被食生命体メルグの超越 ~帰宅したら変なルームメイトが勝手に棲み付いていたんだが~
ぽんぽこ@書籍発売中!!
前編
俺は最近、とある妄想にハマっている。
美少女が突然俺のアパートに現れ、イチャラブな同棲生活をすることになる。そんなありきたりな非モテ男の悲しい妄想だ。
あぁ、もちろん笑ってくれていい。そんな現実逃避ぐらいしか、社畜でボロボロになった俺を癒してくれるものがなかったんだ。
馬鹿な妄想を繰り返していたのが
今日も深夜まで続いた残業を終え、独り暮らしのアパートへと帰ってきた。そんな俺をタチの悪い幻聴が襲ったのだ。
「私を召し上がってくださいませ、捕食者さま!!」
「えっ、この声……ま、まさかサユリン!?」
耳を癒してくれるような、可愛らしいボイス。
間違いない。俺が数年前から推している美少女声優、サユリンと同じ声だ。しかし、どうしてサユリンが俺の家に!?
はっ……もしや日々の妄想が遂に、目の前で現実となったのだろうか!?
俺は急いで声の
だが蛍光灯に照らし出されたのは、愛しのサユリンではなかった。否、それどころか人ですらなかったのだ。
「――スライム?」
それはバレーボール程の大きさの、喋る黄色いスライムだった。
◇
あのまま廊下にスライムが居付かれても困るので、取り敢えず部屋の中に移動させることにした。
今はリビングにあるテーブルの上で、ポヨンポヨンと伸びたり縮んだりして遊んでいる。このスライムはある程度形が変えられるみたいで、雫型のボディから手を生やしたり、マッシュルームみたいな傘を頭に作ったりしていた。
「……?」
「いや……なんでもない」
しばらく正面に座って見つめていたら、不思議そうに傘頭を斜めに傾けてきた。
うーん。何なんだろうな、これ。見た目はゲームや漫画で見るような、半透明の黄色いスライムだ。
しかし顔も内臓も無いのに、コイツはどうやって喋っているんだ? それにどうして、俺の推しであるサユリンと同じ声を……。
「ではあらためて。お初にお目にかかります、捕食者さま!! 私は別の世界からやってきた、メルグと申すであります!!」
「あぁ、うん。はじめまして。俺の名前はケンジだ」
早く警察を呼んだ方がいいのかなぁ。初対面の人間を捕食者って言い出したぞ、このスライム。俺が喰われる方じゃないからまだ良いけど。
他にも気になるところはある。……のだが、ここは一旦保留にしておこう。
こっちは仕事で疲れているし、もしかしたらこれは全部、俺の見ている幻覚なのかもしれない。一度冷静になってから、警察と救急車のどちらを呼ぶか判断するとしよう。
キッチンで淹れてきたばかりの紅茶をズズズと飲みながら、ふぅと一息入れる。
社畜独身生活な俺の家に、急須や緑茶なんて大層な物は無い。客人(客スライム?)なんてメルグが初めてだ。
キッチンの戸棚の中に一つだけ残っていた、紅茶のティーバッグをヤカンに突っ込んで煮出してみた。ちなみに彼女(?)にも俺と同じものを出してやっている。
「ふぅ~! このお茶は最高に美味しいでありますね!」
「そうか、それは良かったよ」
メルグは小さな手で器用にチビチビと飲んでは、楽しそうにグネグネと踊っていた。俺にとってはお湯に色がついた程度なのだが、メルグにとっては美味しく感じるようだ。
「ところで
「ぶふぉっ!? ゴホッ、ゲホッ……」
「大丈夫ですか、
変な名前で呼ばれたせいで、むせてお茶を
「ケホッ……だ、だいじょうぶ。あと俺の名前はケンジダじゃない、ケンジだ」
「……?」
「あぁ、もう良いです。ケンジダで良いです、はい。それよりもメルグがさっきから言っている、“捕食”や“捕食者さま”って何のことだ?」
名前を訂正するも、メルグは身体をぐね~と横に倒すだけ。これは人間でいうところの、“首を傾けた”に当たるのだろう。
この脳味噌の入っていなさそうなスライムに、人並みの理解力を求めようとした俺の方が間違っていた。
「メルグは
「……? いや、まずその被食生命体っていうのが分からんのだが……?」
「被食生命体は被食生命体なのであります! 食べられることを至上の命題とする、唯一無二の生命体。食べられるために生まれ、食べられて死ぬ。これがメルグという種族なのです!」
あ、こりゃ駄目だ。
メルグはグーンと胸を反らして得意気に語っているが、こっちは余計に首を傾げるハメになった。
もし言葉の意味をそのまま捉えるとするならば、食べられるために生きている生命体ってことか? メルグというのはそもそも名前ではなく、そういう種族の名前であると?
「食べられて死ぬって、それって生命体として大丈夫なのか? 死んだら後世を残せないじゃないか……」
普通の生き物って、食べられないように進化していくものだよなぁ?
地球の長い歴史を見てみても、現存している種族はどれも自身を食べる天敵から身を守ってきたんだから。
……とはいえ、メルグは異世界からやってきたスライムだ。繁殖そのものが要らないのかもしれない。
「心配ご無用なのです! メルグは捕食されることで空気中にメルグロースが分散され、子孫がババーンと増えるのです!」
「メルグロ……え、なにそれ?」
「仕組みでありますか? メルグロースがアゲタテンしたポテトンと結合すると、サクサクサイクルによってピロリーピロリーが生成されてメルグ胞子がグーンってなるのです!」
「ちょ、ちょっと待って? これって何の話だっけ??」
無理だ無理!! 不思議ワードが飛び交い過ぎて、一般人の俺には理解不能だ。
あと途中で美味しそうな物質が生まれてたぞ!? おかげで夜中なのにジャンクフードが食べたくなったじゃないか。
「――うん、まぁ。メルグが不思議な生命体だというのだけは良く分かったよ。それで、どうしてメルグは俺の家に居るんだ? 俺に何か用があって来たのか?」
ここまでしっかりと会話ができてしまうと、もはや俺の幻覚だとは言えない。
もし用件があるのならば、さっさと済ませて帰ってもらおう。こっちは明日も仕事で朝も早いのだ。社畜の貴重な睡眠時間を削らないでほしい。
「それはもちろん、捕食者さまに食べてもらうためであります!」
「食べてもらう……俺がメルグを食べるのか!?」
「メルグたちはほぼ寿命がない代わりに、被食をされないと子孫を増やせないのです。メルグの国は少子化で、絶滅の危機に瀕しているのです。メルグは我々の種族の存続のために、あのゲートを潜って異世界からはるばるやってきたであります!」
「もうやだぁ……コイツ、会社の上司並に訳分かんないこと言ってくるよぉ……」
メルグが指差していたのは、キッチンにある冷蔵庫だった。つまりあの中に異世界と繋ぐゲートがあるらしい。どうりで紅茶を淹れた時に、冷蔵庫のドアが半開きになっていたわけだよ!?
ていうか異世界って……どうしよう、どうにか元の世界に送り返せるのか?
「異世界って……どうしてウチの冷蔵庫が異世界と繋がるゲートになるんだよ?」
「……? ケンジダさまがゲートを開いたのでは?」
「――は?」
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