少女達の哀日

卯月代

心優しい少女

第1話 哀も変わらず

「ありがとう。聡美さとみちゃんは優しいね」

 私がプリントを渡すと、慧理えりは少し申し訳なさそうにプリントを受け取り、そう言った。

 今日学校を休んだ慧理にプリントを届けることになり、一番仲の良い私が選ばれた。いつも通りというのは、慧理は体が少し弱く休みがちだからなのだが、私は慧理が休む度に、自分の家と反対方向の慧理の家にプリントを届けている。

「いつもごめんね。ありがとう」

「いいのいいの。慧理ちゃんに会いたかったし。それより体調大丈夫? 」

「うん、聡美ちゃんが来てくれたおかげで良くなった」

 慧理はそう言って無邪気に笑った。この笑顔を見るだけで、学校から家を往復するぐらいの距離がある帰り道を、私はネガティブに思うことなく帰ることが出来る。自分は意外と単純なのかもしれないと、帰り道のアスファルトを蹴りながらぼんやりと思った。



「行ってきます」

「あ、ちょっと待って、今日は曇ってるから一応ね」

 そう言ってお母さんは傘を差し出す。

「うん、ありがとう。行ってきます」

 それを受け取り、足で止めていた開きかけの玄関のドアを押して、曇った空を仰ぎ見る。曇りは好きでは無い。灰色の通学路がさらに暗くなって憂鬱だ。そんな、なんでもない通学路を暗い気持ちで通るのは少々勿体ない気がする。長い傘がふくらはぎの横で揺られて、自分の体と一定のリズムを取っている。

 普通の通学路。


 いつも通りチャイムの10分前に学校に着くと、私は当然のように教室の前の教卓に宿題を置いた。私のクラスでは宿題は教卓に重ねて置くことがルールだ。

 前のクラスでは係の人が集めることがルールなこともあり、新学期が始まった頃はこんなに楽でいいのかと、一種の罪悪感のような気持ちと、面倒くさいことを一年続けたことへの惜しい気持ちもあった。そんなネガティブに物事を考える私も、数学の係になったことがあった。その都度、朝早めに来て集めたりしたが、先生に渡しに行かなければいけないシステムに面倒臭さを感じていた。

 そんな身に染みついた週間も、半年もすればこちらのやり方が当然になった。


「聡美ちゃんおはよう」

 このクラスの快適な宿題の出し方に今更ながらしみじみ思っていると、慧理が隣で宿題を抱えていた。少し前屈みで、髪の毛が肩から色んな方向に跳ねている。慧理のそれが、ちょっと可愛いらしく見えた。顔の横にかかるふわふわしてまとまりのある髪の毛が、慧理の意外にも大きい瞳を強調している。

「おはよう、来てくれてよかった」

「昨日聡美ちゃんが来てくれたおかげ」

 そう言ってニカリと笑う。

 慧理はそんなことを躊躇いもなく言ってくれる。そんな風だからずっと一緒に居たくなる。どうして慧理と一緒に居るのかと聞かれたことがあるが、単純な理由だ。

 ただ慧理は休みがちなのでそれがクラスの人によく思われないことがある。休むだけクラスから、社会から遠ざかる。そんな空気感が苦手だ。

 慧理と一緒に居るのはそれもあるのかもしれない。


 放課後、私と慧理は美術室へ向かっていた。私達は美術部に所属している。元々私は絵をかく仕事に憧れを持っていた。美術部に入れば周りの人に影響されて上手くなれるだろうと、なんとなく入部した。慧理と仲良くなったきっかけでもあった。一方で慧理の方は小さい頃から絵が好きだったらしく、私からすると純粋な理由で美術部に入部している。

「今日曇りだね」

「私曇りの日あんまり好きじゃないんだよね」

 私は朝の憂鬱を思い出してそう言った。

「そうなんだ。私は曇り嫌いじゃないかも、聡美ちゃんが居ればあんまり関係ないし」

 また嬉しいことを言ってくれる。私は思わず笑った。

「ありがと、でもなんで? 曇ってると気分下がっちゃわない?」

「曇りっていつもと景色が変わらないから、いつも気が付かないものに気が付きやすいからかな…?」

「たとえばどんな?」

「えっと…たとえば…桜の樹がね、学校に来るまでにあるんだけど、桜って春は綺麗な花が咲いてみんなの目に止まるでしょ? でもそれ以外の季節は忘れ去られたみたいに話題に出ない…から、茶色い幹の桜を見てちょっと感傷的になったりして…」

 自分では言っていることが分からなくなってしまったのか、自信がないのか、慧理はよく語尾を濁らせる。でも慧理の言っていることは言葉を濁す必要は無いくらい、私にとって素敵な考え方だった。慧理は私には気がつくことのないところで美しさを見出す。そんな感性を持つ慧理を羨ましく思った。

「そういうの好き」

 私は素直に自分の気持ちを言葉に出した。もっと自信を持てばいいのに。そんな気持ちもどこかに込もっていたのかもしれない。

 夏の蒸し暑さがまだ残り、廊下を占領していた。



 部活が始まると一番に先生からお知らせがあった。

「県高校総合文化祭が今年もあります。今から呼ぶ人は、絶対では無いですが何かしらの作品を出せると良いですね。締切は11月23日です。丁度2ヶ月ぐらいですね。名前を呼ばれなかった人も是非自主的に作品を出して、活気ある部活動にしましょう。先生からは以上です。では各自、作業に戻ってください。」

 話が終わり、静かな教室に騒めきが戻った。

 そして先生に呼ばれた数名は、教室の前にある美術室特有の大きい長方形の白い机を囲んで、話の続きを聞かされていた。私は呼ばれなかった。慧理は去年にそのコンクールで佳作を取ったこともあり、この数名に含まれていた。

 そのコンクールのことを、周りはみんな「県総文けんそうぶん」と呼んでいた。県総文は謂わば、文化部のインターハイのようなもので、部活の目的がそのコンクールで賞を取ること、という学校も多い筈だ。そんな、県総文に力を入れている学校の中で、この学校は2ヶ月前から準備をする。まあそういうものなのだろう。この部室内の雰囲気を見れば分かることだった。机に各自持ってきたノートを広げるだけで雑談する人達や、携帯を触る人もいる。私は正直言って、この雰囲気は苦手では無い。いけないと分かりながらこの雰囲気に呑まれている自分がいた。

 周りが落書きや雑談をする中、私はぼけっと慧理の方を見ていた。背は高くも低くも無いが、背中を丸くしているせいで普通よりも小さく見えた。

 他に呼ばれた人達は、賞を取ったことがあったり、美大を目指している子だったり、真面目な子だったりと、話の聞き方も、立ち方や雰囲気もまちまちだったが、共通して絵が上手いと言われる子達であった。

 私もあの場所に呼ばれたい気持ちはあった。先生に呼ばれるというのは、少なからず認められているということで、学校の中ではどんな評価よりも素晴らしいもののように見えたのだ。

 そんな嫉妬にも満たない眼差しを向けていると、慧理がこちらを向いて戻ってきた。慧理は定位置となっている私の隣に座り、先程先生からもらっていたパンフレットを机に置いた。

「何描こうと思ってるの?」

「どうしようかな、テーマが文化祭らしいから…」

「吹奏楽部の楽器とかが文化祭って分かりやすくていいんじゃない?」

「いいね、じゃあそれ使って描こうかな」

「写真部とか百人一首クラブとかがこの学校にあるから、カメラとか百人一首の札とかも使ったら文化祭らしくなるかな?」

「じゃあそれ使おう。合作だね」

 そう言って慧理はこちらを覗き込んで笑った。慧理の絵に間接的に手を加えることができたことが、少しだけ誇らしく思えた。

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少女達の哀日 卯月代 @uzuki3295

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