第12話 倫理はとうに死んでいる。だから
『すげえ、これ、テレパス? 』
『そうだ。お前、今どこにいる? 』
『なんか岩? がある』
はたと思い当たる場所があった。二二が攻撃してこないロボットを見せてくれた場所だ。その場所は今俺を運んでいる巨人兵士が向かっている方向と同じ場所にある。まさか、と身をよじって進行方向を向くと、そこには大きな岩が転がっていた。
『頼む、まだ力が残っていたら今から通る巨人兵士の腕を狙ってくれ。プログラムが逝っちまえばコイツらは脅威じゃない。俺でも倒せた。二人ならできる! 』
次の瞬間、岩がぶっ飛んできて巨人兵士を潰しかけた。
血だらけのレーイチとこと切れた班員たち。そして、その中央に立っている人型のロボットの姿だ。そいつはすでに動かなかったが、レーイチの脚をひきちぎって重症を負わせ、班員たちを殺したのはコイツで間違いない。
「なんだコイツ」
俺は震える声で言った。見たことのないロボットだった。これは悪夢か現実か。とにかく神様は俺たちを徹底的にいじめたいらしい。今までのロボットに勝てる術も確立できていないのに、新型とは。
「ニ、コ」
容赦のない激しい攻撃に晒され、レーイチの声帯からはかすれた声しか出なかった。
「大丈夫? 」
「……お前がいるから、もう大丈夫」
レーイチは弱々しく笑みを浮かべると、そのまま意識を失った。血を失いすぎたようだ。俺はレーイチを抱えてできるかぎりの速さで走った。幸いにもこの辺りには敵はもういないようだ。だが、安心はできない。早く基地に戻って治療を受けなければ。俺はレーイチを背負って走り続けた。
✳︎✳︎✳︎
基地に戻ると、レーイチはすぐに手術室へ運ばれた。俺は外で待機させられ、骨折やその他もろもろの手当てを受けた。その間、ずっと不安な気持ちでいた。レーイチが死んでしまうかもしれないと思うと、怖くて仕方がなかったのだ。幸い手術は成功した。
引きちぎられた脚は一六から、血液は俺や基地の仲間からもらい、あとは意識の回復を待つのみだ。俺はほっと胸を撫で下ろした。
死体の脚をとってくっつけるなんて、という倫理観は我々にはない。というか旧時代の価値観に照らし合わせれば、近親もどきの恋愛ごっこなど身の毛もよだつ行為だろう。それでいいんだ。神は我々に冷たく、倫理はすでに死んでいる。この世界は生き残るにはあまりにも希望がなく、我々はそう遠くないうちに滅びる。でも、我々はまだ歪みきった心を捨てられないまま、このディストピアを生きている。パンドラの箱には希望が残ったらしいが、我々の箱にはきっと愛が残ったのだ。
それから一週間後、レーイチは目を覚ました。俺は嬉しかったが、その気持ちは必死に抑え込んだ。レーイチの目覚めは最悪なものになるだろうと思ったからだ。なんせ仲間が惨殺されている。しかしレーイチは意外にも冷静だった。
「ニコ、僕どのくらい寝ていた? 」
「一週間だよ。もう起きていいのか? 」
「あぁ、問題ないよ。ありがとう、心配かけてごめんね。ニコはなんともない? 」
「腕の骨折さえ治れば完璧」
「良かったあ」
レーイチの顔に笑顔が戻った。俺はレーイチの頭をポンと叩いた。レーイチは、あの惨劇を忘れてはいないはずだ。忘れていないどころか、鮮明に覚えているに違いない。だけど、今だけは生き残ったことを喜んでもいいじゃないか。俺はレーイチを抱きしめた。
「ニコ? 」
「……無事で良かった」
ふふん、とレーイチは鼻を鳴らした。
「言ったでしょ、僕は死なないって」
「そうだったね」
「ニコ、ちょっとだけ僕と視線あわせてくんない? 」
レーイチはベッドで上体を起こしている。俺は少し屈み込んでレーイチの言う通りにした。顔が近づいて、ああここまでよってくれればどう言う顔してるかわかるな、なんて考えた。俺は間抜けな顔をしていたと思う。唇をなぞる舌先の感触と、やがて口腔に流れ込んだ唾液の味に、ああそういうことねと今更ながらに思いあたった。
冷たい乾いた唇と熱い口内の対比が、不思議と心地よかった。どちらともなく唇を離した時には口の端から泡立った唾液が糸を引いた。なんだかカッコのつかない締まりのない顔で、くすぐったいようなそういう感触が、死んでしまった人への罪悪感になると同時に、それこそが生きていく喜びなんじゃないかとも思う。
「愛してる」
俺の言葉に、人生に、大した意味はない。それでもこの感情を、抱きしめて生きていこう。
倫理はとうに死んでいる 刻露清秀 @kokuro-seisyu
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