#14
───やっぱり。にーちゃんならやると思ったよ。
あからさまに兄はオレのことを挑発してくる。
それに負けじと食らいつくように弾いていく。
今度はそれに対抗するように、兄がまたテンポを上げる。
兄の表情や仕草からは、まだまだ余裕があることが窺えた。挑発するためにわざと余裕があることをアピールしているのだ。
───兄のくせに大人気ないヤツめ。やっぱガキだな。
「やーい、バーカ」だとか、「悔しかったら俺と同じテンポで弾いてみな」といった聞こえるはずのない兄の煽り文句がはっきりと聞こえてくるかのようだ。
───きっと「挑発に乗ったお前が悪い」とか言うんだろうな。
───そんなのただの理不尽だろ。
───「兄様のことを敬え」、「兄様に対して気遣いはないのか」とかすぐ抜かすくせに。
───そういうセリフは尊敬されるような行動を取ってから言えっての。
一心に手を動かしながら、こんなことばかり考えていた。
散々遊んでるくせに、ちゃんと曲調を踏まえて少し落ち着いた雰囲気で弾いてるのが無性に腹が立つ。
そして、とうとう曲の終盤まで来た。
ここでまた、最初の曲調に戻る。
ここでは揃って一小節休みになり、その後四小節だけオレの独奏になる部分があるのだ。
これ以上仕返しに絶好の場面はない。
ここぞとばかりに、速いテンポで弾き始める。が、兄にはそのことがお見通しだったのか、何食わぬ顔で合わせてくる。
そのまま特に気にせず弾いていたのだが、しばらくして異変に気付いた。どうも兄の主旋律が楽譜と違うのだ。
───即興で少し音を増やしているのか。
これもオレを混乱させるための罠なのだろう。
流されてリズムを狂わせないよう、自分の中で三拍子のリズムを思い描く。
どんどん兄のテンポが速くなっていく。
兄の音を聞きながらも、狂いなく三拍子のリズムを弾いていく。
───とことん自由に弾きやがって。
でもまぁ、これが凌介という人間だ。
それにしても、流れるように弾いているのに、一音一音の輪郭がはっきりとしている。
一秒に三音とか弾いているのに、音がぼやけないとか頭おかしいだろ。
───やっぱコイツには永遠に敵わないわ。
そんなことを考えているうちに、五分ばかりのワルツが終わった。
駿佑が最後の一音を弾き終え、部屋の中が静まり返る。
その余韻を消える前にぶち壊したのは、悠佑の大きな笑い声だった。
「お前さぁ、そんなムキになって弾くなよ。スゲー眉間にシワ寄ってて笑うの我慢すんの大変だった」
「はぁぁぁ? にーちゃんがバカみたいにケンカふっかけてきたんでしょ」
「兄様に向かってバカとは何だよ。あんな挑発に乗るなんて、お前相変わらず脳筋野郎だな」
───やっぱり、言うと思ったよ。
「根暗陰キャのもやし野郎には言われたくありませーん」
「あん?」
「いや事実言っただけだし」
怒り顔だった悠佑が、不意に吹き出す。ぷくっとした目尻が垂れる。
「何かすっっっげぇ聞いたことのあるやり取りだな」
「こんなケンカ毎日してたもんね」
「もう一回弾くか?」
「何回でも受けて立つよ?」
「バーカ」
駿佑は、もう一度ヴァイオリンを手に取った。
ショパンのワルツを、もう一度弾くことにしよう。
また兄が下らないちょっかいをかけてくる気しかしないが、それも悪くないだろう。それがきっと、あのバカなりの気遣いなのだろう。そう思えると、ちょっと兄が可愛らしくも思えてくる。この演奏が終わったら、あのバカ兄と久々にもう少し語り合ってみるのも悪くないかもしれない。先のことは分からないが、兄の顔を見ていると何とかなりそうな気もしてくる。
そんなことを考えながら、駿佑はヴァイオリンを構え、兄の方を見た。
兄がこくりと頷く。二人の視線が絡み合う。
せーの、で深く息を吸い、兄弟は息継ぎのように大きく顔を上げた。
Fine
『ショパンのワルツをもう一度』 駿介 @syun-kazama
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