2.前の席の女子とバスケの練習試合を見にいくことになった

 帰宅後。

 謙斗けんとは一応、宿題を広げてこそいたが、頭の中は優彩凪ゆいなの言葉でいっぱいだった。


 ──謙斗けんと君、私ね、ずーっとこんな関わり方、いじわるかな? って考えて、悩んで、でもやるって決めたの。


優彩凪ゆいなさんが悩んだ内容……やべえ、さっぱりわからねぇ)


 優彩凪ゆいなの問いかけよりも、宿題の応用問題の方が謙斗けんとには簡単に思える。

 ただ、謙斗けんとにも分かることがあった。


 ──謙斗けんと君も、私がやった分だけ、考えて、悩んで、頭の中全部私でいっぱいにしてね。


くやしいけど、優彩凪ゆいなさんが言った通り、優彩凪ゆいなさんのことしか考えられなくなってんだよな……)


 優彩凪ゆいなの謎めいた返答の答えは出ないまま、土曜日がやってきた。

 練習試合の会場は、うちの高校だ。

 そんなわけで、謙斗けんと優彩凪ゆいなから指定された集合場所──といっても学校の正門に、優彩凪ゆいなに指定された通りの時間に行ったのだが。


「おっそーい!」


 優彩凪ゆいなはとっくの昔に正門前にいたようで、ちりんちりんと鈴を鳴らしながら謙斗けんとに抗議してきた。


「時間通りに来たのに!」


 謙斗けんとは事実を言ったが、それは優彩凪ゆいなをさらにむくれさせただけだった。


「もー! こういうのは、30分前には着いて、ちょっと遅れちゃった女の子に対して『俺も今来たところ!』って言うのが当たり前なの!」


 いや知らん。

 優彩凪ゆいなから価値観を押し付けられ、謙斗けんとは引いた。

 でも目の前でぷんすか怒っている姿さえ、かわいらしいのが優彩凪ゆいなだ。

 だから、2人の様子を見た周囲の人間が、どちらに味方するかというと。


「えっ、なんでここで喧嘩してるの……?」

「あれ、優彩凪ゆいなさんじゃない?」

優彩凪ゆいなさんなら、1組の学級委員長だから理不尽な怒り方はしないと思うんだけど……」


 という、女子同士の謎の連帯感から。


優彩凪ゆいなさん、怒ってる姿もそそる……付き合いてぇ……」

「その気持ちはわかるけどお前長身ショートこそ至高って言って、理想通りの彼女いるのに、優彩凪ゆいなさんに浮気か? 女子バスケ部の応援がてらチクるぞ? お前の彼女に」

「やめてください俺は彼女一筋です」

「それはそれとして、お前らや謙斗けんとと違って俺は女子との接点が消滅してるから優彩凪ゆいなさんにののしられている謙斗けんとがうらやましい」


 高校生のくせに母親が見そうなドラマみたいな会話を始める男子とか。というか最後。なんか変なこと言ってるのがいたぞ。


(なんで? 俺正論言っただけなのに怒られて、周りからの目線がめっちゃ痛いんですけど?!)


 謙斗けんとの背中に冷や汗がにじむ。

 練習試合の時間が近づいてきたから、バスケ部員や、応援に来た生徒が増えてきて、周囲から謙斗けんとへ注がれる視線は、さらに鋭さを増してきていて。


「すんませんね! 女子と出かけるの初めてなもんで当たり前を知らねえで!」


(おれわるくない! でも謝るしかない!)


 謙斗けんとは勢いよく優彩凪ゆいなに頭を下げた。


「そっか……えへへ」


 優彩凪ゆいなは突然ニコニコしはじめた。鼻歌を歌い出しそうなくらいの上機嫌だ。


「私が、謙斗けんと君と初めて一緒に出かける女子……謙斗けんと君のハジメテ、もらっちゃった……」


 背後に花が咲き誇る幻覚が見えてきそうなほど、優彩凪ゆいなはデレデレした表情になっている。


(理不尽にキレたと思ったら突然デレるのって何?!?! 女子、意味わかんねぇ……)


 それでも。

 悔しいことに謙斗けんとは、優彩凪ゆいなが自分に笑顔を向けてくれたことで、ほんの少し──いやかなり──くらっとするくらいの衝撃を受ける程度には、鼓動が速くなってしまったのである。


 ◆


 体育館に入る前に謙斗けんと優彩凪ゆいなが軽く揉めた以外にトラブルは起きなかったので。

 定刻通りに、女子バスケ部と、近くの女子校との練習試合が始まった。


(バスケはシュートで点数が入るのと、ボール持って3歩歩いたらダメくらいしか知らねえけど、分からないなりに見てて面白いな)


 なんだかぽんぽん点数が増えていくし。2階の観覧席から見る試合は、謙斗けんとが思っていたよりも楽しめそうだった。

 コートを縦横無尽に走る選手たちの中に、謙斗けんとはクラスメイトを見つけた。


(あ、あそこにいるの、盛武もぶだ。あいつ、選手に入ってたんだ)


 同じ緑化委員という腐れ縁で、遠目にもわかるくらい顔を覚えていたようだ。

 ちょうどボールが盛武もぶに渡る。

 盛武もぶはドリブルで相手をかわしながらゴールに迫り、び上がってレイアップシュートを決めた。


「やったー!」


 はしゃぐ優彩凪ゆいな


優彩凪ゆいなさんって、弁当を作ってくれるまでは美人の学級委員長って印象で、ちょっとキツかったから、優彩凪ゆいなさんが普通にはしゃいでる姿を見られるのは、ラッキーだと思うんだが──)


「女子校にちょっと追いついたー! わーい!」


 ぎゅっ。

 優彩凪ゆいなは、謙斗けんとの高校が得点するたびに──謙斗けんとを抱きしめる。

 あの、なんていうか、密着してて、なんだか、胸のあたりの……ふにふにした物が!


優彩凪ゆいなさん、当たって……ます、よ?」

謙斗けんと君、何が?」


 謙斗けんとの精一杯の指摘に対し、小悪魔に首を傾げる優彩凪ゆいな


「あの……なんと言いますか……俺から言うとセクハラになりますので……察していただけると……」

「わかんないなぁ」


 などと、謙斗けんと優彩凪ゆいなに振り回されているので。


「見せつけてくれやがって……」

優彩凪ゆいなさんに罵倒ばとうされながら抱きしめられたい……」

「そんな事より俺の彼女の活躍見た?」


 周囲の視線がまたグサグサ謙斗けんとに刺さる。というか確実にドMがこっち見てる。

 と、謙斗けんとが試合から目を離していたら。


「あっ! 2年の先輩がスリーポイントシュート成功! やったー!」


 勢いよく優彩凪ゆいなが抱きついてきた。

 つまり、優彩凪ゆいなのふにふにが、謙斗けんとに勢いよく密着するわけで。

 結果、謙斗けんとの煩悩が全力で点火しそうなわけで。


(待って待って待って、こんなの身がもたない! これ以上抱きつかれたら前屈まえかがみで歩くしかない! 煩悩爆発がバレたら絶対怒られる! というか……あのふにふには男子高生には悪すぎるから、俺悪くなくない? 煩悩をあお優彩凪ゆいなさんのふにふにが悪くない?)


「スリーポイントシュートだよ! これで同点! 頑張れー!」


 優彩凪ゆいなは相当、スリーポイントシュートが嬉しいのか──謙斗けんとから離れず、身体をこすりつけてくる。

 すりすり。ふにふに。

 謙斗けんとの自制心は、限界を迎えていた。


(やめて! もうやめて! 社会的に死んじゃう!)


「あの、優彩凪ゆいなさん、女子が男子に抱きつくのって、色々と……周りから誤解される行動なので……」

「ごめんね。私、抱きつきぐせがあって……謙斗けんと君、嫌だった?」


 優彩凪ゆいな謙斗けんとに抱きついたまま、謙斗けんとの耳元で甘くささやく。


 ──ドクン。

 謙斗けんとの中で、熱と鼓動がうるさくなる。

 

(嫌っていうか……男子高生がこんなシチュエーションを嫌いなわけがないだろ!!!)


 謙斗けんとが答えられないでいると。


「嫌じゃないなら、抱きついてもいい?」

「お、おう……」


 優彩凪ゆいなは、謙斗けんとを抱きしめる力を強めるのだった。

 そんな二人に対して。


「チッ……人前でいちゃついてんじゃねぇよ! バカップル!」


 聞こえよがしの舌打ちが、観戦中の男子から浴びせられる。


(バカップルどころか付き合ってない……ほんと何でこうなったの?!)


 得点のたびに、優彩凪ゆいなに抱きしめられれば抱きしめられるほど、謙斗けんとの中で煩悩と同じくらいに、疑問が湧き上がる。


優彩凪ゆいなさんは、俺のことが好きなの? でもそれなら普通に告白してくれそうなんだが……告白してくれない俺をからかって遊んでるだけなの?)


 もう謙斗けんとには、バスケの試合を見る余裕は無くなっていて。


(わかんねぇ……本当に優彩凪ゆいなさんが何を考えているのかわかんねぇ……)


 謙斗けんとは悩み続け。

 試合終了を告げる、選手たちのありがとうございました! というあいさつで、やっと謙斗けんとは現実に引き戻された。


「やったね! 勝ったよ!」

「ソウダネ」


 試合結果は、一点差で謙斗けんとの高校の勝ちだった。




謙斗けんと君、途中からぼんやりしていたけど、体調、大丈夫?」

「……大丈夫」


 2階から1階へ降りる途中、謙斗けんとは力なく優彩凪ゆいなにうなずく。


(大丈夫なわけがないんだよ……! 優彩凪ゆいなさんのふにふにとささやきで、煩悩爆発しそうで身体に悪すぎたんだよ……! 付き合ってないのになんでこうなったのか謎すぎるし……!)


 優彩凪ゆいなのふにふによりも優彩凪ゆいなの行動に対する疑問の方が勝ち、幸いにも謙斗けんとは社会的に死なずに済んだ。


「──よかった」


 ふにゃりと優彩凪ゆいなは笑う。


(その心から俺を心配してるって感じの無防備な笑顔は反則! 試合中の全部許した!)


「私、ちょっとお手洗いに行ってきますね」

「いてら!」


 ちょうど階段を降りてすぐ横が女子トイレだ。


(改めて優彩凪ゆいなさんに、どうして抱きついてきたのか、そもそもなんでお弁当を作ってくれたのかを聞かないとな……)


 謙斗けんとは、優彩凪ゆいなを待つことにした。

 女子トイレの前で謙斗けんとがぼんやりしていると。


「あれ? 謙斗けんと、珍しいね?」


 優彩凪ゆいなと入れ替わりに、盛武もぶが女子トイレから出てきた。

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