3.前の席の女子が、俺と話した女子をビビらせまくった

「お、盛武もぶ。大活躍だったな」

「ありがと」


 優彩凪ゆいながお手洗いを済ませるまで暇なので、謙斗けんと盛武もぶと話すことにした。


盛武もぶがバスケに熱心なのは知ってるけど、来週の水やり当番サボるなよ?」


 盛武もぶ謙斗けんとより背が高いから、少し見上げるような感じになる。


優彩凪ゆいなさんは俺より背が低いから、女子と話すといっても盛武もぶ優彩凪ゆいなさんじゃあ大違いだな……)


 謙斗けんとの注意もなんのその、盛武もぶは悪びれるようすもなくヘラヘラしているのも、謙斗けんとの言葉でコロコロと表情を変える優彩凪ゆいなとは、全く異なる態度だ。


「わかってるって」

「前もそう言って、バスケを言い訳に水やり一週間のうち1回しか来なかったじゃねえか盛武もぶ


 そもそも、学級委員長とサボり魔だ。

 女子という属性こそ一緒だが、それ以外が違いすぎる。


「えー、呼び捨てし合う仲じゃんかー。謙斗けんとなんて私、下の名前で呼んでるさ?」


 だから、盛武もぶに彼女面みたいなウザがらみをされても、謙斗けんとにはただひたすらにうっとうしいだけなので。


「俺の名前の下呼びが定着したのは、クラスにも3組の緑化委員にも俺と同じ名字みょうじの人がいるからだし、盛武もぶがサボりまくるからさん付けするのがバカバカしいだけなんだよ!」

「ところで、どうして謙斗けんとは練習試合見にきたの?」


 謙斗けんとの反撃に、形勢不利と判断したのか、あからさまに話題を逸らす盛武もぶ


「どうしてって──」


(謎すぎるんだよなー、どこから説明したものか)


 優彩凪ゆいなさんに誘われたから来た、というのが直接の理由だけれども。

 それだけを盛武もぶに言ったなら、根掘り葉掘り聞かれた挙句あげくに、優彩凪ゆいなに弁当をもらったことを白状させられた上で、優彩凪ゆいな謙斗けんとの関係について、あることないこと尾ひれがついた噂が盛武もぶによって女子バスケ部に流れること、間違いない。


盛武もぶに白状しても社会的な死、試合中には優彩凪ゆいなさんのふにふにで色々とマズくて……今日の俺って女難じょなんそうでも出てるのか?)


 謙斗けんとが口ごもっていると。


「あ、赤くなってるー! もしかしてバスケ部に気になる女の子でもいるの〜?」


 にししっ、と面白そうに笑う盛武もぶ

 この笑い方は盛武もぶが調子に乗っている証拠だ。


(やべえ優彩凪ゆいなさんのふにふにのことを考えてたのが顔に出てた!)


 謙斗けんとは、さらに自分の顔が熱くなるのを感じた。


「気に……っておい! なんで全部恋愛にするんだよ!!!」


 謙斗けんと盛武もぶの、何もかも恋愛に関連付けるところが苦手だ。

 特に今回は、謙斗けんと自身恋愛っぽい事を考えていた自覚があるから、盛武もぶのからかいを全否定できないのが弱い。


優彩凪ゆいなさんのふにふにの事を考えていたのがバレたら、死ぬ。女子からの何あいつキモーい! っていう絶対零度の視線で俺凍死する!)


 どうやって盛武もぶをやり過ごすか、謙斗けんとが考えはじめた時。


 ちりりん。


 鈴の音とともに、優彩凪ゆいなが女子トイレから出てきた。


謙斗けんと君?」


 謙斗けんとの気のせいかもしれないが、ぞわっとする雰囲気をまとって。


「……優彩凪ゆいなさん」

謙斗けんと君はどうして盛武もぶさんと一緒に?」

「それは普通に会ったからしゃべってただけなんだが」

「本当に?」


 優彩凪ゆいなの声は、録音のように平坦へいたんで。

 口角こそ上がっているものの、社交辞令しゃこうじれい用の貼り付けた笑顔なのが謙斗けんとにもわかる。


(怖っ。なんだか問い詰められてるんですけど!)


 謙斗けんとが、どう優彩凪ゆいなに対応したものか悩んでいると。


「そうそう、それなんだけどさ!」


 盛武もぶが割り込んできた。


「付き合いが悪い謙斗けんとが突然、練習試合の応援に来るなんて怪しいと思って! もしかして謙斗けんと、バスケ部に気になる女の子いるんじゃない? 怪しいよね、優彩凪ゆいな!」


 盛武もぶの裏のない、わくわくした表情とは対照的に。

 ほの暗く、含みがありそうな笑顔を優彩凪ゆいなは浮かべる。


「そうなの? とっても気になる!」


優彩凪ゆいなさん?! 試合中はあんなに……ふにふにごと俺に引っ付いてきたのに、なんで俺がバスケ部の女子のことを好きっていう架空の恋バナに乗るの?!)


 謙斗けんとがよく見ると、優彩凪ゆいなの目は笑っていない。


(架空の恋バナで優彩凪ゆいなさんが謎にキレそうな予感がする! この話もうやめて!)


「おい! 俺は優彩凪ゆいなさんに誘われて来ただけなんだって!」


 これ以上架空の恋バナに巻き込まないでくれ。謙斗けんとは釘を刺そうとしたが、かえって盛武もぶのニヤニヤ笑いが深まっただけだった。


「本当〜?」

「本当だよ!」


 全く、盛武もぶはなんでも恋愛に結びつけるから困る。謙斗けんとがため息をついていると。


 ちりりん。


「あ、トイレに忘れ物しちゃったかも。それと、盛武もぶさんと女子だけの話し合いをしたいから、探すの手伝ってくれる?」


 黒さを感じる、確実に何かを考えている笑いを浮かべながら。

 優彩凪ゆいな盛武もぶを女子トイレへと誘っていた。


「いいよ〜」

「長くなるかもしれないから、謙斗けんと君は先に帰ってね。本当は、謙斗けんと君と一緒に帰りたかったんだけど」


 女子トイレに男子の謙斗けんとは入れない。


(色々引っかかるけど……帰ろ)


「おう。忘れ物、見つかるといいな」


 それに、下手に待って謎にキレた優彩凪ゆいなと、出くわしたくはなかったので。

 謙斗けんとは二人に手を振って、家路につく。


 ◆


 次の月曜日の朝。


(あ、今日はバスケ部の朝練の日か)


 教室に向かう廊下の途中、謙斗けんとは体育館へ向かう盛武もぶを見つけた。


「おはよう、盛武もぶ


 ちょうどすれ違ったから、いつも通りに謙斗けんとがあいさつすると。


「お、おはよ! じゃあね!」


 謙斗けんとのあいさつを聞いた瞬間、盛武もぶは真っ青な顔になり、逃げていく。


「──えっ?」


(クラス一緒なのに、じゃあねってなんかおかしくね?)


 謙斗けんとは不思議に思いつつも、いつも通りに席につく。


「おはよう謙斗けんと君。週末は一緒にいられて楽しかったよ」


 いつも通りじゃないことも起きた。


優彩凪ゆいなさん?! 先週まではすれ違ったら俺からあいさつするくらいだったよね? なんだか弁当を作ってくれてから、距離近くないですか?!)


「よ、よかった……」


 優彩凪ゆいなに笑顔で話しかけられ、たじたじの謙斗けんとに構わず、優彩凪ゆいなは話を続ける。


謙斗けんと君と一緒だったから、普段よりずっと楽しかったよ。これからも、謙斗けんと君と一緒にお出かけしたい……だめ?」


(えっなにこれ? ソシャゲのホーム画面? それはそれとして週末といえば、優彩凪ゆいなさんと盛武もぶの忘れ物探し、どうなったんだろう?)


「いいけど……ところで優彩凪ゆいなさん、トイレで盛武もぶと何かあったのか?」


 ちりん。

 警告のように鈴が鳴る。

 女子トイレの前で見たのと同じ、黒さを感じる笑いを優彩凪ゆいなは浮かべていた。


「ちょっと話し合っただけだよ? 謙斗けんと君のこと」


(やぶ蛇の予感がするー!)


 謙斗けんとの本能が警告を発する。


「そっかー。で、忘れ物は?」

「見つかったから安心してね」

「ヨカッタネー」

「もー、なんで棒読みなの?」


 ぷくっ、とふくれる優彩凪ゆいな


(忘れ物の話を続けるのは優彩凪ゆいなさんの機嫌が急降下しそう! 他の話……そうだ、変なことやってるクラスメイトいない?!)


 話題を逸らすため、謙斗けんとが周囲を見回すと。


「ところでさ……なんか視線を感じるんだが」


 そう。

 先週までは無かった、クラス中から突き刺さる、好奇心だらけの視線。


謙斗けんと桃道ももじとバスケの試合行ったって」

「え、なに? そういう関係? 見せつけてんの?」

「俺、桃道ももじ狙ってたのに……」

桃道ももじさんって謙斗けんと君にお弁当作ってたじゃない? つまり、すでにそうなってるって事……?」

謙斗けんと君と話した盛武もぶさんが、試合の後から様子がおかしいけど……もしかして失恋したのかな?」

「確かに盛武もぶさんが一番よく話してた男子、謙斗けんと君だよね」


 聞こえてるから。教室狭いから。

 あと盛武もぶと俺がよく話してたのは、2人とも係決めじゃんけんで敗北した結果、夏休みも登校しなきゃいけないクッッソだるい係、一学期の緑化委員に放り込まれたからだから。何が悲しくてクソ暑い中朝顔の水やりなんてしなきゃいけんのか。俺たちもう高校生。小学生の観察日記じゃねぇんだよ。

 謙斗けんと噂話うわさばなしに内心突っ込んでいると。


謙斗けんと君? ちゃんと私を見てよ」

「あの、気にならないんですか周りの視線とか」

「私は、謙斗けんと君が私のことを見てくれたら、それでいいの。謙斗けんと君も、ただのクラスメイトなんかより、私の方が大事だよね?」


 じとーっと、仄暗ほのぐらい視線で。

 優彩凪ゆいなが、謙斗けんとを見ていた。

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