解釈違い飯

四宮あか

みょうがたっぷり ピリ辛坦々そうめん

 誰かと一緒に住んで、食事を交代で作るとなると、同居人のせいで自分の人生では考えもつかない料理と鉢合わせることがある。

 それは、人生の中で自分の狭い良識を変えてくれたり、やっぱり相いれなかったりもする。


 俺、佐藤さとう ひろ26歳は同い年の道長みちなが 風太ふうたと同居。まぁ、今時の言葉で言うとシェアハウスしている。

 家賃を二人で割ると一人暮らしするよりも。

 駅が近くて部屋もキッチンも広い、いい物件が借りれるから暮らしているだけで、俺たちの関係は恋人とかではない。

 俺は安月給の会社員。風太は見た目こそパーマも当てて、髪も染めてお金をかけているようにみえるが、美容師ゆえに、見習いの間は身だしなみは必須な上に安月給ってことで。

 意気投合して、トントン拍子で住み始めて早3か月。




 どうなるかとおもったシェアハウスも

①他人を部屋に招き入れないこと、使ったものは片づけること。

②掃除や料理は当番制。

 の2つの最低限のルールで今のところうまいこと回っている。



 昨日俺の実家から、大量に送られてきたのは夏のお中元でおなじみのそうめん。

 といっても、今年贈られた奴じゃなくて、今年もいただくからと、去年食べきれなかったのを送ってきたパターンなんだけどさ。

 とにもかくにも、食料を送ってもらえるのはありがたいわけで。

 当分はそうめん生活になることだろう。




 6月も終わりに差し掛かると。日がおちてきてもやっぱり暑い。

 ここ数年の夏場の気温は異常気象としか言えないほどの、猛暑日が続く。

 半袖のYシャツは一日分の汗をじっとりと含み気持ち悪い。

 それでも、大柄な体が更にいつもよりも歩幅大きく歩くのは、今夜はそうめんだからだ。

『尋は図体だけ大きくなったけれど、繊細なんだから』と言われるのが嫌で嫌でしかたなかったが。

 まだ夏はこれからだというのに、すでに夏バテの兆候がでていて、昼食はあげものやこってりとしたものが食べられないほどのコンディションとなっていた。

 だからこそ、余計に。このタイミングで去年のあまりものとはいえ、ご贈答用のちょっといいそうめんが食べられることに、足取りは軽やかだった。



 そうめんは外食であまりお見掛けしないが、夏場の家庭ではおなじみだ。

 そうめんを入れる器は大きく涼し気なガラス製。

 その中にたっぷりと注がれた冷えた水と控えめな氷の中をゆらりと白いそうめんが揺らぐのが視覚的にも最高だ。


 汁は市販のめんつゆを濃いめにでOK

 そうめんは家庭で楽しむものだ。

 このくらいゆるくていいのだ。


 そして、店じゃないから天ぷらなどは出てこなくていい。

 揚げ物をすると、片付けも面倒だし。

 何より夏バテ気味で、揚げ物やこってりは勘弁だ。


 天ぷらの代わりに、店では考えられないほどの薬味を準備して楽しむ。

 それこそ至高のそうめんだ。



 ネギ、生姜、わさび辺りは当たり前。

 つゆにいれると香りが際立つきざみのり、夏だからこそ押さえておきたい、しゃきしゃきの冥加。

 麺とつゆがより絡むように大根おろしをたっぷりと用意して。

 いりごまをパラリ。

 香りの変化をつけるために途中で、刻んだ大場をいれるとさらにおいしい。

 まぁ、ここまでの薬味を用意しろとは流石の俺も思わない。

 今日の食事当番は風太のほうだ。


 とはいえ、そうめん。

 湯で時間さえしっかりとまもり、水で〆て、後はねぎとわさび。この二つがあれば、まぁ許せるはずだった。




 冷蔵庫の中には、ねぎとワサビは入っていたし。

 めんつゆだって、特売のが豆乳の隣に立ってた。

 海苔は俺が家についてから刻めばいいし、大根おろしも、俺が家についたらすればいい。


「おかえり~。もう少しでできるよ」

 パスタ鍋の前に立ちながら、風太がそういう。

 よしよし、そうだよな。そうめんが届いたんだもんな。そりゃ今日はそうめんにするよな。

 しめしめとほくそ笑んで、俺は自分の部屋へと戻りスーツを脱いで部屋着へと着替える。

 本当なら、シャワーに今の間にさっとはいって汗を流してしまいたいけれど。

 逆をやられたら糞ムカつくから、ちょっとだけスマホ触ってお茶の準備と、後はのりでも刻むかと思った。



「自分が作る側になったらわかるわよ! やれ!」と母親に言われた言葉の意味が、二人で暮らしてみてよくわかる。

 今のシャワー入りたいけれど、我慢してってのもそうだ。

・今から帰る

・ちょっと遅くなりそう

・先に食べといて

 そんな連絡親元にいるときは、することも思いつかなかったし。


 むしろ、友達と遊んでる途中に、夕飯いるとかいらないとか連絡すること自体煩わしかったが。

 今になると、いかにこの連絡が大事かってわかる。

 俺の夕飯がいらなくて、父も夕飯がいらないとなれば、会社帰りに母さん一人でふらっと同僚とご飯にいったり。

 自分一人ならカップラーメンやスーパーで見切り品の弁当買って食べればいいやとか。

 父さんと外で待ち合わせて外食して帰ってもよかったわけで。


 俺が、めんどくさいとケチった連絡がどれほどご迷惑をかけていたか今は痛いほどわかるわってことを。

 会社出る前に、風太にした『会社でた』って連絡をみてしみじみ思う。

 俺が、会社出たって連絡をしたから、時間を逆算してもうすぐ出来上がりに持ち込んでるんだよな……



 一人暮らしすると親のありがたみ知るっていうけど。

 誰かがいる状態で家事すると、あのときのめんどくさいことを聞いてくる親の理由もわかってもうね、なんとも言えない気持ちになる。


 本当はもうしばらく部屋でぼーっとスマホ触りたいところだが。逆だと腹が立つからお茶と箸でも準備しますか~



 刻みのり作って~。

 調理用のはさみで、慣れた手つきで海苔を切ったら。

 次はみょうがだ、ないよりかはあったほうがいい。欲しいものは相手に察してほしいとやるよりかは、自分でやるのが手堅い。



「できたしそっち運ぶわ~」

 ガラスの器あるから、そっちを使えばいいのにということはグッと飲み込む。

 まぁ、ラーメン用のどんぶりでもそうめんはそうめん。

 カランっと、器に氷が当たる音に気持ちまでが涼やかになる。



 そわそわとしている俺の前に並べられたものをみて固まった。


「冷やし坦々お待ち~な~んて」

 風太がそういって人懐っこい笑顔を浮かべた。


 白いラーメン用の器に入っていたのは、水にたたずむそうめんではなく。

 真っ白なスープと真っ白なスープの上を漂う美しい朱色のラー油。

 甘じょっぱく炒めただろう、ひき肉。



 ちょっとまって、ちょっとまって。

 ちょっとまって、えぇ?

 俺の目の前には刻みのりと、みょうがの刻んだのしこたまあるんだけど。

 さっきゆでていたのってそうめんだよね?

 


 二人で交代に料理当番をしていると、ときおり今日のような『解釈違い』ってのがおこるけれど。

 そうめん、そうめんだよ。

 なんで、冷やし坦々麺になってるの?!



「豆乳だからヘルシー。辛いの大丈夫かわからなかったから、ラー油は控えめなんだけど。個人的には沢山かけたほうが絶対おいしい」

 ドヤッとやられてしまう。

 確かに、豆乳はあった。あったよめんつゆの隣に立ってるな~っておもってたわ。



「めんつゆは?」

 作ってくれた人に敬意を表して、文句をいうことはよくない。

 というか自分がされたらものすごく腹立つから控えていたのに、つい飛び出しためんつゆ。


「これはめんつゆじゃなくて、冷凍してあった鶏ゆでたときのスープ使った。わりと本格的じゃない? さっ、食べよう」


 そういって、目の前で大量にかけられるラー油。

 俺も、わけがわからなくなりながら、ラー油をかけた。


「あれ、その刻み海苔とみょうがって……坦々麺には海苔とみょうが入れるタイプだったんだ。俺も入れてみよっかな~」

 こちらが、解釈違いでぐるぐるしている間に、もーらいとたんたん麺の上にたっぷりのみょうがと刻み海苔が散らされる。



 今日は、夏バテ気味で。

 こってりしたのは正直かんべんで……でも、作ってくれたものに文句をいうことは絶対のタブーで。


「うまー! これあたりだわ。あうあう。海苔香りがいいし。みょうがもスープと一緒に食べるとうまい」

 そんな俺の心など知らずに、目の前で風太はうまいうまい、俺って天才かもとか自画自賛しながら食べ勧める。


 


 そのとき、ぐう~っと腹がなった。

「何してんの、うまいから早く食べたほうがいいって」

 ニカッと風太が笑うのをみて、俺もみょうがをたっぷりとのせて、刻み海苔。そして追いラー油をして口に運ぶ。




 そうめんはさ、大きな器にたっぷりの水と少しの氷。そこを泳がすかのようにして……

 俺の持論は、麺をすすってふきとんだ。



 キンキンに冷えた豆乳をベースにしたスープはあっさりしていて、ピリッとしたラー油が味を引き締めて思っているよりも、ずっとずっと食べやすくて。

 本当は普通にそうめん食べるとき用に刻んだみょうががスープとそうめんと一緒に食べるとしゃっきりとしてうまくて。



 汁は市販のめんつゆを濃いじゃなくても……



「やっぱり、そうめんは薬味を沢山いれたほうがうまいのかも」

 俺の持論とかは全部吹っ飛んで、最終的に残った結論を口にした。


「それな」

 びしっとお互い指さして。




 夏の暑い時期はそうめんがうまい。

 麺つゆもうまいけれど。

 毎回同じ味だと飽きがどうしてもくるし、そんなときは、ラー油がぴりっとする冷やし坦々麺も捨てたもんじゃない。


 ただ、そこはそうめん。

 薬味だけはおしむことなくたっぷり目に!!


 俺のそうめんの持論に、新たにそう刻まれた。


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