異世界居酒屋「陽羽南」の看板メニューは今日も人気

八百十三

クラリス風水餃子

 ある冬の日。新宿歌舞伎町の雑居ビルに店舗を構える居酒屋「陽羽南ひばな 歌舞伎町店」は、多くの客で賑わっていた。

 地球では味わえない料理を、地球の食材と調味料、お酒で味わえることで一躍有名になったこの店、スタッフ全員が異世界出身の亜人種ということも手伝って、異世界情緒を地球にいながらにして味わえるということで、話題沸騰の有名店だ。

 「異世界居酒屋」というコンセプトをしっかり確立していながら、店のシステムは地球、というより日本の居酒屋そのもの。ホールでせわしなく動き回るスタッフの、獣人や竜人、エルフの口から飛び出すのは居酒屋らしい言葉の数々だ。


「A卓様、水餃子3ついただきましたー!」

「C卓様からも水餃子2ついただきましたー!」

「あ、ごめんマウロちゃん、僕にもクラリス風水餃子すいぎょうざ一つちょうだい」


 今も、注文をとったスタッフから声が飛ぶ。同時にカウンターに座る常連客の一人から、カウンター内で調理に当たる店主の僕へと注文が告げられた。

 ものすごい賑わいよう、ものすごい忙しさだ。嬉しい反面、ちょっと忙しすぎて大変だ。カウンター内側にかけられた伝票を手にとって、走り書きで注文内容を書き留めながら声を出す。


「かしこまりました、少々お待ちくださいねー!」


 今日は寒いからか、温かい料理がよく出ている。特に店の看板メニューである「クラリス風水餃子」の売れ行きが好調も好調だ。開店前に仕込んでいた水餃子が空になるほどの勢いだ。

 「クラリス風水餃子」は、僕の故郷の世界にある料理「ブレット」にルーツのある当店のオリジナル料理だ。僕の世界では一般的な料理で、国によって中の具材にいろいろと差が出ている。クラリス風、と名付けているのも、僕の世界の国の一つである神聖クラリス帝国で食べられているブレットのレシピを参考にしているがゆえにだ。


「すごいな、今日は随分人気だぞ、水餃子」

「外は寒いからな。皆さん温まりたいんだろう」


 僕の漏らした言葉に、厨房スタッフのエルフ、シフェールが頷いた。確かにこういう日は温かいものを食べたいものだ。水餃子のようなメニューはよく出る。とても分かる。

 既に注文の入っていた刺身盛り合わせを大皿に盛り付け、カウンター上に置きながら僕は言った。


「だね。あ、エティ、これB卓様の刺身盛り合わせ、持っていって」

「はーい」


 僕がちょうどそばに来ていたホールスタッフのウサギ獣人、エティへと声をかけると、彼女は盆の上に刺身の皿、醤油皿を取って席へと運んでいく。あちらのテーブルはこれで大丈夫だろう。問題は水餃子の方だ。


「どうシフェール、水餃子足りそうかな」

「待ってくれ……んん、取れて5人前だな。マウロ、仕込み済みの水餃子はあったか?」


 後方、鍋の置かれたコンロに目を向けながら言うと、鍋に入ったおたまを持ち上げながらシフェールが唸った。5人前ほどしか残っていないとは予想外だ。仕込んでおいていた餃子も使い切っている。もっとたくさん作っておけばよかった。

 だが悔やんでも仕方がない。シフェールに頷きながら僕は指示を出す。


「いや、使い切っちゃったはずだ。とりあえずA卓様の3つとC卓様の2つ、出して。スープも減ってるから一旦作り直そう、水餃子出し終わったら鍋をディトさんに回して」

「了解」


 僕の指示を受けてシフェールが水餃子を取り分け始める。水餃子を取り終わり、スープも取ったらあとは一旦洗ってからのスープを作り直しだ。厨房スタッフの魚人、ディトがスープや汁物の味を一括で取り仕切っている。彼女に任せれば問題ない。

 こちらは問題ない。後はお客様への対応が必要だ。注文をしてきた常連客、津嶋つしまさんに僕は声をかける。


「すみません津嶋さん、クラリス風水餃子、少々お時間をいただきます。よろしければ他に注文がございましたらお伺いいたしますが、どうしますか?」

「あ、りょーかい。じゃあとりあえず……この浦霞うらかすみ、おかわりで」


 津嶋さんは微笑みながら僕に言葉を返しつつ、追加注文を出してきた。浦霞純米辛口、先ほどから何度か津嶋さんが繰り返し注文している。瓶はまだ空にはなっていないはずだ。厨房スタッフの悪魔、サレオスに指示を出す。


「かしこまりました。サレオスさん、5席様に浦霞純米辛口、一合お出しして」

「承知しました!」


 元気よく返事したサレオスがぴょんと台から飛び降りた。小さな体躯だが腕前は確実、ちゃんと徳利に日本酒を注いでくれるだろう。

 ここまで来たら、後は餃子を作れば問題なく進む。僕の腕の見せ所だ。


「さて、と」


 そう言いながら僕がカウンターの下、野菜の保管箱から取り出すのはじゃがいもだ。大きめのサイズのものを2つ。本当はもっと大量に作っておきたいのだが、今は手早く少数だけ作って出してしまいたい。

 取り出したじゃがいもを水洗いし、目の部分を取り除いたら耐熱性のボウルに入れてラップをし、電子レンジで加熱する。

 そうしてじゃがいもを蒸かしている間にタマネギを取り出す。1個分、皮を剥いて粗めのみじん切りに。細かく刻むのも旨味が出て美味しいが、食感が残っている方が僕好みだ。

 後は牛豚合い挽きの挽き肉を冷凍庫から取り出す。業務用の巨大なパックを開き、だいたい100グラム程度を取り出しておく。じゃがいもの加熱が済んだ後で電子レンジで加熱し、半解凍にしておくのだ。

 さて、電子レンジによるじゃがいもの加熱は済んだ。皮を剥いて耐熱性のボウルに入れたまま、マッシャーで滑らかになるまで潰す。そこに半解凍にした挽き肉、みじん切りにしたタマネギ、乾燥バジル、塩胡椒を加えて混ぜ、味を調える。

 そこに加えるのがこの料理が「クラリス風水餃子」である最たる所以、大麦だ。スーパーでも取り扱いのある押麦を取り出し、20グラム程度を湯が沸いた鍋の中へ。

 軽く火を通し、茹でた大麦をざるに開けて水を切ってから、ボウルの中のマッシュポテトに入れて混ぜ込む。これでタネは完成だ。

 タネが完成したところで、ディトが後ろから声をかけてきた。シンクの上から上げられて、再びコンロに乗せられた大鍋はピカピカに輝いている。


「カマンサックさん、お鍋洗い終わりました」

「ありがとうございます。もう一回ゆすいだら、鶏ガラスープ、作っておいてくれますか」


 僕が指示を出すと、頷いたディトがスープの準備をするべくコンロに向かった。同じスープの材料とは言え念の為だ。味は同一にしておきたい。

 次は包むための皮の準備だ。故郷の世界では小麦粉に水を加えて練り、成型した皮を使っていたが、地球には「餃子の皮」という便利な既製品がある。これを使っていけば問題はない。

 餃子の皮を取り出し、小皿に水を入れてそばに置いたら、あとは餃子を包む感覚で皮にタネを適量置き、水で皮の縁を濡らして半月状になるように合わせる。ひだは寄せても美味しいが、あまりたくさん寄せないほうが大本のブレットに近くて僕は好みだ。

 とりあえずは作ったタネを使い切るつもりで、手早く餃子を作っていく。多少タネの量にばらつきが出るのはご愛嬌だ。

 餃子を包んでいる間に、ディトは鶏ガラスープを作ってくれて煮立てるところまでやってくれたらしい。くつくつと煮える音が聞こえてきた。


「カマンサックさん、スープ、準備できています」

「ありがとうございます」


 ディトに礼を言って、僕はコンロにかけられた大鍋の前に立った。鍋にたっぷり入って煮えたぎった鶏ガラスープ、そこに餃子を投入していく。

 若干火の勢いを弱めて煮ること3分。本当はもう少しじっくり煮込んで味を染み込ませたいが、今回は簡略化していこう。

 煮えたところで餃子を5個ほど取り出して器に盛り、そこにおたまでひとすくいしたスープを加える。ここに小ねぎをぱっと散らせば完成だ。

 出来上がったクラリス風水餃子を、完成を今か今かと待ちわびていた津嶋さんの前に差し出す。浦霞はもうほとんど飲みきってしまっていたらしい。


「津嶋さん、クラリス風水餃子、お待たせしました」

「来た来た。ありがとう」


 僕が水餃子を差し出すと、待っていたとばかりに津嶋さんが箸を取った。お待ちかねの水餃子、茹でたてで湯気がほかほかと上がっている。

 口を大きく開けてかぶりつくと、皮を破って中からマッシュポテトが顔を出した。その中に混ぜ込まれたひき肉と、食感を残したタマネギと大麦が主張してくる。塩気と胡椒の刺激、バジルの香りも加わって豊かな味わいだ。


「はー、出来たてを食べられるとか、ラッキーだなぁ今日は」

「ありがとうございます。本当はもう少し多めに仕込んでおきたかったんですが」


 嬉しそうな津嶋さんに声をかけつつ、僕は小さく頭を下げる。本当は先に餃子を仕込んでおいて、スープに投入してすぐに出せるようにしておきたかったのだ。だが、なくなってしまったものはしょうがない。僕の見積もりミスだ。

 そうこうする間に、箸でつまんだ餃子の残り半分を津嶋さんが口に放り込む。茹でたてアツアツ、その熱さに息を吐きながら、津嶋さんは楽しそうに話した。


「ほふっ、熱っ。あー、でもこの味と食感だよなぁ。中国の水餃子とは違うし、イタリアのラビオリとも違うよなぁ」

「これがお気に入りですもんね、津嶋さん。確かにラビオリとは調理法も具材も近いんですけれど、具のつまり方や火の通り方は中国の水餃子に近いですし」


 その言葉に、僕も自然と笑顔になる。イタリアのラビオリと具材は似ているが、調理法は中華の水餃子に近い。その味わいが、地球の料理にはなかなか見られない味を醸し出している。

 満足した様子で笑いながら、津嶋さんがおちょこの中に残った浦霞をぐいと呷った。ため息をつきながら、頬を赤くしつつ次の水餃子に箸を伸ばす。


「いいとこ取りなんだよなー。あー、餃子がもっと手軽に作れるなら家でも作るのになぁ」

「分かります、面倒ですよね、餃子」


 津嶋さんの零した言葉に、僕も苦笑しながら返す。本当に、餃子の類は作るのが面倒でよくない。もっと手軽に作れるのなら気軽に食べれていいのだけれど。

 見れば、他のお客さんもクラリス風水餃子が気になっている様子だ。これはもっと、量を作っておかないとならないかも知れない。

 まだまだ賑わう店内を見ながら、僕はもう一度、じゃがいもを蒸かすべく保管庫から取り出すのだった。

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