【短編】薬漬け冒険者の業務記録

夏目くちびる

第1話

業務内容:総合職

契約期間:期間の定めなし

試用期間:試用期間あり(1週間)

就業場所:本社(ナロパ地区イセ1-1-1) ヨセツ王国全域(クエスト依頼主の希望による) 海外(同左)


就業期間:09:00-18:00

休憩時間:12:00-13:00

休日:土日、祝日(例外あり)


時間外労働:あり(月平均70時間)

※クエスト依頼主の希望による場合、特例裁量労働制により2時間働いたものとみなす為、実質平均は約35時間。


賃金:基本給50万G(ただし、初月度は試用期間分を日割り手当とする)

※残業手当(クエスト依頼主の希望によりあり。1時間につき、基本給の3%)

※成果報酬(クエストの難易度による)

賞与:あり

昇給:あり(年に一度)


加入保険:生命保険、労災保険(回復魔法で再生しなかった場合に限る)、年金保険、健康保険

募集者:株式会社冒険者ギルド


雇用形態:正社員


服装:自由


その他:ドラッグ支給あり(ヒロポン、モルヒネ、その他快楽薬品)



 × × ×



 別に、俺が数ある冒険者企業の中から冒険者ギルドを選んだ理由なんて、ここが業界最大手だからってだけだ。他の会社と比べて給料が高いし、デカい会社であれば倒産しにくいだろうっていう、それだけの話だ。



 それでも理由を語るなら、このドラッグの支給が主だろう。



 バトルが激化すれば、罪の意識や知能のある魔物の最期の叫びによる精神崩壊が訪れ、並みの精神力では耐え切れないと就職説明会や業界研究で分かっていたし、実際にリクルーターにもそう聞いているからだ。

 だから、魔界に存在する人間が耐えきれない効果のドラッグに手を出さないよう、こうして製薬会社が開発したモノを用意してくれている。ここに金を使わなくて済むのは、本当にありがたい制度だろう。



 給料水準が異常に高い代わりに、業界全体が苛烈な環境である事は誰もが知っている。だから、俺は地獄の中でもマシな地獄を選んで、アーリーリタイアを目指す為にこの会社へ就職したのだ。人生、40歳からっすよ。



 まぁ、頑張って行こうぜ。



 ――4月8日



「新入社員のブラッドです。よろしくお願いします」



 自己紹介をすると、配属となった『殲滅課』の先輩方が拍手で迎えてくれた。事務員以外、みんなラリっている。話を聞くと、一人だけまともそうなあの人は生まれながらのサイコパスらしい。そんな彼らが一丸となってチームで働けるのだから、やはり金の力は凄いのだろう。



 俺も早く、仕事に慣れなければ。



 ――4月15日



 社内研修を終え、俺は初めての現場仕事に参加した。殲滅課の業務内容は主に多くの命を刈り取る事の為、現場での研修は存在しない。どんな仕事も、やるかやられるかの一発勝負。そこに危険の差異がないのなら、最初から同じ条件で一緒に働くというのは至極当然の事だと思った。



「許して……」



 クルルギ主任は、懇願するゴブリンの母娘に斧を振り下ろし、グッチャグチャに破壊した。この人が、俺の直属の上司にあたる方だ。彼は、サイコパスが半分入っている精神異常気味の男性で、だからドラッグの使用量も一般的な職員と比べると少ないらしい。



 教育係には、こう言った多少精神がイカれている人が割り当てられる。教育による手当は基本給の一割にも上るらしいから、願わくば俺も自分が半サイコパスであるといいな。



 ――5月1日



 クルルギ主任が殉職した。俺は目の前で見ていたが、体内に爆弾を持つ魔物が別の姿に擬態しており、そこに斧を振り下ろしたことで肉体が吹き飛んでしまったのだ。現地滞在時のテントで俺を無理やり犯した人だけど、基本的には優しかったから残念だ。



 彼を継いで、今度はミアという女性の主任が俺の上司となった。彼女は、かなりSっ気の強く、性別間での差別を憎む強い人だった。その為、現場でも魔物の性別に囚われず、オスもメスも両性具有も、全て等しく殺していた。



「ブラッド君、ヒロポン打ってくれる?」



 夜、同じテント内。ミア主任は俺に腕を差し出して、ニコリと優しく笑った。昼はおっかなかったけど、夜になるとこうして甘えてくる性格に変わるらしい。二つの人格は、過去に男女格差による悲劇に見舞われたのか、それとも本当は男に甘えたい気持ちを抑える為の言い訳なのか。それは分からなかった。



 ヒロポンを注射し、開いた穴に治癒魔法をかけ塞ぐ。ミア主任は、度の強い酒を瓶でかっくらって、そのまま俺の体にもたれ掛かって眠った。俺も、そろそろ眠るとしよう。



 ――5月15日



 待ちに待った給料日。俺は、自分の通帳に記載された金額で腰を抜かした。初給料は、諸々込みで103万G。同期の中には、160万Gを超えた奴もいたと聞いた。こうなってくると、最早募集要項に基本給を記載する意味が分からなくなる。



「へぇ、ブラッドはもうそんなに殺したんだ」



 そんなワケで、本日は非番。俺は、大学からの同期のパーカーと居酒屋に来ていた。他のメンツは、現場滞在中だったから二人だけ。



「あぁ、それなりに給料もよかったよ。勉強の為に、一回くらいは遊郭に行ってみたかったし、あとで行こうぜ」

「遊郭は無理だ。俺、お前ほど稼いでないし」

「そっか、じゃあ普通の風俗で」



 酒を一口。風俗店が未経験ってだけだから、別に何でもいいのだ。そもそも、セックスがあまり好きではないし。



「パーカーは、『護衛課』だっけ?」

「そう。あんまり死にたくないし、比較的安全な課を選んだけどさ。やっぱ、殲滅課とか『魔王攻略課』の同期の話聞くと給料格差で後悔しそうになるよ」

「安全だし、『採取課』よりはマシだろ。あそこ、薬草とか鉱石拾ってくるだけだから、残業も無くて基本給しかもらえないらしいぜ」

「マジ?」

「マジ。それに、魔王攻略課は最早別格。海外出張も多いし、おまけに殉職率60%オーバーだろ?いくらエリートな部署で金も貰えるって言ったって、流石にそこまで命知らずなのはイカれてる」



 そして、所属している人はほとんどがサイコパスらしい。魔物を殺せるかというよりも、利益の為に仲間を見殺しにしたり、時には自らの手で始末しなければならないからだ。魔物殺しで命のやり取りに慣れても、やはり同族はストレスダメージがエゲつない為、サイコパスのエリートしか所属出来ないという。



「それじゃ、仕事の話はこれくらいにしよう。遊郭、やっぱ行きたいから半分驕るよ」

「マジかよ、ありがてぇ」



 ――5月28日



 どうやら、俺は生まれながらに人間のドラッグが効かない体質であるらしい。それどころか、『ポーション』による回復も通用しないのだ。



 かなりマズい。今のところは精神を病んだりしてないが、ゆくゆく壊れ始めた時や、回復職が死ぬような過激な戦闘に見舞われた時、厄介な事になるだろう。その事をミアさんに相談すると、開発部のドクターを紹介してくれた。



「魔王攻略課が、魔界の花である『ルワ』を詰んで来てくれている。これを煮詰め薄めて、君の体に通用するかを試していこう」



 しかし、その魔界の花ですら、俺の体には効き目がなかった。原液服用どころか、注射で静脈へ打ち込んだにも関わらずだ。



「まいったな、今はこれ以上に強い作用の植物がないんだ」

「どうしましょう」

「次の魔界への冒険で、更に強力な花を詰んできてもらうよ。君は、非常に重要なサンプルだからね。出来れば、これからの実験に協力してくれると助かる」

「構いませんが、手当はでますか?」

「もちろん、一度の研究に付き30万は出そう。『総務課』には、僕から連絡しておく」

「わかりました」

「それじゃ、早速血液を分けてくれ。君の血液から、あらゆる抗体の血清を作れるかもしれないからね」



 これで、アーリーリタイアまでの期間が更に短くなった。この体に産んでくれた母さんには、感謝しないといけないな。



 ――6月19日



 『ゲンワクツカイ』の群れを殲滅してから、ミア主任の様子がおかしい。パーティの先輩たちも心配している。



「パパ、だっこして」



 テント内で、彼女は俺に抱き着て離れなくなってしまった。もしかすると、精神や記憶を幼少期まで戻されてしまったのだろうか。しかし、それなら俺たちが誰なのかも分からないハズだから、整合性が取れない。



「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」

「大丈夫だよ、よしよし」



 同じパーティのケイン先輩とサクラコ先輩も、不安気な様子だ。果たして、今回のクエストはうまくいくのだろうか。この症状が、一過性のモノだといいけど。



 ――7月20日



 朝。ミア主任は、相変わらず俺に謝り続けてずっと体から離れない。食事をするのも、排泄するのも、全て俺の力を借りなければ出来ない。その割に、少しでも自立を促す言葉を伝えると。



「何のこと?早く、魔物を殲滅しに行こう」



 正気に戻って、それから再び俺の手を借りようとするのだ。



「もしかすると、ゲンワクツカイの群れの中に変異種がいたのかもしれないわ」



 サクラコ先輩が、その可能性に行き当たった。



 変異種とは、魔物の中でも俺の血液のように普通の種族とは違う性質を持っている個体の事だ。そいつが使った魔法がミア主任の精神に強く作用して、このようになってしまったのだと彼女は言った。



「どうすれば、治りますかね」

「治す方法を探すより、別の課に異動してもらった方がいいんじゃないか。このクエストは、俺たち三人でなんとかしてさ」



 殲滅課のサイコパス、ケイン先輩はあっけらかんと答えた。しかし、それに関しては俺も半分くらいは同意だ。



「そんな事、絶対にダメよ。何とか、主任を元に戻す方法を探さないと」

「いや、依頼主からの希望が無い限り、俺は残業なんてしたくないし。どうしてもって言うなら、サクラコがやりゃいいじゃん」

「あんた、それでも仲間なの?」

「仲間だよ、仕事のね」



 その一言を皮切りに、仲間割れが始まってしまった。今回のクエストの期間は一週間で、残りは五日。それまでに、『シュクフ村』周辺の『デビルグレイ』の一群を殲滅しなければならないのに。こんな事で、大丈夫なのだろうか。



 俺は、初めてこの仕事のヤバさを実感していた。



 ――7月21日



 ミア先輩が死んだ。正気に戻った瞬間に、自分の喉を切り裂いたのだ。一体、心の中でどんな葛藤があったのだろうか。俺は、ほんの少しだけ泣いて、本社からの人材を待っていた。



 ケイン先輩とサクラコ先輩は、相変わらず喧嘩している。しかし、このままでは戦闘の連携で齟齬を生みかねない。だから、何とかして二人に落ち着いてもらおうと思い、俺はドクターが用意してくれた俺専用のドラッグを二人に見せた。



「人間界で一番強い覚せい剤の、30倍の効果があります。今回のクエスト中、効果を俺に試して欲しいと言って渡された物です」

「それが?」

「もし、そのまま喧嘩を続けるなら、二人のどちらかにこれを打ちます。嫌なら、仲直りしてください」



 ミア主任を失って、俺も穏やかじゃなかったのだろう。ドクターの薬の効果を知っている二人は、汚い言葉を吐くのを止めた。



「そうです、生きて帰りましょう。ここで死んだら、何の為に金を稼いでいるのか分かりませんし」



 俺は、サイコパスなのだろうか。答えは、分からなかった。



 ――10月3日



 俺の、魔王攻略課への異動が決まった。どうやら、ミア主任が殉職したクエストでの報告を受けた課長が、俺を推薦したらしい。まさか、俺がこんなエリートたちの中で働けるとは思わなかったけど、多分魔界の植物の現地調査に都合がいいからなんだと思う。



 実際、俺はそこまで強くないし、パーティには調剤学に詳しいカリン先輩も所属しているからだ。彼女は眼鏡のおさげで、こんな素朴そうな人も魔王攻略課に所属しているのかと、少し驚いた。



「よろしくね、ブラッド君」

「よろしくお願いします」



 カリン先輩は、かなり性に乱れた人だった。課の男はもちろん、女もほとんどがセックスをしているらしいし、捉えた魔物すらも犯したとも聞いて、俺も現に食われた。はっきり言って、ガバガバで全然気持ちよくなかったからもう二度とやらないけど。



 中毒の理由は、ドラッグでも紛らわす事の出来ない恐怖心を克服する為だと言っていたが、俺は嘘だと思う。彼女は、サイコパスだから。多分、セックスが好きなだけなのだろう。まぁ、別に結婚する相手でもないし、特に嫌悪感を抱くような事はない。



 ――12月25日



 気が付くと、課に所属していた職員の半分が入れ替わっている。しかし、どうやら俺は運がいいみたいで、未だに生き残っていた。

 通帳には、既に1億G近い貯蓄がある。このペースで行けば、もう二年も働けば死ぬまで安泰だろう。流石、ホワイト企業のエリート部署だ。武器や防具の購入以外に、使う時間が無いのも返ってありがたい。



 相変わらず、精神に異常はない。魔界のドラッグが効いている実感はないから、俺はサイコパスなのかもしれない。

 ひょっとして、人事の人は面接の時点で俺の素養を見抜いていたのだろうか。だとすれば、尚更普通の業界で働く事は出来なかっただろうから、ありがたいと思う。



 ――2月8日



「ふむ、これもダメか」

「みたいですね」

「通常、ここまで強いドラッグを使えば、人の体で耐えられるハズがないんだけど。君、本当に人なの?」

「一応、両親は人族です。家系も、亜人や人外と交わった形跡はありません」

「ビューティフル、人類の奇跡だ」



 ドクターは、やけに嬉しそうだった。毎晩ディナーに誘われて、その度に今までの人生での出来事を確認された。その内、女のドクターにも紹介されて、精液を研究させて欲しいと頼まれるようになった。こうなってしまうと、前にいた。



 ……あの、誰だっけ。おさげの、そう。カリン先輩と何も変わらないではないか。あまり、セックス自体が好きではないから、そこまで興味をそそられない。



「このセックスって、手当つきますか?」



 行為の後、女のドクターに聞いた、名前は、知らない。



「フフ、君は本当に金が好きだな。大丈夫、10万出そう。先に言った通り、奴隷たちを孕ませるのに協力してくれれば、更にボーナスを出す」



 ならば、種馬になるのもいいか。でも、俺の好みのタイプって何だっけ。出来れば、する以上は好きなタイプとしたいけど。



 そう言えば、今までに恋ってしたことなかったな。



 ミア主任、元気だろうか。



 ――3月9日



「お前、ブラッドか?」



 街を歩いていると、突然声を掛けられた。



「おぉ、パーカー。元気だった?」

「その、なんだ。お前、随分と雰囲気変わったな」

「そうか?頭を丸坊主にしたからかな」

「いや、そういうのじゃなくてさ。……いや、何でもない」



 何故か言葉を失っているが、久しぶりの再会は嬉しい。パーカーは、半年くらいで仕事を辞めてしまったからだ。



「同期は、まだ何人か残ってるのか?」

「分かんない、俺はクエストに出ずっぱりだし。あんまり、交流とかないんだ」

「そうか。でも、魔王攻略課でやっていけてるなんて、本当にすごいな。お前、そんなに戦闘のセンスあったっけ?」

「どうだろ、相変わらず平凡だと思うけど」

「じゃあ、なんで無事なんだよ」

「わかんない、生き残りたいって気持ちが強いからかな」

「生き残りたい?なんでも食べる、みたいな?」

「そうそう。なんか知らないけど、パーティの先輩とか、死んじゃったメンバーの血とか肉を食べないで、いざという時に逃げる力が湧いてこない時、結構あるんだよ」



 答えると、パーカーは持っていた鞄を地面に落とした。俺、なにか変なこと言ったかな。



「……おいおい、なんだよ」

「ごめん、ごめんな。ブラッド。俺、お前の友達なのに……」



 パーカーは、俺に抱きついて背中を擦った。よくわからないけど、特に謝られるようなことはされてない。



「別にいいよ。それじゃ、俺はそろそろ仕事だから」

「……マジで、行くのか?」

「そりゃ、行くさ。このペースなら、目標の5億Gだってすぐだし」

「そうか。……ごめん」



 そして、顔を上げたパーカーは泣いていた。なんだよ、まるで俺が死ぬみたいじゃないか。



 やめてくれよ、友達が泣いてるのを見るのは辛いんだ。



 ミア主任も、そう思いますよね?



 ――4月8日



 俺が入社して、一年が経った。月給は、1400万G。同期の中でもかなり稼げてる方だと思うけど、あの頃は俺がこんなにやれるとは思っても見なかった。冒険者稼業の企業化は、俺にとって最高の転換だった。



「ほう、このドラッグは効き目があるか」

「はい、何だかフワッとします」



 ドクターは、俺を見て頷いた。今摂取しているのは、『リンカク』に『セメン』、そして『ハイリ』を混合した特製の合成ドラッグだ。魔界の花の研究は、俺を使った人体実験によって凄まじい進歩を遂げたという。それだけ喜んでくれると、俺も協力した甲斐がある。



「これを改良し、希釈すれば、本物の『エリクサー』が作れるかもしれない。僕たちは、神の聖水をも超える力を手にする可能性を手に入れたんだ」



 エリクサーとは、どんな怪我や病気も一瞬で回復するという伝説のドラッグだ。しかし、過去に存在した勇者と呼ばれる戦士たちが使い切ったことにより、ここ数百年は誰も見たことが無いという代物だそうだ。



 薬剤学って、凄いんだな。それが完成すれば、悲願の魔王討伐も夢じゃない。しかし、俺の金が貯まるまでは完成して欲しくないという二律背反が、俺の脳裏に過る。本当、俺って金が好きだな。



「全く、そういう事ばかりじゃダメなんだよ?」



 分かってますよ、ミア主任。俺は、ちゃんと冒険者稼業をまっとうしますから。



 ――8月19日



 俺を残して、パーティが全滅した。就業以来、初めての本格的な絶望だ。



 ここから帰るのも、きっと無事では済まない。ならば、魔王軍が作り出した魔法のポータルを使うしかないワケだが、その所在はこの先に見える砦の中だけだ。



「ミア主任は、どっちがいいと思いますか?」

「そうだね、危険だけど砦に侵入するのが手っ取り早いんじゃないかな」

「ですよね、俺もそう思ってました」



 だから、俺は剣を持って砦へ向かった。途中、ドクターが作ってくれた『試作エリクサー』の原液を鼻から啜って、気持ちを押さえつけながら、なるべく呼吸を止めながら、敵に気が付かれないように内部を歩いた。



 試作エリクサーは、例の合成ドラッグへ更に『フロール』を混ぜ合わせ1300倍に希釈した代物だ。それですら、普通の体質の人間は欠損した指を再生させることが出来るらしいけど、俺はこれでも精々気分がよくなる程度。まぁ、精神安定剤っていうのがいいモノだと知れただけでも、価値はあるのだろう。



「……っ!お前、にんげ――」



 『エリートオーガ』に気が付かれた瞬間、俺は剣を頭蓋にぶっ刺して脳みそをかき回した。それを見ていた別のエリートオーガが、すぐさま危険を知らせる鐘を鳴らす。次々に、隔壁が閉じる音が響く。この廊下も、すぐに閉じられて槍や矢を放出されるか、水攻めで呼吸を止められる事になるだろう。



「ミア主任、どうすればいいと思いますか?」

「う~ん、地図は手に入れたんだよね?」

「はい」

「なら、ポータルの位置も分かるよね?」

「恐らく、地下かと」

「なら、そこまで頑張ろう。大丈夫、ブラッド君ならきっと出来るよ」



 彼女に励まされると、力が湧いてくる。平凡な俺の力でもなんとかなるんじゃないかって思えてくる。



「殺せ!」



 ……もう、腹を突き破られて、内臓が外へ飛び出してるけど。目玉に矢が突き刺さって、意識も朦朧としてるけど。腹の中に直接試作エリクサーを流し込んで、これの素材を口の中ですり潰し呑み込んで。



「頑張れ」



 あぁ、やっぱり元気が湧いてくる。もう少しだ、もう少しで帰れるんだ。



 ――11月7日



 エリクサーは、既に試作二号まで出来上がった。こいつのいいところは、味がとてもおいしいところだ。ほっぺたが落ちそうで、ミア主任と一緒に呑むと、辛い事を全部忘れられる。彼女は酔って先に眠ってしまったみたいだけど、これを飲んでるときだけは俺の精神が安定しているような気分になるんだ。ドクターがいなくても、俺がじぶんで作れるところがとてもいい。帰ったら、彼らにも教えてあげよう。



 ――12月41日



 魔かいで拾た剣、すく強い。こがあれば、あまり強くな俺で『ミノタウロス』や『デスマシン』に勝るんだ。おかねも、かり溜まてる。仕ごを辞めら、こがいに大きな家買て、ミア主任と、子もは息子がいいな。三にで暮して。しろ犬も飼お。息いっ緒に成長して、命の大切さを学ばせるんだ。



 ――?捺怦?捺律



 ミア主任。



 ――?墓怦?呻シ撰シ譌・



 繝溘い荳サ莉サ繝溘い荳サ莉サ繝溘い荳サ莉サ繝溘い荳サ莉サ繝溘い荳サ莉サ繝溘い荳サ莉サ繝溘い荳サ莉サ繝溘い荳サ莉サ繝溘い荳サ莉サ繝溘い荳サ莉サ繝溘い荳サ莉サ繝溘い荳サ莉サ繝溘い荳サ莉サ繝溘い荳サ莉サ繝溘い荳サ莉サ繝溘い荳サ莉サ繝溘い荳サ莉サ繝溘い荳サ莉サ繝溘い荳サ莉サ繝溘い荳サ莉サ繝溘い荳サ莉サ繝溘い荳サ莉サ繝溘い荳サ莉サ繝溘い荳サ莉サ



 × × ×



 ――8月20日



 結婚記念日。俺は、ミア主任と二人で『スカイフォール』の滝を見に来ていた。ここは、ヨセツ王国の中でも屈指の観光名所だ。空から落ちる水の飛沫に太陽が反射して、たくさんの虹が水面に映し出されている。こんな風景を一緒に見られる日が来るなんて、俺は本当に幸せだ。



 そう言えば、最近はパーカーとも連絡を取っていないな。あいつはいい奴だから、そろそろ結婚を控えている彼女だっているだろう。その内、あいつの彼女も含めて四人で食事にでも行きたい。俺は、幸せだって。あの時泣いていたパーカーに、ちゃんと伝えて安心させてあげたいんだ。



「……魔王様、この体はまだ耐えるようです」

「驚きだ。魔界に存在する、あらゆる猛毒を凌駕しているのか」



 ミア主任と出会えたことが、俺の人生でもっとも価値のある経験だと、心の底から信じられる。金だけを求めていたハズの俺が、これだけ人を愛せたのだから。どれだけ感謝しても、しきれない。



「もしも、この体に通用する兵器を作成出来たら、人間を絶滅させることは間違いないでしょう」

「あぁ、引き続き頼む。効果のあった、エリクサーの原典の使用はなるべく控えるのだ」

「当然でございます。何せ、数が限られておりますからね」

「うむ」

「しかし、魔王様」



 あぁ、本当に綺麗だな。



「なぜ、この体は正気に戻っているのにも関わらず、笑っていられるのでしょうか」

「……生まれた時より、正気ではなかったのだろう。は、中世を終えた近代に、冒険者になるような人間なのだからな」



 ミア主任。



「つまり、人生で初めて、狂気から解放されたから自覚が無いと?」

「そう考えているが。……まぁ、我々の知るところではない」

「失礼いたしました」



 本当に、大好きです。ずっと、一緒に居ましょう。

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