異世界レシピ ~触手を食す~

栖東 蓮治

異世界レシピ ~触手を食す~

 

 

「きゃあああああああああ!」

 空中で、ちらりと見えるヘソが叫んだ。

「ちょっと勇者! 見てないで早く倒しなさいよぉ!」

 空中で、ぽろりと溢れそうなおっぱいが叫んでいる。

「勇者ぁ! アンタいい加減にしないと、二度と回復してやんないわよっ!」

 空中で、モロ出しになったパンツが怒鳴った。

 

「うーん、もうちょい……あとちょっと……あとちょっとでモザイクの向こう側が…………」

 勇者と呼ばれた男は大剣を構えてはいるが、ニヤついた笑みを浮かべて頭上を見上げたまま動かない。

 触手によって宙吊りにされた3人の少女達の衣類が、触手の分泌する体液によって溶かされていく様子を鑑賞しているその姿は、ただの痴漢でしかなかった。

 

「いやああああっ! ぬるぬるで気持ち悪いいいいいいっ!」

「触手程度なら勇者一人で余裕なのに、わざわざパーティ組んで行くなんて言うからおかしいと思ったのよ!」

「あと3秒で助け出さないと、毒魔法の刑よ! ハイ、いちっ! にぃっ!」

 あと少しでパンツがただの紐になりそう、という所で触手が白魔道士の手を離れてしまった。

 瞬時に空中に描かれる魔法陣。

 迷いが無い。

 本気で白魔道士は勇者の息の根を止める気だった。

 

「アヒーッ! 毒はやめて! あの内臓が腐っていく感じ、マジでトラウマなんだよ!」

 勇者はそう叫びながら、少女達の体を拘束している触手数十本を一瞬で切り刻んだ。

 

 

◆ 

 

 

 戦闘服エプロンに身を包み、武器キッチンウェアを片手に調理場に並んだ勇者達。

 その表情はまるで魔王との最終決戦を迎えた時のものに似ていた。

 

「うーん……。いざ実物を目の前にすると、やっぱり躊躇ちゅうちょしちまうな……」

 勇者達の前には、10センチほどの長さに切り落として持ち帰った触手が数本づつ入ったステンレスボウルが並んでいる。

 今もまだ生きているのだろう。時々ピクピクと、ボウルの中で小さく痙攣していた。

「鑑定スキルで見ると毒は無いんだけど、ね……」

「見た目が食べ物じゃないのよね……………………」

 

 魔王を倒し世界に平和が訪れてからの勇者達は、─────────料理にハマっていた。

 

 魔王城の宝物庫に保管されていた異世界の物質『スマートフォン』。

 スマートフォンの中には異世界の様々な情報が収められていたが、魔法や妖精の力を借りて暮らしている世界の住人である勇者達には電気やガス、自動車や化学薬品といった存在が実在するとは思えず、スマートフォンの精霊「平尻へいしり」が話す全ての情報を空想上のものとして楽しんでいた。

 写真に動画に漫画。ゲームにアダルトコンテンツ。膨大な量の「創作物けんさくけっか」だった。

 

 勇者達が特に興味を惹かれたのは、料理のレシピサイトだった。

 そこには見たことも聞いたこともない料理の画像が山の様に掲載されている。

 材料や調味料は当然この世界には存在しないものだ。そもそも名前が違うので、同じものだとしても気付けなかっただけなのだが、牛肉はドラゴンの腿肉に見た目が似ていたし、ルッコラはポポリフォカの葉に似ていた。ニンニクはクミの根に似ていた。大豆はシュールの実に。小麦はタマラ草に。葡萄はエヤンの樹になる果実に。

 かなりの数の食材が、似ていた。レシピサイトの料理画像と見た目が似ている魚肉、草花に樹液、果実をかき集め、そこに書かれている方法で調理してみた。

 見た目が似ているというだけで全く別の食材を使ってしまう事も多く、何度も失敗を繰り返していたが、多くのレシピで使用されている塩、砂糖、醤油、酢におそらく近いであろう調味料を見つけた後は、美味の連続だった。

 勇者達は自分たちの世界の食材に書きなおしたそれらのレシピを広く世間に公開した。

 当然その中には今まで食材として認識していなかった物も多く存在し、新たな食材の発見による驚愕と感動が世界を包んだ。

 

「よしっ! 悩んでても仕方ない、やるか! 料理で人々を救えるってんならやらなきゃな、俺達一応勇者なんだしよ!」

「アンタ、出会った頃は仲間見捨てて真っ先に逃げ出してたのに……本当に成長したわね」

「前にセクハラにキレて脳に毒魔法を使ったのが良かったんじゃない?」

「きゃははっ! あったね、そういうの! もう一度脳ミソ腐らせればセクハラ癖も治るんじゃない?」

「ああ、もうっ、うるせーな。やるぞ! 平尻へいしり、ナマコ酢のレシピを出してくれ」

 

 調理前のナマコという食材の写真を見つけたのは偶然だった。

 酒豪の白魔道士が酒のつまみを調べていて見つけ、初めて見る食材の名前のナマコそのものを検索し、悲鳴を上げた。

 どう見ても触手ではないか。

 普通ならば、いくら見た目が似ているからといって、さすがにしょくしてみようなどとは思わなかっただろう。

 

 しかし魔王が倒された事により魔物達の生態系に変化が生じたのかもしれない。

 一部の地域では触手が大量発生し、農作物の収穫に向かった女性達が衣類を溶かされるという被害が相次いでいた。

 触手は生物の雌が身につけている物を溶かすという行為を繰り返すだけで、殺傷能力はほぼ無いに等しい生き物だったので退治自体は誰にでも出来たが、退治してもまた次々と岩場の隙間や木々の間から湧き出てきて粘着質な体液を撒き散らすという厄介な魔物の一種だった。

 

 もし、それが食材になるとしたらどうだろう。

 

 

 

 

「触手酢に、触手ステーキ。触手の煮物。触手の炊き込みご飯。触手コロッケ。とりあえず持ち帰った分の触手を全部使って、作れるだけ作ってみたが……」

「まずは平尻のレシピを見て作った、確実に美味しい可能性が高い触手酢からいきましょう」

「そうね」

 

 触手酢。

 触手は切り落とした物をまず縦に割り、中にある内臓類を取り除いたあと、纏わりついている体液をネルプチを使って揉み洗いして落とした。

 薄くスライスし、リーグナの根のすり下ろしを乗せ、酸味のあるヴィネリルガに、シュールの実とタマラ草を用いて作ったダイヴェソースを混ぜたものを掛けた。

「えっ。フォーク刺さらないんだけど?」

「なんか硬くない?」

「半分に切った時点で身が縮んで硬くなってはいたが……。もしかしてスライスする前に筋切りが必要だったのかな?」

「とりあえず掬って食べましょ」

 フォークの隙間をつるりと逃れそうになる触手を一切れ持ち上げる。

 勇者達は覚悟を決めて口の中に触手酢を放り込んだ。

 

「「「「いただきますっ!」」」」

 

 

…………………………コリッ……

 

コリ……コリ……

 

……コリ……

 

コリッ コリッ

 

ごくん

 

「おい……白魔道士……。これは…………」

「ええ。…………これ…………」

 勇者と白魔道士は顔を見合わせ、こくりと頷いた。

「「…………絶対、酒に合う!!」」

 

 白魔道士は二口目を口にした。

 

コリッ


コリッ コリッ グニッ コリッ コリッ


ごくん


「美味し~~~~~~い!! この硬さが逆にイイ! 触手自体に味は無いのに、ちょっと酸っぱいダイヴェソースとコリコリの食感を楽しんでいると、遠くの方から不思議な香りが来るような……。触手の臭み……なのかしら? それがまた癖になりそうな……。ねえ、勇者! お酒飲んでいい!?」

「いや、まだ別の試食があるから駄目……ってもう飲んでやがる!」

「実際にお酒との相性が良いかの確認作業よ!!!」

 白魔道士が大きな瓶から大きなグラスへと大量に液体を注ぐ様を眺めながら、3人は大きく息を吐いた。

「有名な蒸留酒の製造所がある村を滅ぼされた事にキレて魔王討伐に参加して、魔王にトドメまで刺した女だからな。酒が絡むと誰の話も聞きやしない」

「いいじゃない。とりあえず触手が食べられるって分かったんだし。他のメニューも早く試食しましょ」

 

 一口食べてしまえば、二口目からの抵抗感は無かった。

 しかし、触手のステーキは硬すぎる上に触手自体が持っている臭みの様な物が強く、とても食べられる状態ではなかった。

 触手のコロッケと触手の煮物も似たような状態だった。

「火を通すと駄目なのかしら? 使えるのは生食のみかしら……?」

「でも触手自体に味が殆ど無いなら、この食感を生かして濃い味付けでサッと煮たり炒めたり、炙れば良い感じの物が作れそうかも。細く切ってきんぴらとか」

「だな。改良すればどうにかなりそうだが、これだと炊き込みご飯は期待できな……あれ?」

 炊きあがった土鍋の蓋を開けた勇者達は首を傾げた。

 

 ふわりと鼻に届く出汁の香り。

 暖かな湯気の向こう側で、ほんのりと色付いたつやつやのボギバの実が輝いている。

 そしてその上で丸まっている沢山の、なにかの皮の様な物。

 

「この黒っぽいのって、もしかしなくても触手だよな?」

「縮んだみたいね」

「あ~っ! ほかほか出来立てボギバらぁ~! 大盛りれくださぁ~~~~い! いひひひ」

「白魔道士、出来上がってんだけど……」

 

 出来立てのボギバの粒を潰さぬ様、土鍋の中に空気を送り込む様に優しく、しかししっかりと全体が混ざる様に底から掻き混ぜる。

 底に出来た僅かな焦げの香りが、その場にいる全員の食欲をそそった。

「触手が混ざってるの忘れちゃうわね」

「ただの味付き飯みたいな状態になってるしなぁ」

「いただきま~~~~~ひゅ」

 ぱくりと、先に一口食べた白魔道士が言った。

 

「ん~~~っ! メリナご飯おいひ~~~~っ!」

 

「……メリナ?」

「何言ってんだ白魔道士……」

 ニコニコと笑顔を浮かべ、触手の炊き込みご飯を頬張る白魔道士の顔は真っ赤だ。時々フォークが茶碗の外の『無』を突き刺しては、白魔道士の口の中に運ばれていた。

「何食べてんのか分かってないだけみたいね……」

  

 メリナとは湖に生息する巨大な水生魔物だ。

 普段は湖の底に潜んでいて滅多に現れない上、戦闘能力の高い冒険者でないと捕獲する事が出来ず、高級食材として扱われている。

「あの厄介な魔物と、子どもでも退治できる魔物が同じ味なわけ無いだろ。ったく、この酔っ払いが」

 3人は白魔道士に呆れつつ、自分達も触手の炊き込みご飯を頬張った。

 

 

 

 

 部屋の隅で膝を抱え、背を丸めている勇者。

 その口から、54回目の重々しい溜息が出た。

「はぁーーーーーーーーーーー……………………」

「ああもう! うっとおしい! いつまで落ち込んでんのよ、勇者!」

「だってぇ……だってぇ……」

 

 触手酢。

 ゴダーズと触手のピリ辛きんぴら。

 そして、新鮮なミルピ草をふりかけた触手たっぷりの炊き込みご飯。

 勇者達が公開したレシピはかつてない速さで広まり、触手被害に苦しんでいた地域は一転、触手の産地として活気が戻った。

 

「過疎化まで始まってた村を救えたんだから良かったじゃない」

「そうよ。喜びなさいよ勇者」

「だってまさかメリナの価格が暴落するなんて思わないじゃないか!」

 炊き込みご飯にした時だけ、何故か触手は高級食材のメリナと全く同じ味と食感へと変化した為、勇者はレシピの公開を最後まで反対していたが、少女達は勇者の懇願を微塵も聞かず王に全てのレシピを教えたのだった。

 

「だいたいねぇ、魔王討伐で王からもらった報酬を既に使い切ってるのがおかしいのよ。新築でお城買ってメイド雇ったとしても、一生働かずに暮らしていける金額だったでしょ? どんな使い方をしたらメリナの密売なんかで生活費稼ぐ様な落ちぶれ方するのよ……」

 

「うう………ギャンブルと風俗……………………」

 

「「「救いようのないバカね」」」

 世界を救った勇者を救う気になる者は、その場には1人もいなかった。


【了】

 

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