第30話 青春ラブコメ

 平日とは言え、今は夏休み。安価な市民プールは学生で賑わっている。なかでも人気なのがウォータースライダーだ。

 受付では1人乗りと2人乗りのボートが用意されており、まいは迷わず2人乗りのボートを選択。今は2人でボートを持ちながら階段で順番待ちをしている。


「ふふん、ふんふん。ふふふ、プールなんて久しぶりですけど、こんなに楽しいとは思ってなかったです」


 よほど機嫌がいいらしく、時折鼻唄まで披露してくれるまい。笑顔も通常の1.5倍ほど輝いている。


「楽しんでくれてなにより。久しぶりって言ってたけど、ひょっとしてその水着、おニューだったりする?」


 プールに行く約束をした時、準備が必要だと言ってたのは水着の調達のためだったんじゃないだろうか?


「あ、はい。他にも着れる水着は持ってるんですけど、やっぱり信平くんに少しでもかわいいって思ってもらいたくて。週末にきょうちゃんと一緒に買いに行ってきました。きょうちゃんも冴木くんと海に行く約束したからって言ってたので、その、すっごいの買ってました」


「すっごいの? あいつ何考えてるんだ?」


 まいに勝るとも劣らない美少女のきょう。普通にしていてもビーチの視線を集めそうなのに、他のやつにまでセクシーサービスしてどうすんだ?


「あ、でもちゃんとした水着姿は冴木くんにしか見せないって言ってたからパーカー羽織ると思いますよ?」


 その辺りのリスクマネジメントはさすがと言ったところか。あいつが水着姿でビーチをふらふら歩いていたらナンパヤローに遭遇する可能性大だろうしな。真斗の苦労も容易に想像できてしまう。


 なぜって? いま身をもって経験しているところだ。さっきから大学生風のやつらがまいを見てニヤニヤとしているし、高校生らしきグループもまいに視線を向けながら何やらヒソヒソと話し合っている。

 

 ひとりにすると面倒なことになりそうだと思いながらまわりに睨みを効かせている。


「その、さっきから怖い顔してますけど、信平くんは楽しく———」

「めっちゃ楽しんでるし? まいの水着姿眼福だし? 肌が触れ合うの緊張するけど実際のところうれしいし? ただ、邪な目でまいを見られるのはイラってするなって思ってるだけだから気にしないでくれ」


 まわりに睨みを効かせたまま、捲し立てるように答える。ただ、あまりにも考えなしの回答だったのは反省すべき点だな。


 赤い顔をしながらも、無言で距離を詰められる。

 いや、距離という言葉は適切じゃないな。すでにお互いの身体の境界線は崩れ、特にまいの双丘の片方は俺の左膝によって元の形状を留めていない。


「えへへへ。最近、信平くんが褒めてくれるので自分に自信が持てるようになってきました」


「ん? そんなモテるのに? 自己評価下げすぎると反感買うぞ?」


「それは、まぁ……、でも私のことよく知らない人に褒められても信用できないじゃないですか? でも、信平くんは私のことちゃんとわかってくれてるから、そんな信平くんの言葉は信用できるんです」


 ピタリと身体を密着させたまま上目遣いで見つめられ視線を逸らすことができない。

 中学時代の経験から誰にでも心を開くことができなくなっている彼女からの全幅の信頼は、男名利に尽きるというもの。

 ボートを下に置き空いた手をまいの頭の上に置いた。


「いつもかわいいけど、水着姿もかわいい。ちょっとやり過ぎちゃうところもあるけど真っ直ぐで自分に正直なとこも尊敬できる。頑張り屋さんで料理の腕もメキメキと上がってる。俺の胃袋は完全にまい仕様になってるしな。それに———」

「す、ストップ! あ、ありがとうございます。その辺でいいです。それ以上褒められるといろいろと我慢できなくなっちゃいます」


 両手で俺の口を塞ぐまい。いろいろ我慢ってなんだ?


 15分ほどの待ち時間で順番が来たのだが、乗る段階になってちょっとしたトラブルが発生。


「近過ぎない?」


 8の字型のゴムボート。まいを前に座らせて後ろの窪みに座ってみたのだが、思っていたよりも距離が近い。お互いに背中をボートのヘリに預ける状態になるのだが、俺が背中を預けている外周とは違い真ん中のヘリは低めに設定されていて、まいの頭が俺の股の間にすっぽりと収まっており、少しでもズレようものなら俺の大事な部分にタッチしてしまいそうだ。


 まいがズレなくても、ムクっとなったらヤバいな。

 ナニがヤバいって? まあ、あれだ。うん。この角度かなりヤバい。ビキニ姿のまいの谷間と、蠱惑的な三角地帯。健康的な男子高校生に見るなと言われても無理がある。仕方なく目をつぶっていると、前方からまいのちょっとからかうような声がする。


「あれ? 信平くん、ひょっとして怖いんですか?」


 恐る恐る目を開けると見上げるようにまいが俺を見ていた。


「……ある意味な」


 頭の上に?マークを浮かべたような表情のまい。


「じゃあスタートします」


 係員さんの号令でボートが押され勢いよく滑り落ちる中、まいの楽しそうな笑い声が聞こえてくる。


「あはははは。気持ちいい」


 2分程度の短い時間だったが、水しぶきを受けた俺たちの笑顔は青春ラブコメにふさわしい一コマだった。

 


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