恋の終わりとでも言いましょうか。

マルヤ六世

恋の終わりとでも言いましょうか。

 夏休みも終わろうという頃、たまたま駅前の商店街ですれ違ったのだ。

 茶色い髪を肩まで伸ばし、短いスカートを履いた彼女と。至近距離で見下ろす形になって、彼女の髪が頭頂部だけ黒いことを初めて知った。てっきり僕は、彼女の茶っぽい頭髪は地毛なのだとばかり思っていた。三年近い月日は僕と彼女の間で、そんなことも知らせてくれなかった。なにせ僕は、いつもなら足を投げ出して座る彼女が内またで歩くところだって初めて見たのだ。

 いつだって僕の視界は眼鏡越しで、そこは一時だって変わったことなどないのに、それなのに教室とはまるで違う彼女がそこに立っていた。クラスメイトと喋りながら米粒を飛ばして、勢いよく弁当をかきこむ女はそこにはいない。もう、まるで別人になってしまったかのように僕を遠ざけた。

 気さくで、誰にでも話しかけて、入学式の日に僕の背中を強く叩いた声のでかい女は死んでしまって、そうして、あんな小さな口から舌を覗かせてアイスを少しづつ舐める女が生まれてしまった。

 あの子はどこへ行ってしまったんだろう。誰かに殺されてしまったんだろうか。だとしたら、その犯人はとてつもない重罪だ。同時に隣の地味な男が目に入って、僕は思わず声を上げてしまった。


「嘘だろ」


 この距離では届くはずもないが慌てて僕は口を塞いだ。もっと、醜い戯言が次から次へと転がり出て来そうだったからだ。

 嘘だろ。髪は金髪がいいって。ピアスはたくさん付いているのがいいって。丸眼鏡で、モノトーンの似合う男が好みだって、よく女子同士で話していたじゃないか。


 次の瞬間、唐突に彼女は拳をぎゅっと握って男の顔を殴り抜いた。

 どんな話があったかは知らない。けれど、あの冴えない男に彼女が傷つけられたのだということはよくわかった。言葉にならない叫び声をあげて男を罵倒する彼女を見て、僕は溜息が出た。

 ああ、良かった。僕の彼女が一命をとりとめたのだ。ようやくほっとした気持ちになれた。彼女が馬乗りになって黒髪の男を殴り続けるのを、僕は笑いを堪えながら見つめていた。心配することはなかった。人間は一カ月でそうそう変わらない。彼女は僕が好きになったそのままだ。


 少し心境に変化があったと言えば、僕が三年近くしてきた恋が終わろうとしているということだ。

 この気持ちは、愛とでも呼ぼう。ただ、彼女の名前がそうであったから。


 僕は優しい言葉をかけるべく、泣きながら走り去る彼女の背をスキップで追いかけた。

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恋の終わりとでも言いましょうか。 マルヤ六世 @maruyarokusei

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