頭に霧がかかった男

hekisei

第1話

「仕事は副業アドバイザーっす」

「たとえば?」

「せどりとか暗号通貨とか、その他、金になることなら何でも」


 そう答える男性は40歳前後だろうか。

 コロナ感染後の不調を主訴にオレの外来を受診したのだ。


「そうすると、肉体労働というよりはデスクワークですね」

「前は対面たいめんもあったけど、今はオンラインだけっすね」


 確かにコロナにかかっていながら対面をやっていたら正気じゃない。


 半年ほど前にコロナ感染で専用病床に入院していたらしい。

 高熱の他にお決まりの嗅覚障害きゅうかくしょうがい、味覚障害があったそうだ。


 問題は退院の後。確かに熱が下がって仕事を再開したのだけど、全身がだるい、頭が痛い、考えがまとまらない、という。


「朝は調子が良くて、昼になるにつれて頭痛がひどくなるとか?」

「そういう日もあるし、逆の日もあります」

「朝、起きたときの頭痛がひどいということですか」

「そうっすね。あまり決まったパターンってのはないっす」


 近所のクリニックからは「髄液漏出症ずいえきろうしゅつしょうかもしれない」ということで紹介されてきた。

 でも症状からは違っているみたいだ。


「1番調子が悪かったのはいつ頃ですか?」

「退院した直後ですかね」

「その時と今と比べたら?」

「今の方がだいぶマシっす」


 波はあるけど少しずつは良くなっているとのこと。


「コロナの後遺症だったら1ヵ月ほどで治るはず、と思っているわけですね」

「そうなんすよ。いつまでも経っても元に戻らないから心配で心配で」

「コロナの場合だったら調子が戻るまで、皆さん半年から1年くらいかかりますね」

「そうなんですか!」


 コロナ後遺症でオレの外来を受診した人はもう無数といっていい。

 症状は色々ある。

 典型的なのは脱毛や息切れ、倦怠感だ。

 その他に考えがまとまらない、というのもあって、ブレイン・フォグという名前までつけられている。

 つまり、頭の中に霧がかかっている、というわけだ。


「コロナにかかると、その人の弱点が露呈ろていするんじゃないかな」

「そうなんすか!」

「喘息が再発したり、腰痛が悪化したり、まあ色々みましたよ」


 これらの症状は改善・悪化を繰り返しながら徐々に良くなっていく。

 しかし、そのペースは極めてゆっくりだ。


「治るのに半年くらいかかる人は多いけど、1年以上かかった人は見たことないな」

「それ聞いただけでも少し安心しました」

「どのくらいで治るかの見通しが分かったらかなり違いますよね」

「入院していた病院に行ったら『精神的なものだ』と言われたんすよ」

「精神的な要素も無いわけじゃないですけどね」


 コロナ病床のある病院だったら後遺症にも詳しいのかと思ったけど、案外、そうでもなさそうだ。


「俺、どうしたらいいんすか、これから」

「清く正しい生活を送ることですね。酒とかタバコはやめて」

「元々どっちもやらないっす」

「じゃあ、よく寝ること、散歩のような軽い運動を続けること」

「筋トレはやってもいいっすか?」

「やりすぎない程度ならいいですよ」


 まあ、全身倦怠感があって筋トレをする人もあまりいないとは思うが。


「これまで効いた薬もあるから、ダメモトで出してみましょう」

「ぜひお願いします」


 何の薬がコロナ後遺症に効くのか公式見解を待つわけにはいかない。

 これまでの試行錯誤しこうさくごの中で、手応てごたえのあった薬が少数ながらある。

 それを処方しようってわけだ。


「あとね、精神的ダメージによく効く薬もあるんですよ」

「そんなのがあるんっすか!」


 これはオレの経験だ。

 何にでも効く、万能の薬。


「お金ですね。人間、金儲かねもうけがうまくいったら少々の悩みは吹っ飛びます」

「確かに……そうだ」

「お仕事頑張ってくださいね」

「頑張りますっ!」


 そういって男性は晴れやかな顔で帰っていった。


-完-

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