第2話
「ミミラ!」
今日は本当についていない。
まさか、彼女と鉢合わせするなんて…。
リリンは息を整えてミミラと向き合った。
「いびりとは失礼ね。私は常識がなってない後輩を指導しているだけよ!」
下級生たちを一瞥すれば、彼女達はばつが悪そうにいそいそと立ち去って行った。
「その指導が原因で神星ダンス科に居づらくなったらしいじゃないの?」
ねっとり笑うミミラ。背中がゾワゾワする。
「アンタ、ケンカうってる?」
自分でも驚くほど声は低い。
「まさか。そんな暇な事するわけないじゃない!」
おどけたように軽やかな口調のミミラ。
絶対嘘だ!
人を馬鹿にしているのが見え見えなのよ。
一発、殴ってやりたくなる。
だが、意志に反して腕が上がらない。
ゴズが力強く掴んでいるせいだ。
「そうだ、聞いて。私、セレーネ様の前で舞を披露するの。いいでしょう。羨ましい?」
のぞき込んで囁くミミラ。
どうしてこうも人の気を逆なでするのか!
ミミラは今年の有力神子候補だ。
そんな事、ここに通う者なら誰だって知っている。
堂々としてしていれば上品なレディなのに彼女はバカみたいに突っかかってくる。
胃がムカムカする!
確かにミミラは同級生だった。
神星ダンス科にいた頃はそこそこ仲も良かったと思う。
だが、それも一年前の話だ。リリンは1000年以上同じ振り付けと音楽で舞う神子の芸術についていけなくてやめたのだ。
まあ、様々な科でもめ事を起こして今の星羅ダンス科に流れ着いたのも事実ではあるが…。
「ゴズ君、今日も演奏よろしくね」
ミミラはゴズを見つめて首を傾げた。
彼女のやり口だ。美人だから大抵の男は身がもたないだろう。
「ああ、こちらこそ…」
何だか、落ち着かない。
「さっさと行ったらどうなの?神子になろうっていう人は忙しいんでしょ?海の神殿のダンス大会まで一週間ぐらいしかないものね」
「そうよ。暇な人とは違うから」
ミミラはウインクして、優雅に立ち去っていく。
「ゴズもミミラの奏者なんだから後追いかけたら?」
冷たく答えればゴズは呑気に頭を掻いていた。
「どうしたんだよ。さっきにも増して怒ってるだろ!」
神子の舞には奏者と呼ばれる伴奏者がいる。
海の神殿のダンス大会には神子候補と奏者のペアで参加し、祭壇でも同じ者で行われる。ゴズはこの学院でも指折りの水のギターの使い手だ。
ミミラの奏者として最適な人物といえる。
でもやっぱり気に食わない。
リリンはゴズと距離をとりたくて、その場を後にしようとした。
「もしかして、嫉妬してるのか?」
背中から聞こえてくるゴズの言葉に歩くスピードが上がる。
「心配するなって。俺はリリン一筋だぜ」
あっけら感とした口調で言うゴズ。
生まれてから17年。彼とは半分以上の年月を共に過ごしてきた。
思わず頬が緩むのが分かる。
全く、ゴズのそういうところ、ムカツクけど、好きだな…。
絶対に言ってやらないけど…。
エメラルドの中にいるような緑にあふれた巨大なホールに学生達がひしめきあっていた。リリンは前から5列目の中央に着席する。
ゴズ、ほんとこういうところも好き。
彼はマメな所がある。ここならあの女のダンスも肉眼で見られる。
まあ、あまりいい気はしないけどね。
丸い壇上に目の引くドレスに包まれたセレーネが現れた。
さすがは元神子。立ち振る舞いからして気品があり、軸がしっかりしている。
用意されたソファーに腰かける彼女に目が離せない。
「神子のダンスは決められた振り付けで、体言化された音楽によりつくられる美です」
マイクから発せられるセレーネの流れるような言葉が耳を通り抜けていった。
♪♪♪♪♪♪♪♪♪
セレーネの長い講義の末、拍手が響く。
そして、同時に姿を見せたのは真っ白なワンピース姿のミミラだ。
その少し後ろにはゴズが演奏の準備をしている。
二人とも珍しく緊張している様子だ。
ゴズは静かにギターを鳴らす。
それに合わせるようにミミラは華麗なステップを踏み始めた。
足をあげ、手を下げワルツを披露する。
とても優雅だ。
天へと上るほどのジャンプも見事。
どれほどの努力を重ねたのかヒシヒシと伝わってくる。
リリンは思わず視線をそらした。
これ以上見たくなかった。
数分後、踊りきったミミラは高揚感に満ちていた。
会場中に拍手が上がる。
進行役の精霊族の声が流れる。
「ありがとうございます。セレーネ様。一言いただけますか?」
セレーネはマイクを受け取ると一歩前に出た。
「素晴らしいダンスをありがとう」
セレーネの優しげな声にミミラは嬉しそうにお辞儀した。
「ただ、言わせてもらうと貴方のダンスは自己中心的ね」
きっぱりとした発言に会場の温度が3度ほど下がった気がした。
「えっっと…ありがとうございます」
進行役は緊張感漂う雰囲気を何とか変えるので必死なようだ。
「動きの意図するものを理解しているとはとても思えない。神子としては致命的だわ」
それでもセレーネの強い言葉は続く。
ミミラは恥ずかしそうにずっと俯いていた。
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