第16話 謎だらけ
「こ、こ...」
ん??
真っ黒な化け物を消し飛ばしたエルルは、何故かその場で硬直していた。心なしか、魔法を放った右手が震えているように思えるが...。
そして、
「「「こ、怖かった~~~~~!!!!」」」
え...!?
化け物を倒した時の凛々しい表情とは打って変わって、エルルは情けない叫び声を上げながら、俺に勢いよく抱き着いてきた。涙目になり、うえ~んと幼子のように泣きじゃくる。
急な彼女の豹変っぷりに、再び困惑してしまう。ギャップが激しいとは正にこのことだ。
「だ、大丈夫か?急に子供になったな...」
一先ずエルルを落ち着かせようと、頭を撫でてやる。あれは確かに怖かったが、流石にエルルは俺よりも恐怖を感じてないもんだとばかり思っていた。
まあ、ありゃ子供には精神的にくるよな。いや、エルルは子供じゃないか(胸のデカさ的に)...。
「ぐすん...大丈夫じゃない。あんなの、反則だ~」
「ま、まあ...化け物はやっつけたんだしさ。案外、大したことなかったじゃん」
「うむ...。最悪死ぬ、と言ったのは少々大げさだったな」
エルルは涙を拭い、先ほどの一連の流れを簡単に説明してくれた。
「メイとの会話中に、声が聞こえたんだ」
「声?さっきの化け物のか?」
「いや、あんな怪音ではなかったな。透き通った女の子の声だった。そいつが呼んでたのさ、メイの事をね」
「え、俺のことを!?」
「奴は魔力を使って特殊な信号...言わば〝
どうやらエルルが言うには、他愛ない会話をしている最中、そこに何者かが急に介入してきて、俺たち(正確には俺)に〝
「なんでエルルには聞こえて、俺には聞こえなかったんだ?」
「それは...」
とエルルが答えようとすると同時に、首に掛けていた鈴の中から声が聞こえてくる。
『それは、
「ソラ!!良かった、声かけても出てこなかったから心配したぞ~」
『悪いな、
「そうか...。でも、一先ずお前の声が聞けて安心だよ」
一時的に俺たちの繋がりを断絶させるとは、なんと恐ろしい化け物だ...。ほんと、この場にエルルがいて助かったな。
「ほう、君がソラだね。ふむふむ、確かに
加護とは簡単に言えば、霊的な存在や神なる存在の
『
「なるほどな。そんな恩恵も獲得していたとは...。てかソラ、今エルルの事ゲーマーって言ったけど、ゲームを知ってるのか?」
『いや、ゲームってのはさっきインプットしたばかりだ。
「てことは、ソラもげえむが出来るということだな!!」
また新たなゲーム仲間が出来たと、エルルは素直に喜ぶ。ソラがゲーム好きかは分からないけど...。
「う~ん、
「それはボクにも分からない。あの化け物だったとしても、理解しがたいな」
そして、俺たちは先ほど化け物が這って出てきたクローゼットの中を覗き込んだ。一見すると、中身はただの衣服収納スペース。化け物が居たという痕跡も無く、特に変わった様子はなかった。
「まあ、これは〝
なんでクローゼットなのか...。まあ、そこは触れないでおこう。
『一時的に電気が消えたり、外への干渉が不可になったのは単なる魔法だろうが、姉ちゃんでもそれらは解除出来なかったのか?』
「う~ん、そうだね。ボクでも、あれは触れたら不味かったよ。君のように、魔法の解析に長けているならすぐ脱出できたかもしれないが...」
今思えば、あの暗黒の靄のようなものは窓だけに収まっていなかった。部屋の内壁を徐々に侵食して、完全に俺たちを閉じ込めようとしていたのだろう。
「で、あの化け物がなぜここに来たのかだけど...奴の目的はメイの〝暗殺〟だったと思うんだ」
「暗殺!?」
怖いこと言うなよ...と思ったが、実際あの化け物が放っていた殺気は尋常なものではなかった。復讐の執念を強く感じたし、どこか苦しんでいるようにも思えたのだ。その矛先が俺に向けられていたとは思わなかったが...。
『あたしもそう思うぜ。アイツから、
「あ、ああ...。あんなの、記憶を失ったとしても忘れられるようなものでもない気がするし...」
「それにボクにやられる前、奴は何か言ってたね」
「うん。たしか、〝がミじロ〟...だったかな」
「聞いたことも無いワードだね。まあ、奴の口調から言い方を変えて、〝かみしろ〟と聞こえなくも無いが...」
どっちにしろ、そんな言葉に聞き覚えなどない。奴が最後に放ったただの断末魔なのか、はたまた本当に意味のあるものなのかは不明だ。
謎は益々深まるばかりである...。
『だが一つ引っかかるのが、あたしたちの関係を一時的に断絶させたり、姉ちゃんの力じゃ及ばない魔法を用いたりする割りには、奴はあっけなく消滅したよな』
「ふむ。そこはボクも思ったよ。やはり、第三者の介入があったと考えたほうがいい。こういうことがあった以上、メイの安全を強化しなければならないだろう。ボクの結界内を自由に行き来されては溜まったもんじゃない」
暗殺か...。記憶を失う前、俺は一体何を仕出かしたのだろう。暗殺されるようなことをしてしまったというのだろうか...。
単なる逆恨みなら迷惑どころの騒ぎじゃない。下手したら皆んなにまで被害が及ぶことを考えると、早急にあの化け物を送り込んだ犯人とやらを探し出さなければならないだろう。
俺たちは今後、あの真っ黒な化け物を〝人影〟と呼ぶことにした。人の形をした、影のようなものだからだ。
しかしこの場にいる誰もが想像すらしなかっただろう。
その人影による今宵の襲撃事件は、後にとんでもない衝撃の事実と共に蒸し返されることになるのだと...。
・
・
・
「.....」
事件から数分後、俺は無言でむすっとしているローズの前で土下座していた。
「ローズ、ごめん!!!」
そりゃそうだ。いくらエルルに話があると呼ばれていたとはいえ、実に一時間半もの間、ローズに終礼を待たせていたのだから...。
ローズはリビングで優雅に紅茶を飲んで俺を待っていた。90分も...。
あまり表情豊かではない彼女でも、こればかりは機嫌を損ねているのが俺にも伝わってきた。
当然、先ほど俺たちの身に起きた出来事を話す。すると溜め息をついて、彼女は言った。
「人影か何か知りませんが、もしそれが事実であったとしても、それ以上にメイ君はおよそ1時間の間、エルルさんと遊んでいたそうじゃないですか。私を放っておいて...」
「うっ...」
返す言葉も無い。大分詳細に説明したが、人影の襲撃はあまり信じて貰えてない様子だ(ゲームの一貫だと思われている)。
「いや~、少しだけだけど自分が知ってることを思い出してつい燥いじゃってな...」
「ハァ...それは良い傾向だと思いますよ。ですが、それとこれとは別です。仮にもまだ仕事中でしたし、先輩である私を放っておくなんて、いい度胸ですね...」
ローズはジト目でこちらをキッと睨みつけてくる。最後の仕事だからと、油断していたことは認めなければならない。
「言葉もありません...。ごめんなさい...」
シュン...と謝る俺を見て、ローズは優しそうな笑みを浮かべた。
「もういいです。メイ君は、明日の朝食抜きですからね」
「嘘~~!!?ローズの上手い料理、一回休み~~~!?そんな~、俺いつもローズの作ったご飯楽しみにしてるのに...」
俺の情けない言葉にローズは呆れる。
「ほんと、メイ君は誉めるのだけは上手なんですから...。ですが、ダメなものはダメです。これはしっかりしておかないと。もう一度言いますが、これは仕事なんですから」
「わ、分かったよ...」
「これで今日のお仕事は終わりです。しっかり寝て、明日に備えてくださいね」
「うん。おやすみ」
「おやすみなさい」
といった具合で今日の仕事は幕を閉じた。俺は身体を休ませるため、自室へと戻る。
ローズの作った料理が抜きになるのは、俺にとって一番の罰になることが分かってるんだろう。ローズはほんと、人の事を良く見てる。そう、完璧すぎるくらいに...。
今度はこのような失敗が無いよう、頑張って仕事に励まなければ!!
........
.....
...
「人の形をした黒い影...ですか。それが突然、メイ君に襲い掛かってきたと。にわかには信じがたいですが、メイ君の言ってたことは
そんな独り言を呟きながら、ローズも眠りについた。
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