第14話 ぜってーサイコパス
船員全員が食堂に留め置かれ、その場で事情聴取が始まった。
「船舶国籍証書、海員名簿、航海日誌を見せていただけますか」
海上保安庁特殊救難隊の陣場はクレイトン号の船長である小見に、船員法第十八条に定められた船内に備置すべき書類の提出を求めた。
「デッキで亡くなっていたのは司厨長の角南循三、五十四歳。航海二日目の昨夜までは生きており、今朝方、首を吊った状態で亡くなっているのが確認されたわけですね」
顔を引き攣らせた小見船長が頷く。太平洋上にあるクレイトン号は巨大な密室そのものであり、密航者の存在が確認されなければ、司厨長の自殺、もしくは船員の犯行ということになる。
「司厨長が誰かに恨まれていたようなことは……」
「あいつ! あいつ、ぜってーサイコパスっすよ! 司厨長を殺したの、ぜったいあいつです!」
汚物まみれの小柄な女性が大声で叫んでいる。
司厨長殺しの容疑のかかる水木は拘束されておらず、食堂の端の席に孤立して座らされている。北折が睨みを利かせているだけで、手錠も何もされてはいない。海難救助を主業務とする北折は拘束具など持ち合わせていない。
ただ朝食の用意をしていただけの水木を問答無用で組み伏せ、制圧するような荒っぽさに走るには、さすがに情報が不足していた。
「後ほど、刑事課の人間が詳しくお話を伺います。おい、北折」
「はい」
「シャワーを浴びさせてやれ。話はそれからだ」
「分かりました」
北折は吐瀉物の海に浸かったままの女性二人に歩み寄った。
「シャワールームまで同行します」
「風呂っ! 風呂に入らないと死んじゃう!」
サーモンピンク髪の女性を制して、黒髪の女性が進み出た。
「個室にシャワーがあります。船員用の入浴施設もあります」
「すみません。お名前は」
「私は根本陽。こっちが三厨梨央です」
「承知しました。では行きましょう」
「ええと、どこに?」
「ひとまず風呂に。死んでしまわれては困りますので」
北折がほとんど表情を変えずに言うと、三厨が脱兎のごとく駆け出した。居住区の最奥にある浴室目指して、まっしぐらだ。
「すみません。そそっかしいやつで」
「いえ」
北折が言葉少なに答える。
「爆弾が爆発するかもしれないのに、お風呂なんて入っていて平気でしょうか」
「我々、特殊救難隊は爆弾が爆発して船が沈んでからが出番なんですよ。今は刑事の真似事のようなことをしていますけど」
北折は冗談とも本気ともつかぬ表情で、ぽつりと言った。
「もしかして船が沈めばいいと仰る?」
陽が探るような視線をくれた。
「本当に爆発物が仕掛けられているなら、犯人は船が沈む前に自白するでしょう。まともな神経を持った人間であるならね」
「両目を抉ってフレンチトーストの中に入れるような人間がまともだと言えますか」
狭い廊下に陽の激した声が響いた。北折は一瞬、歩みを止めた。
「目を食べさせたんですか?」
「私は途中で気がつきましたけど、三厨は食べてしまいました」
「そうですか。目を食べさせようとしたんですか」
北折はしばし考え込み、やがて結論付けるように言った。
「それは確かに、まともではないですね」
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