傷口には触れないで

まぐろんばすぴす

傷口には触れないで

 傷口には触れないで。

 ようやく瘡蓋が覆ってくれたの。まだ疼くけれど、冷たい風がしみることが無くなったのだから。 

 その口では触れないで。

 嘯くだけの口が発するものが、決して癒やしになどならないから。

 宵口から触れないで。

 まだ生命に囲まれた日中の匂いが残っているから。とても、痛い。 

 

 貴方は知らないの。この傷の生まれた意味を。

 私は知らないの。そのキスで生まれるものを。

  

 入口など開かないで。

 ここは私だけの場所。他の誰にも入ることなど許さないし許せない場所。

 甘口なら騙らないで。

 刺激が無いものなんて、退屈でしかないの。

 

 陰口なぞ語らないで。

 集まって傷を舐めあって、集まって傷をつけあうなんて愚の骨頂。


 めんどくさいでしょ?

 離れたいでしょ?

 その軽率な口で勝手にわかったフリをしないでいいの。

 その背中に爪を食い込ませたことが、私の失態。

 でも、私もその傷口には触れない。

 触れてしまえば、そのことで傷を負う人が出てくるから。

 

 好きって気持ちが隙を生んだ。

 キスって行為が傷を生んだ。

 月が照らすだけの車内での時間が運の尽き。

 

 貴方は、最初もそう。傷口から入ってきた。

 抵抗力が落ちていた私は、どんどん貴方という名の菌に侵食されてしまった。

 膿のように漏れ出た本音を、誰もいない海で洗い流したこともある。


 どうして、触れさせてしまったのだろう。

 どうして、出会ってしまったのだろう。

 どうして、傷が出来る前に出会えなかったのだろう。

  

 どうして、貴方は既に大切な人を抱えていたのだろう。


 小さい頃はよく転ぶ子で、かすり傷はたくさん作ってきた。

 中学生のときには、憧れの先輩にフラレて心に傷が出来た。

 高校生のときには、親と大喧嘩して身も心も傷を負った。


 居場所を無くした私は、夜の繁華街を歩き回った。仲間も出来て、それは瘡蓋のように心の傷を隠してくれた。

 でも、ちょっとしたきっかけで仲間達と別れることになり、新たな傷となった。

 そして、貴方が新しい瘡蓋となり、新しい傷を付けていた。


 私は、傷と共に歩んでいくしかないんだ。 

 はしゃいで出来たかすり傷、先輩にフラレて出来た傷、親と揉めて出来た傷、友と別れて出来た傷、貴方が付けた傷。


 私は、好きの代償に傷を負う。

 

 部屋で一人傷口を擦ってる間、貴方は暖かい家庭で安らかな時間を過ごす。

 そして、私の部屋に来て勝手に私に傷をつける。

 だから、私は貴方の背中に爪を食い込ませた。傷をつけたかった。

 

 その結果、私は見知らぬ女に頬を打たれ、バッグで殴られ、頭部に傷を負う。


 やはり何しても傷を負うように出来てるんだね。もう、私そのものが傷なんじゃないかな?

 私が生きるために必要なのは水じゃない、私が進むべき道を探すのは地図じゃない、傷だ。


 だったらもういいじゃないか。 

 もう、私に残されたものなんてこれだけだから。 

 貴方に私を刻みつけてあげる。

 

 傷口には触れないで。

 それは……私。

 その口では触れないで。

 嘯くその口が……私をより私にするから。


 私は手にとった包丁を、あてがう。

 

 ずっと一緒に過ごしてきた傷は私そのものだから。今更、増やすことに躊躇いはない。

 だから、さようなら

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傷口には触れないで まぐろんばすぴす @masa-syousetsu

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