柘榴蝶が灯る街

ねこもち

第1話

 手に持っていたガラスのランプが、チラチラと瞬き始めた。中に入れてある柘榴蝶ザクロチョウが反応し始めたからだ。

 このランプが煌めく頃、街は夕闇時を迎える。

 

 柘榴蝶はその名の通り、羽の上半分が柘榴の実のように紅く透き通っている。そして最大の特徴として、暗闇に反応して透明な鱗粉の一粒一粒を、強く発光させる性質を持っている。

 それは捕食者に存在を知らせる訳でもなく、反対に自らの身を守る武器となる。眩い光を放つ柘榴蝶を食べてしまえば、その体内からでも分かる強い光が、上位捕食者に認識されてしまうからだ。


 柘榴蝶の主食は吸蜜草スイミツソウと言う多年草の露である。入手も栽培も容易な為、これを維持するのは難しく無い。寧ろ油などよりも遥かに手に入れやすい為、このランプが発売された時から現在まで、大々的に普及を果たした。

 今ではどこでも見られる、さほど珍しく無い物だという事だ。


 しかし私は、初めてこのランプの輝きを目にした瞬間、この一枚の蝶が放つ光の虜となっていた。

 ここに私は居るんだ、と言わんばかりの激しい紅色だが、暖かさをも内包している独特の美しい輝き。

 夜が明けるまでずっと見ていたくて、ランプ職人を目指したのは、私にとって必然だった。


 この光を最大限に美しく見せたい──


 そしてそれが叶うのは、自分の手で産み出すものしかあり得ないと言う確信があった。

 

 今、私の手に持つ柘榴蝶のランプは、一番の出来だと思っている物だ。太陽が闇に落ちる頃、インスピレーションを絶やさないよう、作業場からこれを持って外に出る。


 最近、吐く息が白く色付く様になって来た。その寒々とした冷気は、まるで柘榴の様な紅い煌きをより際立たせる良いスパイスとなる。ランプの名作が生み出されるのは、いつだってこのような季節だ。


 益々輝き出した紅光を、目の前へ大切に掲げる。

 薄いガラスの向こうで一匹の紅い命が、光の粒を瞬かせている。私はここに居るぞ、という風に。

 目を細めると、視界が紅色に溶けていく。

 

 ──ああ、私は今日も生きている。蝶が、私を生かせている──

 

 ランプを持つ指先の、冷たい痺れが意識を呼び覚ます。夕闇と紅が混ざり合った、波の絹布が広げられていた。


 もうすぐ、このランプをも凌ぐ作品が完成するだろう。

 昔、この道が照らし出された時と同じ様な確信が、再び私の中へ灯っていた。

 柘榴蝶の紅く美しい光は、あの時と変わらずに、私を仄かに照らしてくれる。

 あの時と同じ、しるべとなって。

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柘榴蝶が灯る街 ねこもち @nekomothi

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