい砂浜が50mほど存在している。

 そこで旗を取り合い、誰が俺の嫁になるか争ったそうだ。


 アリスはフラッグを掲げるポーズで手を上に挙げ、感極まりひぐひっぐと涙する。

 話に聞くだけでも、その光景は酔っ払いのソレであったことだろう。


「そして幾度かの激戦ののち……決着がつかずに沈む夕日を眺め、3人で嫁にしてもらおうと誓ったのです……ひっぐっ」


 それって普通に砂浜で遊んでただけだよな?


 そんでもってお前、泣いてるからなのか、酒でしゃっくりが出ただけなのか、どっちだ?


 俺は心の中でひたすらにツッコミを繰り返し酒を傾ける。

 こんなの飲んでないとやってられん。


「アリス、端折はしょりすぎです。正直に互いに諦めようとして諦められなかったと言ってしまいましょう」


 クララは赤い顔でアリスを穏やかな聖女のように優しく抱きしめた。

 すでにクララの目にも涙。


「……そうそう。誰かがフラッグ取るたびに笑いながら、もう一回、もう一回……勝負に負けたら身を引こうと思いながら。結局、諦められなくて、最後は3人で笑いながら泣いてしまった」


 セラが表情を変えずに空になったコップを傾ける。

 大概酔ってやがる……。


 クールなマスターはなにも言わずに、追加の焼き鳥と水を特大容器でそっとおいてくれた。


 とりあえず、セラのコップに水を注いでやる。

 俺が水を入れたことに気づかずにセラはカパカパとその水を飲み進める。

「……クロ師匠、口移しでお酒飲ませてください」


 そう言って水入りコップを渡してきたので、そのまま特大容器で水を飲ませてやった。


 アリスは泣き、クララは子供をあやす聖女のように抱きしめている。


 あのときのこと思い出して泣いちゃったんですわよね、とクララはエグエグと泣くアリスの頭を優しく撫でている。


 酒の席でよく見られる混沌がそこにあった。


 ついにアリスは、あー、うー、とゾンビのようにうなりだし、その心情を吐露とろする。

 ホラーかな?


「だって師匠の嫁になれなかったら……クララは自害しそうですし、セラは確実にストーカーになりますし、私は狂うだろうなぁ……と確信してまして」

 申し訳なさそ〜うにアリスは俺に上目遣いでそう告げる。


 それを受けて俺がクララに視線を向けると、照れか酔いかわからない赤い顔でパッと俺から顔を逸らす。


 セラに至っては自慢げに親指をグッと立てて見せる。


 照れることでも、自慢できることでもねぇからな?


「……クロ師匠は1人を選んでしまえる人だから。誰か1人を選んでしまえばきっと手遅れだと思った」


 それを聞いて深く息を吐く。

 こいつらは俺のことをわかっているのか、いないのか。


 恋愛ゲームがゲームで終わるなら、誰かを選ぶ決断は不要だ。


 戦場の中で緩やかに放たれた銃砲の玉が命中して、つい数分前まで笑い合った人がパッと華が咲き散るように、あっけなく消える。


 明日どころか今日にでも消える命を抱えて、もだもだと好きかどうかとか、付き合うかどうかとか。


 そんなことに気をとらわれていられる平和ボケした世界に俺たちはいない。

 いいや、もとより俺自身がそういう性分しょうぶんではないか。


 今更も今更だ。

 改めて言う必要がどこにあると言うのか。

 それでもその言葉を望むならはっきりとしてやろう。


「3人とも俺の嫁だと言っただろ。悪いが泣こうがわめこうが今更逃さねぇよ」

 若干の凶暴性を匂わせながら俺は断言する。


 そして、酒を一口飲んでから言葉を付け加える。

「……周りからハーレムだとかなにを言われようとな」


 世間一般の感覚で1人に選ばそうとしても手遅れなのだ。

 俺は……3人を奪うことに決めたのだ。


 その言葉を聞いて、3人が同時に目を丸くする。

「だからハーレムってなんですか!?」

「先生、私たち以外に誰と!」

「……一体、どこの女が」


「おまえら3人を嫁にしたらハーレムだよな!?」

 その話、さっきもしたよな!?

 この酔っぱらいどもが!!


「私たちは3人で1人ですから!」

 アリスはドンっと胸を叩き、勢いよく叩きすぎたらしくゴホゴホと咳き込み、その背をクララが慌てて撫でて、セラが満足げに頷く。


 それからアリスは再度、拳を突き上げて無駄にとても熱く宣言する。

「それなら問題なしです! ゆっくり進んでダダダっと駆け出してグワっとガバッと、じっくり関係を進めましょう」


 勇ましい擬音ぎおんのわりにゆっくり、じっくりとしか言ってないよな?


 それから拳を突き上げて、いま気づいたとでもいうように真顔になったアリスが言う。

「あ、そうだ。師匠実はこれも言っておかないといけないと思ったんですが、政府軍の内部で第3勢力が発生したいみたいです」

「第3勢力?」


 俺の想像以上に事態は動いていた。

 まさに青天の霹靂というやつである。


 ……っていうか話の振り幅大きいな、おい。

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【ゆっくり再開】お師匠様はライバルキャラ❤️〜魔導戦記ゲームの主人公娘をボコボコにしたら、懐かれた。 パタパタ @patapatasan

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