第26話 契約期間が終わり、一人一人に報酬が渡された。

 契約期間が終わり、一人一人に報酬が渡された。それは赤い輝きをもった小さな小さな宝石のかけらだった。


「ここで換金すると物凄くぼられるらしい」

「なくしても責任はとらないって」

「これ、取られるって話だよ」

「会社が暴徒を雇って、何人かの分を回収するんだってね」

「労働者同士でもあるらしいよ、単にスられたり、喧嘩になって……」


 自分の宝石が誰かに取られやしないかと、労働者達は次第によそよそしくなって、散り散りに分かれていった。寂しい別れだった。


 労働者達は宝石の他に、帰りの交通費や数日生活する分には困らない分の報酬も渡されていた。


 ノビルは汽車に乗った。ノビルはまだ帰るとは決めていなかったが、紫の街に進む方向の汽車に乗った。汽車は動き始めて、景色は川の流れのように流れ始めた。


 ノビルは死んだ何人もの人や、苦しんでいる人や自分自身のことを思った。あの人は何をしたかったのだろうか? あの人は焚き火を燃やして人々にこの火の美しさを共有したかったのではないだろうか? もしかして料理を振る舞ってやりたかったのかもしれない?


 あの時聞こえた声は? あの子供はどうしたのだろうか?


 母親がもし過剰な仕事などに人生を塗りつぶされないで生きていたらどうなっていただろう? 乞食も自分の居場所が与えられていたら? あんな固い場所にいて軽蔑される必要がなかったとしたら?


 人々の所有物が少なかったら? コンクリートに埋め尽くされていなかったら? 笑っても怒ってもそれが自由だったら?


 皆どう生きていくのだろうか? 見えない場所で死んでいく人々のことは?


 ノビルは汽車から降りた。


 そこは目的地ではなかった。ただ偶然隣に停まっていた汽車に乗ってみたいと思っただけだった。


 ノビルは力いっぱい全速力で走って、隣の汽車の中へ飛び込んだ。そしてわざとぜえぜえはあはあ息を荒くして、立ったまま汽車の中の壁に寄りかかった。


 汽車が動き出した。汽車は紫の街でも坑道でもない、どことも違う方向に進み始めた。


 ノビルは自分の手持ちの僅かな金を見た。自分はなんて馬鹿なんだろうと思って、おかしくて笑った。そうして笑っていたら、あの時三人で時計を見て笑ったことを思い出した。みんなと、ほんとうに誰とでも、こうやって笑いあえたらどんなにいいだろうかとノビルはふっと思った。


 ノビルは次々に変わっては消えていく窓の外の景色を見て、石を見つめた。本当に美しく赤い輝きだった。同時にそれはこの四年分の仕事の残された成果だった。ノビルはそれを口に運んで飲み込んだ。


 ノビルは暫く何も考えず、窓の外の景色を見ていた。ノビルは落ち着いていた。これで何も起こらなくても良いと思っていたからだった。


 窓の外の景色を見ながら、自分は何のために生きているのだろうか、何をするべきなのだろうかとゆっくりと考え始めていた。


 


 汽車は揺れていた。

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紫色の街 @tPenguin

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