第31話 恋人
市営プールに設けられた10分間の休憩を挟んで流れるプールに浮かぶまいと俺。浮き輪にすっぽりと入りぐてっと上半身を預けているまいと、同じように浮き輪の後ろ半分に上半身を預けて流れに身を任せている俺。
流れるプールは室内から屋外に設けられたちびっこプールの外周を周るような造りになっており、所々にちびっこプールを行き来するための橋が架けられている。
「……カップルが多いですね」
まいの一言に周りを見渡すと俺たちと同じように浮き輪に乗った彼女を後ろから彼氏が抱きしめるかのように浮かんでいる光景があちらこちらで見られた。
「……はたから見れば俺たちも恋人同士に見られるのかもな」
何気ない独り言だったが、ぐるりとこちらを向いたまいの表情がキラキラと輝いている。
「はい! 間違いないです。プールで密着する男女はカップルです!」
力説する必要はないだろ?
水面に映る陽の光に照らされて、いつも以上にまいの笑顔が輝いて見える。
「ほんとにかわいいな」
まいに聞こえないように呟く。
チラチラと俺の様子を伺うように視線を向けてくるまい。俺が気づくとうれしそうに笑顔になる。
波のプールほどではないが、時折波立つ水面に2人の距離が縮まる。
「信平くん、あの———」
まいが何か言おうと振り向いた瞬間、水面が浮かび上がり互いの顔が至近距離まで近づく。
「ママ〜、あのお兄ちゃん達チューしてる〜」
「こらっ、シーよ」
小さな子どもの声に恥ずかしくなり、まいは慌てて前を向く。
「び、びっくりした。不意打ちはさすがに恥ずかしいよ」
浮き輪に突っ伏して顔を隠しているらしいまい。普段は意外と攻めてくるのに自分の意図しない出来事には弱いらしい。
それでも時折赤い顔のままこちらの様子をチラチラと伺っている。
陸上のちびっこたちの楽しそうな声を聞きながら羞恥から復帰したまいと他愛ない話をしていると少し肌寒いくらいの強い風が吹き、身体が浮き輪ごと浮かび上がる。
再度近く距離と橋の下に入り暗くなる視界。
薄暗い視界の中でもハッキリとわかる驚いた表情のまいと唇の柔らかい感触。
「……んっ」
自分でも無意識のうちに引き寄せていた小さな頭。
視界が明るくなり触れていた唇を離し、代わりに額をくっ付ける。正直に言って恥ずかしくて顔を見ていられない。
「好きだ、まい」
スルリと口からこぼれ出た素直な気持ち。
「……私も、大好きです」
首に両手を回して抱きついてくるまいをしっかりと抱きしめ返す。残念ながら浮き輪が邪魔をして胸の膨らみは感じられないが、冷えた身体からも温もりが感じられる。
「これからは恋人、ですよ?」
「そう、だな。もう恋人だな」
幼馴染のラブコメの中のモブに過ぎなかった俺に現れた、俺だけのヒロイン。
なぜだろう? このラブコメは一生を掛けて続く気がしてならない。
幼馴染のラブコメのモブキャラだと思っていた俺が、自分もラブコメの主人公だということにまだ気づいてない yuzuhiro @yuzuhiro
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