失恋ソーダ
翡翠
失恋ソーダ
柔らかな日差しと優しい風が、芽吹き始めた木々を包んで、春の到来を告げる。そんな麗らかな休日も、今しがた1人になった私には憎い。どうせなら泣いてくれたら良いのに、なんて。
手元に残ったソーダもいつの間にか室温に近付いて、落ちた水滴がテーブルの上に円を描いている。どうしてこうなったのかな。私には何が足りなかったのだろう。もう意味がないと知りつつ、考えることを止められなかった。
『ごめん、別れよう』
呼び出されてここに着いて、開口一番。微かに震える彼の言葉が、まだ耳に残っている。
『他に好きな人ができてしまって、だから……本当に、ごめん』
目の前が真っ白で、周囲の喧騒も遠退いて、それでも彼の声を追ってしまって。突き付けられた現実の重さに負けて、手前に落とした視線を元に戻せなかった。
私は何て返したんだっけ。「そっか」だったかな、それとも「分かった」だったかな。喉が張り付いてしまって、上手く声にならなかったことは覚えている。指先に伝わるソーダの温度も、その後すぐに彼が席を立ったことも覚えている。けれど、そこだけ靄がかかったようにぼんやりしていて思い出せない。最後に彼の声を聞いてからはまだ数分しか経っていない気がするのに、私が返事をしたのは数時間も前のような気がする。結露のせいで濡れた手の平を拭くことすらできないまま、私は今からでも太陽が厚い雲に覆われるのを心待ちにしている。何があればその人に勝てたかな、なんて考えてしまう。心底申し訳なさそうな彼の表情が、こんなにも腹立たしい。彼の隣に居続けられるような女性でいられなかった自分が、何より嫌い。
近頃の彼の異変に、私は気が付いていた。話し掛けても上の空でちっとも会話が弾まなかったり、聞いていたかと思えば曖昧に言葉を濁されたり。今思えば、その人のことを考えていたのかもしれない。何か悩みでもあるのかと、他人事のように心配していた自分を引っ叩いて教えてあげたい気分だ。
カランと涼しげな音を立てて、最後の氷がソーダに溶ける。これでもかと薄まった炭酸水からは、目の覚めるような刺激も得られない。拍子抜けするほど滑らかで、ほんのり甘いだけの水を口に含む。嗚咽と一緒に飲み込んで、代わりに零れたひとしずく。
どうせ、もうこれ以上は薄くならないはずだから。ちょっとくらい許して、ね。
失恋ソーダ 翡翠 @Hisui__
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