ワンナイトラブになるまで

如月逕和

疑似恋愛その先にあるのはサヨナラの言葉さえない別れ

 今から10年ほど前の話。花のJKライフをそれなりに楽しく過ごしていたあの頃から急速にネットの世界は進んだ。携帯小説や前略プロフ、色々な形のネット上での繋がりが増えた。SNSなどで簡単に人と繋がれる時代になったばかりで、世の中にはネットからリアルな関係へ進めるようになりネットからの事件が多く起こるようになった。その為、各社がネット内での出会いを規制する動きが強くなり、連絡先を交換することが厳しくなっていった。そんな時代に出会った男性が私の心を長い間弄んでいた。


 現実の世界では、男性と話すことはおろか目も合わせられないそんな私が唯一異性と会話ができる世界がネットの中だった。その頃の私は高校3年生。その人と出会ったのも、とあるSNSの大学受験者用の掲示板。人生において大切な時期だったことをよく覚えている。今思えば何故あんなにも燃え上がっていたんだろうと冷静に考える私がいる。顔を見たことなければ、直接あって話したこともないのに好きになれたのか。「恋に恋している」その表現がその頃の私を表すのにふさわしいように思う。恋愛というものに憧れを抱いていて、周りは彼氏がなどとのたまう生活の中で”恋”というものの本来あるべき姿を分かっていないただの小娘だった私は劇的な大学生デビューを果たす。

 大学生になった私は、アルバイトをはじめ、共学の大学に進学したこともあり男性と話すことが高校生の頃と比べれば苦手ではなくなりネット世界からは離れるようになった。現実世界を生きはじめたと言えば聞こえはいいけれど実際は夜遊びを覚えて、今まで感じることができていなかった男女の駆け引きにはまっていたのだ。思っていたより男の人は優しかった。未熟な若者を引っ掛けて、ワンナイトに持っていけたらと思っていたからだろうと大人になった今ならよくわかる。まぁお互いの同意の上でのワンナイトラブならば止めることはしない。ただどちらか一方に”なんらかの感情を持っているのであれば”その後に残るのは虚しさだけだ。


 高校生の時に知り合った、実際に会ったこともない恋い焦がれていた彼に初めて会ったのは、ある程度自分の自由にできるお金が捻出することができるようになってしばらくしてのことだった。その人は東京にいて、東京に遊びに行くという名目で彼に連絡を取ってあっていろんな所へ行った。その間に私の住んでいる田舎町に遊びに来てくれることはなくて、私ばかりが彼に会いに行ってばかりだった。「私たちの関係ってなに?」と聞いたらもうこうやって会えないような気がしていつもその言葉を飲み込んだ。そんな織姫と彦星のような関係がダラダラと続いている中で、私も何人かの男性と関係を持った。彼らとの関係はちゃんとした彼氏、彼女関係であったし、その時間は幸せなものだった。その幸せは長続きすることはなく途切れ途切れでその合間に彼に会いにいっていた私もバカな女だったわけだ。

 彼と会うのは最後にしようとそう決めて誘ったXday。ホテルの予約をわざとし忘れて彼と一緒に泊まった。「一緒に泊まる?」なんて誘い文句をいったのはこれっきり。今思い出してもよくそんな言葉を大都会の中で言えたことを自分で褒めてあげたいと思う。いやむしろ、都会だからこそ言えたのかもしれない。雑踏の中、誰もが駆け足で他人など気にしない世界の中でいい歳した女と男が一緒のホテル。部屋にはダブルベットが一つ。お酒も入っていて、ほろ酔い気味でそういう雰囲気にならないわけがなかった。分かっていて誘う女と誘いに乗る男の成れの果てなど、始まる前から理解できるほど大人になっていた自分にその成長を喜ぶべきなのか、分かっていながらも最後だからと言い聞かせてひとときの快楽を求めることしかできない哀れな女を悲しむべきだったのか。今でも正しい答えは見つからない。

  彼女がいると言っていた彼に、私は「彼女はいいの?」と例文通りの言葉を投げかけて、彼は例文通りに「彼女とはうまくいってないから」とベッドにそのまま押し倒し、逃げられないようになのか両手を恋人つなぎのように握りしめられる。「いい?」の言葉とともに近づいて来る顔に私は目を閉じた。付き合ってない男の言ういい?は「君と付き合う気は無いけどしてもいいか?」の問いを短くしたものだ。わかっているのに身体は言うことを聞かなくて、今から行われる行為の快楽に溺れてしまおうと頭の片隅に残った本能すら消し去った。


 ーあぁ。これで本当に最後だなと思いながらそのキスを受け止めた。”セックスする=付き合う”にならないことを理解する大人だからこそ空気に飲まれてはいけなかったのに、最後だからともう会わないと決めて来ているからこそ受け止めてしまったのかもしれない。もし私が彼と同じ東京にいたのならば、この関係性はもっと早くに歪な関係になってしまっていたのかもしれないと思うと、良かったのかもしれない。一度きりのワンナイトラブ。他の人と比べて時間がかかりすぎていてこれをワンナイトと呼んでもいいのか些か不明ではあるが、それ以降彼に会いにいったことはない。

 帰りの新幹線の中で、もう会えない。もう会わないと決めて、ラインで最後のメッセージを送ろうとした時に、彼から先にメッセージが来ているのが画面に表示された。”気をつけて帰ってね”そのたった一言だけのメッセージに私の目から涙がこぼれ落ちた。今まで、彼から先にメッセージなど来たことがなかったのに、最後と決めたこの日に限ってなんで送って来るのかな、悪いと思ってるの?したこと後悔してる?色んな思いが溢れて来て涙は止まりそうにない。返事は簡潔に、”ありがとう”と一言だけ。すぐについた既読をみてからアプリを終了させて。地元に帰るまでの時間ただひたすら静かに目元にハンカチをあてた。人間って本当に悲しい時、声を出さずに静かに泣ける生き物のようだ。彼との恋愛は疑似恋愛のようなもので、私の本気も本気じゃなかったんだと思う。

 

 叶わなかった恋ほど、人間はその恋を美化する。今彼はどうしているだろうか?幸せだろうかと。思い出すことはあっても、思い出のまま。今手にしている幸せほど、幸せなものはないとそう思うのだ。誰も皆同様に出会いと別れを経験している。その全てを土台にして私たちは未来に向かって歩いている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ワンナイトラブになるまで 如月逕和 @saya0401

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ