後編
「どうだったの? 街の状況……」
そんな私の問いに。
ボサボサの茶髪をちょっとかきあげ、どもり気味になりながら、それでも彼は答えてくれた。
「今のところ目立った変化はないけど、やっぱみんな不安そうだったな。
お日様が消えたってだけで、人間の心ってのは脆いもんだぜ。
俺ら盗賊なんて、地下暮らしが当たり前だったってのに」
「これからはそうそう農家からのサービスも期待できないし、保存食は今のうちにいっぱい作っておいた方がいいかもねぇ」
「つーかお前、言ってることとやってること矛盾してねぇか?
いいのかよ。こうやって一気に大事な保存食解放しちまって」
「この際だから、よ。
氷術だって万能じゃないし、いつまでも保存がきくわけじゃない。
みんな元気なくなっちゃってるし、ためにためこんだ備蓄を解放するなら今かなって」
そう言いながら、私は空を見上げる。
雲はないし夜でもないのに、黒く染まった空を。
「ま、お前らしいから、いいけどな。
……お。もうそろそろじゃねぇか?」
そう言われてフライパンを見ると、ソーセージに程よい具合の焼き目がついていた。
ちょっとでもつついたらぱちんと弾けそうに膨らんだソーセージ。それも急いで大皿に盛り、脂の残ったフライパンに、伸ばした生地を広げて焼き始める。
次第にぽこぽこと大きく膨らみ始める生地。バターとハチミツの甘い香りが、スパイスの香りと程よく混じる。
多分、全部焼きあがる頃にはみんな戻ってくるだろう。
そう思いながらもう一度馬車に戻り、樽からエメラルドリーフを取り出した。
薬効成分のある瑞々しい葉が幾重にも重なり、玉のような形になっている野菜だ。
その間にも、盗賊はじっと空を見上げたまま、ふと呟いた。
「それにしても……
宝石を全て集めた勇者御一行様が、魔王につくとはなぁ」
――今更何を言ったところで、仕方がない。
そう思いつつも、私も一緒に空を見上げる。
まだ昼間のはずなのに、夜みたいに薄暗い。
それは、魔王が勇者の力を吸収したことによって起こった変異の一つ
――日食だ。
宝石を全て集めることによって冒険者は勇者となり、魔王と戦う。
勇者が負けると宝石は再び生まれ、次の勇者が人間世界から送り込まれる。
魔王が負けてもやがて次の魔王が再び生まれ、勇者と戦う。
それを繰り返し、この世界は人間と魔物のバランスを保っているが――
100年に一度の割合で、勇者が人間を裏切ることがある。
魔王に絆されたか、騙されたか。勇者が魔王にその魂を売り飛ばしたことによって、人間と魔物の調和が取れていたはずの世界は一気に崩れる。
魔物は力を増し、人間たちの社会は危機に晒され、世界の半分が破壊されるとさえ言われている。
『大厄災』と呼ばれるこの現象は――
昨夜、始まったばかりだった。
だからみんな大急ぎで、街や森へ調査に出かけている。
この厄災を止める方法はただ一つ。
新たに生まれた宝石を10個集めて勇者となり、魔王を倒す資格を得ることだ。
その途方もなさを考えるとため息が出たが。
それでも私は、焼きあがって立派なパンとなった生地を一枚、皿に盛り。
新鮮なエメラルドリーフの葉を乗せて、上から熱々のカレーをかけた。
そして、ぷるぷるに焼きあがったソーセージを乗せて、パンと葉で大雑把にぐるんと巻く。
出来上がったそれを見て、盗賊は子供みたいにキラキラと目を輝かせた。
「す、すっっげぇ美味そう……!
でもこれ、何だ?
お前の料理はだいたい美味いけど、これは見たことないぜ」
「当たり前でしょ、今初めて作ったんだもの」
「え?」
「まぁ……名づけるとすれば。
裏切り勇者に捧ぐ
初めてだから味の保障はしないけど、良かったら一つどうぞ?」
そう言われ、待ってましたとばかりに盗賊は思いきり、カレードッグにかぶりついた。
破れたソーセージから脂が迸って顔に跳ね、一瞬熱そうに顔をしかめたものの、そのまま勢いよく大口を開け、パンと葉とカレーとソーセージをほおばりだす。
さすがは盗賊。行儀なんて知ったこっちゃない。
ま、私らもあまり人のこと言えないけど。
「で、どう?」
口の周りをカレーだらけにしながら、無我夢中でパンとソーセージとカレーをごくんと飲みこむ盗賊。ちゃんと嚙みなさいっていつも言ってるのに。
「うめぇ!」
「いや、だからね。
どこかどう美味しかったのか、例えばソーセージの触感がジューシーだとか、スパイスの辛みとハチミツの甘みが絶妙に絡まってとか、具体的に……」
「とにかくうめぇ!!」
口だけじゃなく頬まで汚しながら、凄い笑顔を見せる盗賊。
嬉しいけど……嬉しいけどね。
「……ごめん。
あんたに語彙を期待した私が馬鹿だった」
「へ?
なんかよく分かんねぇけど、やっぱお前の料理はサイコーだよな!
これでみんなも元気になると思うぜ!!」
全く、しょうがないなぁ。
ため息をつきながらも、胸がほんのりと暖かくなった気がした。
そして彼はおもむろに、懐から小さな革袋を取り出す。
「そういえばさっき、そのへんのオークからこれ、頂戴したんだけどさ」
「うん、罪もない穏やかな魔物からまたスッたのね?」
「違うってば。お前に言われた通り、丁重に交渉して壊れたダガーと交換したんだぜ?」
まぁ、信じよう。
そう思って袋の中身を見てみると――
萌葱色の香草が何枚も入っていた。
色と形ですぐ分かったが、そこそこレアな香草。うまく調合すれば、かなり良い薬にもなる。
正直、使い物にならないダガーとコレを物々交換は……
盗みではないにせよ、ボッタクリという奴では?というレベル。
そのうち一枚を手に取り、彼は食べかけのカレードッグの中に挟んだ。
そして再び、思いきりかぶりつく。
「や、やべぇ! これ入れたら、サイコーがさらにサイコーに!
やべぇ、超やべぇぞ、これ!! お前も食ってみろって」
その語彙何とかならないのか。
呆れながらも、熱々のパンに葉とカレーとソーセージを挟み、そこへ香草をちぎって軽く乗せてみる。
そして、盗賊よりはやや上品にかぶりついてみた。
「――!!」
自分で作っておいてなんだが、これは確実に美味い。
お店開けるレベルかも知れない。
歯ごたえ抜群の熱々のソーセージから、ジューシーな肉汁がぶわっと拡がり。
5種のスパイスとハチミツを絡ませたカレーの、辛さの中に満ちるほのかな甘酸っぱさ。
そして、新鮮なエメラルドリーフから弾ける水分が、熱々のソーセージとカレーの辛さと絶妙にマッチする。
さらに、盗賊がくれた香草がカレーとソーセージで熱せられた結果――
脳の髄を心地よく刺激する瑞々しい草の香りが、食欲ばかりか身体のうちに秘めるパワーをも増進してくる。
これを、ハチミツ香るふわふわのパンで包み、口の中いっぱいに頬張る幸福感といったら――!
思わずはふはふと音を立てて頬張ってしまった私に、盗賊はにっこり笑って言った。
「なぁ。これをレクイエムだなんて、ちょっと縁起悪いぜ?
そうだな……
新生勇者パーティに捧ぐ
あんたが
それでも、気づけば私は大きく頷いていた。
口の中が熱くて、ろくに喋れなかったけど。
そうしているうちに――
残りのメンバーも、次々と帰ってきた。
幼女魔術師見習いは、山のような金いもの袋を両腕に抱えて、嬉しそうにはしゃいでいる。
旅先で手に入れたレアアイテムを交換すると、貴重な食糧が大量に入手できるのは、珍しいことではない。
早速金いもをいくつか洗い、大雑把に切って軽く茹でる。
そして残っていたマリブルの油に、適当に入れて揚げてみた。
それをさっきのカレードッグと一緒に食べてみると――これまた、絶品。
揚げたいもにカレーをつけて食べながら、幼女も嬉しそうに顔を綻ばせている。
「うわぁ、おいしーい!!
私、熱いのまだ苦手だからそんなに一気には食べられないけど、これなら少しずつでも行けるよ!」
そう言いながら、美味しそうにカレードッグを頬張る幼女。
そして騎士も踊り子も、老魔導師も、最初は恐る恐るだったものの。
やがてその美味しさに、次々と勢いよくカレードッグにぱくついていった。
――黒い空は、一向に晴れない。
多分私たちの旅はこれから、今までよりずっと、辛くなる。
それでも今の私たちには、力が漲っていた。
焚火がわりの炉を囲み、踊り子が華麗な舞を披露する。
老魔導師が舞に合わせて笛を吹き、魔術師見習いがあどけない声で歌う。
それを木の上から呑気に見守る盗賊。
洗い物をしながら、みんなを見つめる私。
リーダーたる騎士の表情は、最初こそ冴えなかったものの――
カレードッグ3本目をぱくつく頃には、いつもの力強い笑みが戻っていた。
私は余った熱々のソーセージをばりっと齧りながら、黒い空を見上げた。
――そう。勇者に裏切られたところで、この世界はまだ、終わったわけじゃない。
見てなさい、裏切りの勇者共。あんたたちにはきっと、後悔させてやる。
どんな気持ちでこの世界を見捨てたか知らないけど、この美味しい料理を知らずにこの世界を捨てたと知ったら、絶対に口惜しがるに決まってる。
私たちがあんたたちのかわりに勇者になった暁には、あんたたちの目の前で、たっぷりこれを頬張ってやるんだから。
かつて、私がそうやって盗賊を心底後悔させたように。
――そう。これは、私たちが『勇者』になる為の、『序曲』にすぎない。
Fin
終末の異世界でナ〇カレードッグを作ってみた。 kayako @kayako001
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