完
後味の悪いセレーネの講義から早いもので神子が決まる海の神殿のダンス大会当日が来てしまった。
舞台となる神殿は文字通り海の中にある。
魚などの海の生き物たちが目の前を通り抜けていく。
通信用の疑似蝶を握りしめながら指示を出す同級生を後目に神殿を上空から眺めていた。
ダンス大会のスタッフ募集にまさか当たるとは思わなかった。
神殿で行われる催しはダンス大会だけではなく有志によるオーケストラ演奏も恒例のように開かれている。
リリンは神殿内の演奏家たちとのやり取りに苦労している同級生にあきれていた。
「ちょっと!もっと大きな声で指示しないと聞こえないわよ!」
有無を言わさず、蝶を奪い取るリリン。
「サックスはもっと右よ。ああ、寄りすぎ!」
一通り声を張り上げたリリンは満足したように座り直した。
視界にゴズを捉えて驚く。
「どうして音響室にいるの?もうすぐ出番でしょ?」
「ミミラさん、大会に出るのやめるんだってさ」
肩をすくめるゴズ。
「はあ?何考えてるのよ。神子が決まる大事な大会で勝手すぎるわ!」
テーブルを乱暴に叩くリリン。
「足の調子が悪いんだってさ」
「信じられない!ちょっと文句言ってくる」
通信用の疑似蝶を同級生に放り投げて走り出るリリン。
全く、どこにいるのよ!
まさか、帰ったんじゃないでしょうね。
リリンの怒りは頂点に達しようとしていた。
どれだけのダンサーが神子に憧れているのかあの女は分かっていない。
そして多くのダンサーが挫折を経験している狭き門。
それを自ら放棄するなんて許さない!
勢い余って非常階段の扉をあけ放ったリリンはスピードを落とせず、壁にぶつかる。
「イタっ!」
鼻を擦るリリン。
茫然とこちらを凝視しているミミラがいた。
膝丈までの金色のスカートにはスパンコールが散りばめられている。
頭に乗せられた煌めくティアラのおかげで女神のようだ。
「見つけた!何してるの?すぐ出番でしょ!」
階段を勢いよく駆け下りようとするミミラの腕を掴む。
「放してよ」
「嫌よ!」
振り払おうとするミミラに負け時と掴む力を強める。
「貴方には関係ないでしょ!」
「ないわよ。でもゴズが困ってるもの」
視線を逸らすミミラ。振り払おうとする力が弱まる。
「彼には悪いと思ってる。でもやめたの」
「どうしてよ!」
足を擦るミミラ。
「調子が悪いから」
「ばっちり衣装を身にまとっている人がよく言うわ」
「貴方も分からない人ね」
反論するように鋭い瞳がリリンを捉える。
リリンは何かを察するように何度もうなずいた。
煽るように口角をゆったりとあげる。
「もしかして、この前のセレーネ様に言われた事、気にしてるの?」
眼球が大きく揺らめき、視界がさまようミミラ。
「図星?まあ、アンタからすれば恥かかされたって事になるのか…」
これは滑稽だわとばかりに大笑いするリリン。
「そんな風に言わないでよ!」
弱弱しく涙を浮かべるミミラ。
何よ。私が悪いみたいじゃない!
ひっぱたきたくなる衝動を抑えて、胸をおさえる。そして、
「事実でしょ!全くあの自信家で腹の立つミミラとは思えない貧弱さね」
「そうよ。セレーネ様の言っている事は正しい。だから恥ずかしくなったの!」
しゃがみ込み、顔を覆うミミラ。すすり泣く彼女の声を聞きながら見下ろしていた。
ムカツク!
無意識のうちに壁に寄りかかれば、薄暗いライトが瞳に吸い込まれる。
その度に心は落ち着きを取り戻していく。
リリンの内心とは裏腹に二人の間に静寂が流れはじめた。
「こんな事絶対に言いたくなかったけれど、ミミラのダンス…そんなに悪くないと思う…」
独り言のように音となったのは自分でも予想外のものだった。
ミミラも驚いた様子でこちらを見上げている。
こうなったらヤケクソよ!
「神子のダンスなんて1000年も前に作られた物なんだから好きに解釈したっていいじゃない!」
言い終わる前にミミラの手を握って全力疾走していた。
♪♪♪♪♪♪♪♪♪
海の神殿に姿を現したミミラ。
だが、足取りは重い。
その様子を袖で眺めるリリンの表情も暗かった。
どうして私…。
彼女を応援するような事言ったのかしら?
大嫌いな女…。
それでも…。
自然と瞳が濡れていく。
本音が波のよう揺れては遠ざかる。
そう、私だって、以前は神子になりたかった。この国のダンサーにとって神子に選ばれるのは最も名誉な事だ。だが、音楽院で彼女に出会ってしまった。
リズム感も足さばきも華やかさも何一つ敵わないと思った。
悔しかった。惨めだった。
だから逃げるように他の科に移ったのだ。
ミミラ…
神子には貴方がふさわしい。
それなのに目の前の彼女の足は震え、手もぎこちない。
ゴズの演奏と全くと言っていいほどマッチしていない。
リリンは言葉よりも先に神殿に足を踏み入れた。
集まっていた観客やスタッフが騒ぎ出す。
ゴズは一瞬目を見開くも、すぐに演奏に集中し直す。
「ちょっと!」
ミミラは状況がつかめないのか困惑していた。
「文句ならダンスが終わってからにして!」
貴方が一人で踊れないっていうなら私が補助してやればいいのよ!
リリンはミミラの右手を強く握り、左手は彼女の腰にまわした。
向い合うような姿勢になった二人は一緒にステップを踏みだす。
リリンが後ろに下がれば、ミミラが前に足を滑らせる。
そして、リリンが誘導するようにミミラが回転した。
少女達の魔力は連動していき、色とりどりの雫となり空に上がっていく。
人々は魅了されたように彼女達を眺めていた。
ミミラが鍛え上げられた足を高く振り上げるのと同時に海は裂け、天に続く祭壇が姿を現す。神子の誕生を喜ぶように神々しく輝く階段が連なっていく。
二人の神子の訪れを待つかのように…。
スター少女のポロネーズ 兎緑夕季 @tomiyuki
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます