第17話 姉妹メイド

 目覚めてから四日目。

 さてと、今日はローズに叱られることなく、仕事を終えたいところだな!

 そう思い、俺は意気揚々と午前中の仕事に取り掛かる。ちなみに今日も学園はお休みとのことで、朝からセレナを起こしに行ったばかりだ。

 俺は今日の朝食は抜きなので、皆んながワイワイと朝食を楽しんでいる間、俺はめそめそと玄関の掃き掃除に勤しんでいる。落ち葉が玄関前に散らばっているので、これを覚えたての魔法で片付けていこう。


「よし、先ずは右手に魔力を溜めてっと...」


 右手に集中すると、腕の中が温かくなっていくのを感じる。体中に張り巡らされている魔力回路に、魔力が通っている証拠だ。

 手のひらで無色透明な魔力が輝き始める。これで、魔法を生み出すための魔力エネルギーを放出する準備が出来た。

 広げた手を壁に立てかけてある箒に向けて、脳内でイメージする。箒が自由に落ち葉を掃いている光景を...。

 魔力を放出する準備が出来たら、後は本人のイメージ次第。自分の身の丈に合った魔法ならば、大体はイメージすれば何とか使えるようになる。想像力に長けている者は、一般的に魔法の上達が早いそうだ。


「よっと...!」


 気合を入れるように魔力を注ぎ込むと、フワッと箒が宙に浮かぶ。少しぎこちないが、昨日空き時間に練習した甲斐あって、目立ったミスなく扱えるようになっていた。

 普通は一日二日で覚えられるほど、魔法は甘くない。始めたての素人にそんなことが出来るなら、魔法学校は必要ないだろう。

 ソラが言うに、俺は身体が覚えている+想像力に長けているのだとか。もしかしたら、高難度の魔法だって扱えるかもしれないとも言っていた。

 先ずは簡単なものから魔法に慣れていって、引き出しが増えれば増える程、記憶の扉が開くのも時間の問題なのかもしれない。そう信じて、俺は魔法の勉強も少しずつやっていこうと思った。

 

「お見合いまで、後三日か...」


 礼儀作法は仕事の合間を縫って、ローズからみっちり教わっている。挨拶、食事のマナーからお辞儀の角度まで綿密に叩きこまれた。これら全て、あのだらしないセレナは完璧にこなせるのが驚きである。

 体が覚えるまでしっかり練習するつもりだ。これが無駄にならなければいいが...。

 そんなことを考えていると、森の中から高らかに響く笑い声が聞こえてきた。




「「「お~ほっほっほっ!!!お~ほっほっほ!!!」」」




 なんだ?? 

 玄関口を開け、外の森の様子を伺う。森の奥からカタカタ...と地面を移動しているような音が聞こえてきたかと思えば、物凄いスピードで大きめの馬車が玄関前に押し寄せてきた。

 

「ちょ!!」


 一瞬焦ったが、かっ飛ばして走っていた馬は俺の前で地面を抉る程の急ブレーキをかける。その際に、巻き起こった砂埃が容赦なく俺の身に降りかかってきた。


「ゴホッ!!ケホッ!!一体、何なんだ!?」


 目を擦り、咳き込んでいると、砂埃に紛れて三人の影が薄っすらと視界に入る。馬車から降りてきたのだろう。

 何が起こっているのかと埃を手で振り払っていると、その三人組から声が聞こえてきた。


「『ステラ』、『ルナ』。ここがあのにっくきセレナが住む豪邸なのかしら?」

「はい、『クレア』様。間違いありません」

「はい、クレア様。間違いありません」


 先ほど高らかに大笑いしていた女が質問すると、連れ(?)の女二人が全く同じことを口する。そして、厄介な埃が晴れてその三人組が姿を現した。


「あら、男の使用人?そんな話は聞いていないけど」


 ザ・お嬢様という雰囲気を醸し出しながら、桃色髪をした女性が俺を凝視してきた。少しばかりカールがかった派手なもみあげを耳にかき上げながら、高貴な視線を向けてくる。

 背中辺りまで伸びた髪、頭部には白いカチューシャを付けている。瞳の色はピンク色。まつ毛がこれでもかと長く、吊り目だ。化粧が濃く、香水の匂いが辺りにぷんぷんと漂っている。

 服装もまた、ザ・ドレス。白を基調とした派手目のものだ。程よい大きさの胸が半分露出されていたり、片足だけ太ももが見えるようなデザインで色っぽさを際立たせている。

 身長はセレナくらいだろうか。彼女から、高貴で高飛車な印象を受けた。


「私共も初めて見る顔です」

「まさか、男がいるなんて」


 そしてその後ろから、嬢の付き添いの使用人(?)らしき人たちが二人、手を前に組みながらゆっくりとした足取りでこちらに近づいてくる。

 この二人、顔がそっくりだな...。

 顔だけではなく、髪型も服装も体格も瓜二つの使用人。双子なのだろうか。

 髪色、瞳の色はそれぞれ橙色と薄紫色。肩にかかるほどの髪を後ろで一つに縛ってハーフアップしたような髪型だ。ぱっちりと目は開いてるものの、両者ともどこかな目線をこちらに向けてきた。

 無表情で、声質もまるでアンドロイドのような感情の籠っていないボイスが耳に届いてくる。小顔で顔立ちは整っていて可愛らしい。

 両者が唯一異なる点は、前髪に付けられたヘアピンくらいだ。橙色の子は星、薄紫色の子は月の柄のものを付けている。

 

 あれ?あの服って...。

 色々突っ込みどころのある二人だが、俺は真っ先に彼女たちの服装に着目した。二人が着ている給仕服は、なんとローズが普段着ているメイド服と相違なかったのだ。

 ローズが着ているメイド服は、彼女自身が作ったと聞いた。故に、それは唯一無二であるはずなのだが...。

 そんな風に色々気になっている俺に近づき、桃色髪の嬢が尋ねてくる。


「ごきげんよう。私はルミナ魔法学園の淑女、クレアですわ。あなたはこの豪邸の使用人ですの?」


 クレアと名乗った女性は高飛車な雰囲気を醸し出していたが、礼儀正しい口調で尋ねてくる。

 この人、自分で淑女って言うんだ...。


「はい、まあ...。ここに、何の用でしょう...」


 俺がぎこちなく答えると、彼女は又もや高らかに笑い出した。


「お~ほっほっほ!!決まっていますわ。私の因縁の相手であるにっくきセレナを冷やかしに来たんですの」

「ああ、セレナの友達ですか」

「友達?これはまたご冗談を。あんな、私の友人にするにはロースペック過ぎますわ」


 そう言って、クレアは口元に手を当ててオホホホとお淑やかそうに笑う。なぜセレナをまな板呼ばわりしているのかは分からないが、おおよそ彼女の事をディスっていることだけは分かった。


「こちらの二人は、私の従順なメイド。ステラとルナですわ」


 クレアはご丁寧に、後ろに控えている瓜二つのメイドさんを紹介してくれた。

 橙色の髪色を持ち、星のヘアピンを付けているのがステラ。薄紫色の髪色を持ち、月のヘアピンを付けているのがルナだ。一瞬だと見分けがつかない程そっくりで、名前を言われてもすぐには覚えられない気がする。

 

「ステラです」

「ルナです」


 淡々と挨拶をし、二人は深々とお辞儀をした。やはり彼女たちの声には感情が籠っていない。そう思うのは、俺だけだろうか...。


「俺は、メイです。お嬢様は今朝食をとられているので、もう少々お待ちいただければお呼びできますが...」


 恐らくこの人たちは客人に値するだろうからと、ローズに習ったばかりの敬語口調で対応する。


「オホホホ、待つ必要はないですわ。これでもセレナとは腐れ縁。アポなしで突撃しても何の問題もありませんわ」

「あ、ちょ!?簡単に入れるわけには!」


 クレアは俺を押しのけて、何の躊躇もなく邸内に入り込んでいった。いくら友人と言えど、ホイホイと家に上げるわけにはいかない。言っても聞くような人には見えないが...。


「な、なあ...いいのか?止めなくてさ」


 俺は振り返り、固まったように佇んでいるメイド二人に話しかける。俺も一応使用人だから、同じ境遇の二人にはフランクな口調でやり取りしようと思った。


「.....」

「.....」


 彼女たちは自分たちのお嬢様が身勝手なことをしているのを無言で見つめていた。この人たちはロボットか何かなのだろうか...。

 沈黙に気まずさを感じ、クレアの後を追いかけようとすると、


「クレア様なら問題ありません。ここの場所をお教えしたのは私たちですから」


 そうステラが口にする。


「え、君たちが?」

「はい。数か月前まで、私たち姉妹はここで働いていましたから」


 今度はルナが機械的な口調で話す。

 なるほど、姉妹だからそんなに似てるのか。だとしても似すぎだが...。もしかしたら双子なのかもしれない。

 まあそんなことよりも気にするべき点がある。


「やっぱり、そのメイド服ここのだよな...。どうして辞めちゃったんだ?」

「.....」

「.....」


 また黙り込む二人。

 何かを考えている様子でもなく、返答に悩んでいるわけでもない。いや、何かを考えてはいるのだろう。だが、二人の無感情さからは何も感じ取れないだけだと思う。

 こりゃ、ローズより遥かに何考えてるか分からんな...。

 そんなことを考えていると、庭園の方から声が聞こえてくる。


「メイ君。玄関の掃き掃除は終わりましたか?」


 ローズだ。俺の仕事ぶりを監視しに来たのだろう。


「お、ローズ。ちょうどいい所に来た!さっきセレナの友達?が来てさ」

「クレアさんなら、今お嬢様と口論していますが.......え!???」


 玄関から外に出たローズが、こちらに顔を向けた途端に言葉を呑みこんだ。俺を見てではない。後ろにいる、メイド姉妹のことを視界に入れた瞬間だった。

 小さな口を開けてポカンとしている様は、いつもの彼女からは想像もつかない。それ程、姉妹メイドに困惑しているのだろう。


「ええっと...ローズ?」

「あ!す、すみません...まさか、彼女たちが来ていたなんて...」


 俺が心配して声を掛けると、ローズは我に返り、ちょこちょこと後ずさりし始めた。俯いて、目線を外しながらこの場を去ろうとする。

 その時、俺は悟った。この姉妹メイドは、ローズが原因(まだ明確ではないが...)でここを去っていったメイドたちであると...。

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世界一の大犯罪者が記憶喪失になった件 恋する子犬 @koikoinu

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