終末の異世界でナ〇カレードッグを作ってみた。

kayako

前編


 雲は殆どなく、夜でもないはずなのに、どんより黒く染まった空の下。

 どこまでも広がる大草原を突っ切るように走る灰色の街道。

 レンガをずっと敷き詰めたその道端に、私たち冒険者一行は馬車を止め、テントで過ごしていた。

 ただし今、私以外のメンバーは皆、周辺の偵察に出ている。私はいつも通り留守番だが、やるべきことは分かっていた。


 ボサボサの髪をくしで手早く整え、いつも通り珊瑚さんごの髪留めで無造作に一つ結びにすると、私はテントから出て仕事にかかった。

 馬車の隅に備え付けてあるいつもの樽の中から、木製のボウルを取り出す。

 南方に旅した時に手に入れた麦粉の袋と、そして3日前に街に立ち寄った時に買ったハチミツと岩塩も。

 雨でも降ってこられたら面倒だ。急いでテントのそばに調理台を広げ、ボウルに麦粉とハチミツと岩塩を入れて素早くこねる。

 ハチミツは、果樹園から巨大バチを追っ払う依頼を見事成し遂げ手に入れた、結構なレア物だ。

 マリブルの実から採取した食用油を混ぜ、滑らかになるまでさらにこねる。


 やがて生地の塊がひとつ出来上がったので、しばらく置いておく。

 その間に私は再び馬車に戻り、樽の中を覗きこんだ。

 よし。この前作った腸詰ちょうづめ――いわゆるソーセージが、ちゃんと人数分残っている。



 *****



 デビルバッファローを何頭かやっつけた時は大概、私はその肉を頂戴する。

 勿論、今後の旅に備えてだ。

 魔物を食べるのかと最初は皆にドン引きされたが、ちゃんと浄化の術をかけて火を通せば、魔物の肉だって十分骨まで食べられる。

 調理方法によっては、普通の家畜よりおいしくなるレベルだ。これ、旅商としての必須の知識。

 さすがにオークやゴブリンなどの獣人族はやったことないけど、やろうと思えばやれないことはないのだろう。やろうとは思わないけど。


 でも、デビルバッファローぐらいなら全然平気。私みたいな旅商でも退治出来るレベルの魔物だし。

 こういう、美味しいお肉になりそうな魔物を退治した時は、やることは一つ。

 老魔導師に手伝ってもらって浄化の術をかけた後、幼女魔術師見習いの風術を利用して肉を挽肉にする。

 自分の手でやることも出来るけど、それよりは風術の方が遥かに効率的だ。

 冒険を始めた頃は、魔術師としてはまだひよっ子だった彼女。最初は失敗して肉が飛び散ることもあったけど、私のアドバイスで術のパワーをコントロールしたら、あっという間にボウルの中に竜巻を小さく収められる程度に上達した。

 その技術が戦闘でも役に立っているらしく、今では彼女がいなければバトルが成立しないレベル。


 挽肉が出来たら、岩塩と、東方の特産品たる黒コショウを入れて思いっきりこねまくり、塩漬けにしておいた家畜の腸に、絞り器を使って詰め込む。

 腸の先端を結び、ぱんぱんになるまで詰め込んだら、最後は途中で何回かねじってソーセージの完成。

 そして炭火でじっくりと焼き上げれば、立派な保存食になるのだ。



 *****



 そうしてとっておいたソーセージを、全部取り出した。

 今用意した生地を焼いてソーセージを挟むだけでも、結構美味しいんだけど……

 なんかそれだけじゃつまらない。そう思った私は、さらに特製の珍品を引きずり出した。

 上質のケルブミルクから取り出したバターと、5種のスパイスから作り上げた、いわゆるカレールウだ。



 神々の力を宿し、世界中に隠されたと言われる、色とりどりの10の宝石。

 私たちのパーティは、その聖なる宝石を探して冒険を続けていた。

 今いるケルブ地方は勿論、北のシラハリ山脈、東のロベスタ海、南西のファボニア火山など……

 あらゆる危険地帯に宝石は隠され、怪物に守られている。



 宝石を全て持ち帰ったものは『勇者』となり、『魔王』と戦う資格を得る。



 うちのリーダー格たる騎士はそれを信じて日夜懸命に戦っているが、他のメンバーは呑気で陽気な奴らも多い。

 盗賊に踊り子、老魔導師に連れられた幼女魔術師見習い。そして旅商たる私。

 のんびりしたパーティでありながら、皆そこそこ火力に自信はある。

 結果、聖なる宝石を5個手にしている。

 でも、同じくらい大事なのが、同時に潜入したダンジョンから採取出来る植物の実。

 これが、世界でも有数のスパイスなのだ。

 中でもマツメグと言われるスパイスは、ファボニアのダンジョンにのみ出現する植物型のレアモンスターから採取出来ないから、超レア物。これを採取する為に、宝石をゲットして以降も一体何日、あのクソ暑いダンジョンに潜っていたことやら。

 これらのスパイスは単純に美味しいだけでなく――

 腕力に体力、素早さや生命力、精神力や術威力までも増強する効果がある。

 薬としても使えるから、街に行ったら調合してもらって薬にして、残ったものを料理に使う。

 バターと麦粉をトロトロになるまで炒めたところに、それらのレアスパイスを入れてさらに炒め、ハチミツを入れて、最後に幼女魔術師に軽めの氷術をかけてもらって、カレールウの完成。

 戦闘中にかじるだけでも相当の火力耐久力機動力アップが期待できるシロモノだが、さすがにそういう使い方はあまりしたくない。



 さらに私は、樽から野菜もいくつか取り出した。

 ここケルブ地方はまだ魔物の影響が小さい地域だから、野菜の生産も盛んだ。

 モンスターから頂戴した骨や牙、鱗などのレアアイテムを交換するだけでも、農家から様々な野菜を頂ける。

 特に美味しいのは、果物みたいに甘酸っぱい朝露人参と、シャキシャキのトパーズオニオン。

 オニオン特有のぬめぬめ感が苦手な私でも、ケルブ産のトパーズオニオンだけはぬめぬめ感がほぼないので、美味しく食べられてしまう。

 その2種の野菜を手早くみじん切りにした後、私はテントから調理用の小さな炉を引っ張り出した。



 炉にくべた炭に、私にでも出来るごく初歩的な火術を使って火をつけ――

 みじん切りにした野菜を、挽肉と一緒にしてフライパンで炒める。

 この挽肉は、ソーセージを作った時に余ったので、氷術で保存してもらっていたものだ。

 フライパンは、古くなった斧を騎士と老魔導師が鍛え直して作ってくれた特製。そこまで油を必要とせず簡単に肉や野菜を焼けるから、健康にもいいらしい。



 挽肉と野菜、他にもケルブドラゴンの生息地から採取出来た青ショウガにゴールデンガーリック。これらをみじん切りにしたものを適当にぶちこんで炒める。

 あとは、農家のおじさんから『お嬢ちゃんたち、可愛いからね! 頑張ってね!!』とサービスしてもらった特製野菜ジュースも適当に流し込む。

 パルウス山の雪解け水で精製した高品質のピュアウォーターで作った貴重品らしい。どこまで本当か分からないが、妙な術がかかっているわけでもないし、味は確かだし体力回復の効果まである。

 そこへ、虎の子のカレールウを溶かし込んで、しばらくすると――



「お!

 なーんかまた、美味そうな匂いしてきたなー!!」



 じゅうじゅう焼ける肉とスパイスの香りに誘われたのか。

 私のほぼ真上の木の上からがさがさと音がしたかと思うと、何者かがぴょんと飛び降りて来た。

 盗賊かと思って身構えたら、盗賊だった。あ、いや、仲間の盗賊ってことね。

 他のみんなは周辺状況の偵察に行っているが、彼は一足先に戻ってきたようだ。


 「何よ、随分早いじゃない。

 あんたは逃げ帰ってきたわけ?」

 「言うなよ、そーいうこと。

 一人残したお前が心配で、わざわざ早めに戻ってきてやったんだぜ?」


 そう言いながらも早速香りの元を嗅ぎつけたのか、炉にくべたフライパンに近づいてくんくん鼻を鳴らしている。

 この男とは、他のメンバーよりもちょっとだけ付き合いが長い。

 3年前、大事な干し肉をまるごと奪われて、商人ギルドの協力を得て何とか取り返した時にボッコボコにしてさしあげてからのくされ縁だ。

 あの頃はまだお互い、15にもならない子供だったっけ。

 今でこそスカした義賊っぽく振る舞ってるけど、私の前で亀甲縛りで吊るし上げられて涙目になってたあの醜態、忘れてないからね。

 頑固でなかなか口割らなかったけど、ぐうぐうお腹鳴ってるこいつの目の前で私が金いもをからっと揚げて美味しそうに頬張ってやったら、3日目にやっと折れて。

『メッチャ美味かったから、仲間にみんなやっちまったんだよ!!』とか、大きな青い目から涙ぽろぽろ零して絶叫してたなぁ。

 勿論激昂したけど、その分私の元で働いて返すと誓ってくれたんだっけ。懐かしい。


「ほらほら、邪魔だからどきなさい。

 他にも焼くものあるんだから」


 私はそんな彼を無理矢理押しのけながら、フライパンを炉から降ろして中身を大皿に移した。

 色とりどりのスパイスを混ぜ合わせた、美味しそうなカレーの香りが草原に漂う。


 フライパンに一旦、軽めの浄化術をかける。

 あっという間に綺麗になったフライパンに、今度はソーセージを並べて再び火にかけた。


「暇ならちょっと火加減、見ててくれない?

 言っとくけど、つまみ食い厳禁だからね」

「おいおい。盗賊の俺にそれ言う?」

「変な減り方してたら、あんたの分にだけ腹下し草混ぜるから」

「げ。そいつは勘弁」


 盗賊に箸を渡して炉を任せると、私は調理台に乗せたままだった生地に手をつける。

 台に軽く粉を振り、古いロッドを改造して作った麺棒で生地を伸ばし、均等に分けていく。

 パーティ全員分となると最低でも6人分だから、結構な量になる。特に騎士は大食いだから、8人分は作っておかないと。


 フライパンの中では早くもソーセージが焼け始め、内側から浸みだした脂がパチパチと音を立てている。

 跳ねる脂にちょっと顔をしかめながらも、盗賊は慣れない手つきで懸命に箸を動かし、ソーセージを焦がさないよう転がしていた。

 ぐうぐうお腹が鳴りまくり、思わず唾が出るのを必死でこらえているのが分かる。

 そんな彼に、私はそっと尋ねてみた。


「どうだったの? 街の状況……」

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