第15話 人影

「ねえ!君はどこで、げえむを知ったんだい?」


 エルルは目を輝かせて、俺の顔を覗き込む。ゲームを知っている俺に、かなり興味津々のようだ。

 近いな...。


「あ、いや...分からないんだ。今、ゲームって存在を思い出したからな」

「そうか。君は記憶喪失なんだったね。まあ何にせよ、げえむに理解ある人がいて嬉しいよ!」

「俺も、ほんの少し記憶が戻った感じがしたから良かったよ」

「ねえねえ、げえむ一緒にやろうよ。話しながらでも出来るやつだからさ」


 そう言って、エルルは俺にもう一つのコントローラーを差し出してくる。彼女からの話はゲームとは別件みたいだし、興味が湧いてくるのもあって付き合うことにした。

 そして俺はもう一つ気になっていた物について尋ねる。


「なあ、首に掛けてるそれ...なんだっけ」

「ん?これは、〝へっどふぉん〟っていうらしいよ。これがまた凄くてさ。自分だけが聞こえる音でげえむが出来るんだ」

「へ~」


 ヘッドフォン...これも聞き覚えがある。耳に当てて、音に集中したいときや周囲に音が聞こえないように装着するものだ。


「いつもは一人を操作して複数の敵を倒すんだけど、対人でも可能なのさ。一通り教えるから、見ててよ」


 エルルが行っているコントローラーの操作と、画面の中のキャラクターの動きが見事にリンクしている。しかも無線でだ。

 先ほど足元にあった黒い箱...ゲーム機本体とコントローラーが信号を送り合って、繋がっているらしい。魔法でもないのに、凄い技術だ。

 一通り教えてもらって、早速対戦を始める。


「へへ、誰かと一緒にげえむするなんて、いつぶりだろうな~」

「エルルは友人からゲームを教えてもらったんだっけ?」

「そうさ。まあ、もうその友人はボクの前には姿を現さないけどね」

「え、なんでさ」

「彼女なりに、色々事情があったのさ。それをボクが止める権利なんて無かっただけだ」

「.....」


 流石に引き籠ってゲームばかりしていただけあって、エルルは上手い。最初は負けっぱなしだったが、操作感にも慣れてきて(どこか体が覚えていて)、渡り合えるまでには上手くなっていった。

 やはり、俺はどこかでゲームをやったことがあるようだ。なんとなくだが、感覚に覚えがあるのだから...。


「凄いな。もうボクを追い込めるまでになるなんて。記憶を失う前、君がどうしていたのか益々気になってきたよ」

「それは俺が一番思ってるさ。なんでこれを知ってるのかってな」


 久しぶり(?)にやるゲームに夢中になり過ぎて、気づいたら一時間近くまでぶっ通しでやり続けてしまった。これはかなり中毒性のあるものである。


「それでエルル。話ってなんだ?」

「ああ、そうだったね。まあ、君という人物に興味を持ったから色々聞きたかったんだ。でも、それはもう必要ないかな」

「え...?」

「だって、君はこのげえむという存在を知っていた。君を受け入れるには、それだけで十分さ!」


 エルルは幸せそうに笑い、大の字に寝転んだ。

 もしかしたら、エルルはずっと探していたのかもしれない。ゲームを知っている奴を...。

 受け入れてくれたことにホッとしつつ、今度は俺の方からエルルに質問を投げかけた。


「なあ、エルルって元はメイドだったんだよな?まあ、一日も経たずに辞めたって聞いたけど...」

「ああ、そうだよ。どうやらボクは、使用人ハウスキーパーには向いてないらしい。すぐ飽きちゃって、ローズに呆れられちゃったよ」

「やっぱそうなのか...」

「まあでも、恐らくボクの力はリオンと同格。この力で常に邸内を保護するという条件で、住まわせてもらってるのさ」

「今も、結界...を張ってるのか?」

「ああ。〝保護結界〟...常にと言われてるが、流石に眠ってる間は張れないから、昼間だけずっと魔力を使いっぱなしさ」

「ずっとって...凄いな」

「魔力は有限だけど、ボクの魔力量は伊達じゃないからね。それでも、君には劣ると思うけど」

「え?そりゃ、冗談だろ?」

「.....」


 俺の質問は無言で返される。数秒間沈黙になり、不思議に思ってエルルの方を向くと、彼女は天井と睨めっこしていた。

 先ほどの無邪気な笑顔は消え、急に真顔で静止する。


「エルル...??」


 名前を呼んでも、エルルはまるで時が止まったかのように何の反応も見せない。何か考え事でもしているのだろうか。

 だが、彼女の様子からそんな風には感じられなかった。無表情であるものの、彼女の額に少量の汗が滲んでいるからだ。

 そしてエルルは目を細め、その小さな口を開いた。




が、呼んでる...」




「え...??」


 ようやく口に出した言葉は、普通で他愛ないもの。しかしそれを発した彼女の声質はどこか冷酷で、何気なく発した一言ではないと感じられた。

 エルルの言った通り、誰かが呼んでるにしろ、俺の耳にはエルル以外の声は何一つ聞こえてこなかった。彼女には何かが聞こえたのだろうか。

 俺がこの場でガラッと変わった空気を薄々感じていると、エルルは上半身を勢いよく起こし、部屋の隅にポツンと置かれているクローゼットを凝視し始めた。彼女の頬を汗がゆっくりと流れ落ちる。


「なあ、エル―――」


 沈黙がもどかしくなり、エルルに声を掛けようとした次の瞬間、



 ―――プツン...。



 そう音を立てて、現時点でこの部屋の唯一の光源であるゲーム画面が突如として消えた。そしてそれがトリガーとなったのか、部屋の中が急激に冷え始める。

 突然の怪現象に、俺の心臓はバクン!と跳ねた。エルル同様、変な汗が頬を伝い始める。


「メイ、逃げて...」


 エルルは慎重に立ち上がり、俺に部屋から出るように促す。依然として、彼女はクローゼットから目を離さないでいる。

 

「逃げる!?どういうことだよ、エルル!」


 俺も立ち上がり、何が起こっているのかを聞き出そうとすると、


「最悪、死ぬかもしれない...」


 エルルの口からとんでもない一言が放たれた。極度に顔を顰めているのを見るに、たった今この部屋でただ事ではない何かが起こっているのだろう。

 一体何なんだ!!と言いたくなる気持ちを抑え、俺は自然と走りだして部屋の扉に手をかける。だがその時、一瞬にして俺の中に恐怖の波が押し寄せてくることとなった。




「あ、開かない...」




 嘘...だろ?

 ドアノブを何度ガチャガチャしようとも、扉はびくともしない。外から鍵がかかっていることはあり得ない。かかっているなら、内側から容易に開けられるからだ。

 しかし鍵は開いている。そのことが俺を更に混乱させた。


「エルル...ヤバイ、開かないぞ」


 声も僅かに震え始める。鳥肌が立つ程の恐怖を感じ始めてしまったのだ。


「窓も...無理みたいだね」


 そう言われて窓の方を見ると、いつの間にか靄のようなものがかかっていて、内と外を隔てられてしまっていた。赤黒い雲のようなものだ。

 触れようとすると、


「触ってはダメだ!!」


 エルルが物凄い剣幕で阻止した。近くで見ると、靄が小さくバチバチと電撃を帯びていて、俺でも触れてはいけないものだと察した。

 一体、この部屋で今...何が起きてるんだよ!?

 少しずつではあるが、変わりつつある部屋の空気に不快感を覚え始めてきたときだった...。

 そのは突如聞こえてくる。






「あ゛、あ゛、あ゛.....」






 室内に反響し始める誰かの声。いや、声と言っていいのだろうか。

 明らかに人が発するものとは思えない、不快極まりない奇怪音が耳に入ってくる。重々しい声音から、どこか苦しそうな音にも感じられた。

 そして、奴はやってくる。


「あ゛、あ゛、あ゛.....」


 断続的な声音。それは間違いなく、クローゼットの中から発せられている。

 その証拠に、ゆっくりとクローゼットの扉が開き始めているのだ。エルルは俺を庇うように片手を横に突き出す。

 ヤバイ...これは、本当にヤバイ!



 ―――ギィィィィ...。



 そう音を立て、半開きになったクローゼットから、人の形をした影が這って出てきた。全身真っ黒な影に包まれた、例えるならば〝海坊主〟...顔に付いている二つの白い点は恐らく目だろう。

 その様はまさに妖怪の類だ。髪も骨格も無く、性別は当然不明。そこにいるのは、四つん這いになってこちらへ向かってくる丸顔の真っ黒い化け物だった。


「魔物...?いや、これは...」


 エルルはずっと顔を顰めているが、臆している様子はない。得体の知れない化け物をどうやって対処するか模索しているように思える。


「ソラ!頼む、起きてくれ!!」


 鈴を鳴らして、ソラを召喚しようとする。しかし先ほどから何度呼びかけても、返事が無い。セレナじゃあるまいし、ここまで起きないのは何かあるのだろう。


「あ゛、あ゛、あ゛.....」


 俺はゴクリと生唾を呑む。

 死ぬのか...俺。いや、こんな奴にビビッてどうする!

 内心恐怖が増してるが、強気な姿勢で化け物を睨む。すると、その目の前の化け物は大きく痙攣し始めた。


「あ゛、あ゛、あ゛.....





 あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛・・・・・!!!!





 ぎゃーーーー!!!きたーーーー!!!!

 化け物は勢いよく立ち上がり、エルルに向かってその巨大な口を開ける。今にも彼女を食い尽くさんばかりの迫力を見せつけてきた。

 焦りつつも、エルルは右手を広げて化け物の頭に向け、魔力を放出する。


「消えな...」


 重々しい声で呟いたエルルの右手は黄色く発光し、部屋全体が明るく照らされる。それを眼前に喰らった化け物は又もや奇怪な呻き声を上げて、分かりやすく怯み始めた。

 

「う゛........う、うぅ....あ゛、あ゛、あ゛!!!!!」


 凄い、光だ!!

 眩しい光に、思わず目を細める。半開きの目から様子を見ると、エルルの光をまともに受けたからか、化け物は徐々にその姿を変えていく。いや、正確には姿を消されているのだ。

 

「が......ミ.........じ...ロ゛....」


 最後に化け物はそう口にし、光の中で消え去っていった。と同時に、エルルの手から出ていた光も小さくなっていく。

 

「終わった、のか?」


 周囲を見回すと、窓にかかっていた靄はいつの間にか消えて、外に出られるようになっていた。取り敢えず、エルルの魔法によって何事もなく終わったようだ。

 

 がミじロ...あの化け物は最後にそう言った。

 その言葉に何か引っかかりを覚えたが、安心したことで自然と思考を放棄し、俺は大きく息を吐いた...。

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