第14話 ボクっ子居候娘

 時刻は21時。翌日の朝食の下準備も終わり、今日の業務は後一つを残すのみだ。

 ある程度仕事も一人でやれるようになったことが増え、業務ルーティーンの把握は完璧になった。まあ、一つだけまだ慣れないものがあるが...。


「じゃあメイ君。この衣服を収納してきてください」


 それは洗濯系の仕事である。

 衣服を洗濯したり、乾いたものを畳んだりするのが苦手という訳ではない。寧ろそれは簡単だ。

 しかしまあ、この家に住んでいるのは俺以外全員女の子な訳で...。当然、彼女たちの下着等も洗濯物の内に入る。

 見ないようにしつつも、干す時なんかは直接触らなくてはならず、終始ドキドキしっぱなしだ。ここまで耐性がないと、俺はそういう大人の経験が無かったんじゃないかと思い知らされるようで、何だか複雑な気持ちになる...。

 ローズにそのことをやんわりと包んで話すも、

 

「ふふ、メイ君はピュアですね。こういうのにも慣れていないと、いざという時、女の子に冷められちゃいますよ」


 なんてからかわれてしまった。いざという時ってどんな時だよ...。

 そんなこんなで渋々洗濯を頑張っているわけだが、この調子じゃ当分は慣れないだろうな。と考えながら、ローズから乾きたての衣類が入った籠を受け取る。


「あれ?少し多いな。セレナの分だけじゃないのか?」


 いつもより籠の重みを感じたので中を覗いてみると、セレナのとは別の小さめの衣服がもう一セット畳んで入れてあった。


「もう一つはエルルさんのです。部屋の場所は分かりますよね?」

「あ~、引き籠ってる子か」

「はい。いつもは私が持っていくんですが、なんでもエルルさんがメイ君に話があるそうで」

「え、俺にか?」

「服はエルルさんに渡せば、自分で収納してくれますから」

「ああ、分かった」


 エルル...か。この豪邸で目覚めてから三日間、一度も顔を合わせたことないんだよな。

 もしかしたら、向こうから挨拶したいということかもしれない。ならば、断る理由はないだろう。


「終わったら、業務終了の報告をしに、私の所に来てください」

「うん」


 一日の仕事終わりに、ローズはいつも労いの言葉をくれる。今日一日お疲れ様、明日も頑張りましょうという終礼のようなものだ。

 俺は早速最後の仕事に取り掛かる。先ず、セレナの部屋へ畳まれた衣服をしまいに行き、それからエルルの部屋へと直行した。ちなみに、セレナは部屋に入ると普段通りに接してきたので、リオンが言う通りすぐ元に戻ってくれたようだ。


「さてと、たしか一番端っこの部屋だよな」


 三階の客室は、部屋番号301~310と十部屋あり、305と306の間の階段で階を行き来する。俺は使われていなかった301を使用している。だから、エルルの部屋は俺の部屋と真反対の310だ。

 十部屋しかないというが、一部屋一部屋が高級かつ広々と贅沢なので、部屋の感覚は大きく廊下は長い。他にも三階には娯楽部屋があり、それもかなり広いのだ。

 

 廊下を軽い足取りで歩き、エルルの部屋前へ。コンコン...といつも通り入室許可を得るためのノックをする。


 


 ・・・・・・・・・・・・




 声が聞こえない...。再びノックをするも、扉の向こうからは何の音も聞こえてこなかった。


「こりゃ、セレナパターン(寝ている)だな...」


 呼びつけておいて、寝ているというのはいただけないな。

 仕方ないので、一度声をかけて入室することにした。


「エルルさ~ん!入りますよ~!」


 ゆっくりと扉を開け、中に入る。部屋の中は、足元が覚束なくなる程度に薄暗い。

 やはり、寝ているのだろうか。 

 すると足元から、


 ―――カチャ...。


 という音が聞こえてくる。何か硬い物が足に当たってしまった。

 重みのある、大きめの黒い箱だ。何かの機械のように見える。


「あれ、これ...見覚えあるぞ」


 俺はその黒い箱を見て、そう一言呟いた。そして少し先に進んでいくと、何やらカチャカチャ...という機械音が耳に入ってくる。

 しかしそれはポチポチ...だったり、カチカチ...だったりと不規則に鳴っていて、あまり機械的な音でもないように思える。どちらかというと、人が何かを操作しているような音に近い。

 すると次の瞬間、




「ちょっと待ってくれないか?もう少しで終わるからさ」




 部屋の角の方からそんな声が聞こえてくる。知的溢れる女性の声だ。

 起きてたのね...。

 声のする方へと向かうと、部屋の角っこを少しばかり照り付ける四角い光が視界に入る。その光の前に、一人の少女が絨毯の上にぺたんと座り込み、何やら両手に収まる程の機械(?)をカチャカチャ...と弄っていた。先程から聞こえてくる音は彼女が発していた様だ。

 

「何をしてんだ...?」

 

 と呟いたものの、俺は彼女がしていることに不思議と見覚えを感じた。もう少し近づいてみると、どうやらその四角い光は大きな画面だったようで、画面の中に何者かが戦闘を繰り広げている映像が映し出されている。

 ちょっと待てよ...。これ、マジで何だったっけか。

 見覚えがある...なんて感じたのは、目覚めた時から初めてだったので、俺は頑張って思考を張り巡らせる。エルル(?)はこちらに背を向けているため、後ろから彼女を観察すると、どうやら手に持っている小さな機械で画面に映る戦士を操作しているようだ。


 やはり、この光景はどこかで見たことがある...というか、やったことがある。喉の辺りまで出かかっているが、彼女がしていることの名称が思い出せない。頭を押さえ、必死で考えるも答えは出てこない。

 クソ、ここまで出かかってんのに...!!

 唯一分かっているのは、それは楽しいということ。仕方ないので、彼女がその作業を終えるまで待つことにした。



 ........

 .....

 ...



「ふぅ...なんとか勝てた~」

「.....」


 彼女は一仕事終えたように息をついて、両耳から頭頂部にかけて装着されていた、の機械を外す。そして彼女は手に持っていた操作機器を床に置き、ようやくこちらへ姿を見せた。


「悪いね~、ちょうど手が離せなくてさ。ボクが呼んだのに、待たせてしまった...」

「あ、ああ...別に大丈夫だよ」


 この子、一人称ボクなんだ...。

 綺麗な金髪を揺らめかせて、その少女は立ち上がった。身長はソラとまではいかないが、低めだ。

 髪は腰まで伸び、長い前髪はハート型のヘアピンで止められている。右上に可愛らしくお団子状に束ねられている髪が特徴的だ。

 瞳の色も金色。まつ毛が長く、知的溢れる細い目つきを向けられる。小顔で、耳は少しばかり尖っているようだ。そして首には、外した黒いアーチ状の機械がかけられている。

 しかし彼女の可愛いらしい顔よりも、その姿に驚いてしまった。


「って!!?」

「ん、なんだい?」

「なんて格好してんだ...!」

 

 上はワンピース風の白いキャミソールで、下はなんとパンツのみ。薄暗いからまだいいが、キャミソールは薄い生地のようで、明るいと透けてしまうほどだ。

 しかも小柄な癖に胸は大きい。自分から男を呼びつけておいて、なんて格好してやがる...。


「ああ、ボクはいつもこの格好だよ。なにせ着替えるのがめんどくさくてね~」

「いや、お前には恥じらいというものがないのか...」


 少し頬を赤くして、視線を逸らす。引き籠もりというのは全員こうなのだろうか...。


「ふむ、たしかにボクからすれば客人である君には失礼な格好だったね。君が来るまでは女の子しかいなかったから、この姿に慣れちゃって」

「話があるなら、先ずは着替えてくれ...」

「そんなに嫌がらなくても...」


 寝る前だから着替えるのは~とかなんとかブツブツ言いながらも、彼女は渋々着替えてくれた。ただ上からコートを羽織っただけだが...。


「改めて、ボクはエルル。まあ、一応この豪邸では守護神として住まわせてもらってる身さ」

「守護神...」

「君はメイだよね。そして首に掛けられてる鈴が、精霊のソラ!」


 エルルは鈴に化けたソラを指さしながら、見事に言い当てる。ちなみに、今ソラは就寝中だ。


「知ってるんだな」

「まあね。ボクの感知力は高いのさ。流石に君の魔力量は言い当てられないけど」


 立ち話も何なので、取り敢えず俺たちは床に座って話をすることにした。どうやらこの部屋には椅子がない(エルル曰く必要ない)らしい。

 てことで、俺は早速この部屋に入ってから気になっていたことに触れる。


「なあ、エルル。今お前がやってたのって、なんだ?どっかで見たことあるんだけど、なんか思い出せなくてさ」

「え?今...なんて言った?」


 エルルは俺の質問に目を見開き、驚いているような反応を見せた。聞こえなかった、という訳ではなさそうだ。


「だから、その...画面を見ながら、架空のキャラクターを操作する遊びのことだよ」

「―――!??」


 ほんとに何気ない質問だ。しかしエルルは、静かにおったまげていた。

 そしてすぐに俺の顔を食い入るように見つめ、両肩を掴んでくる。


「ね、ねえ!!君、を知ってるのかい!??


 てれびげえむ...その単語を聞いた瞬間、俺の脳裏で小さな記憶の点と点が繋がった。


「そう、それ!!テレビゲームだ!!うん、ゲーム...どうして忘れてたんだ?」

「うわぁ!!まさか、君がこれを知っていたなんて!ボク、嬉しいよ~!」


 エルルは満面の笑みを見せ、大げさに喜ぶ。ゲームを知ってるだけで、そこまで驚かれるとは...。

 ゲームを思い出した途端、その類の機械の名称も自然と頭に入ってきた。

 操作するための〝コントローラー〟、ゲームの内容が詰まってる〝カセット〟...。ゲーム自体を思い出せはしたが、なぜ自分がゲームというものを知っているのかは思い出せなかった。


「いや~、てれびげえむの存在を知ってる人なんてもう現れないと思ってたからさ。ほんと、感激だよ~!」

「え、皆んな知らないのか?ゲーム」

「そうさ。これはボクの友人から譲り受けたものでね。こんな面白いものを今まで知らなかったなんてって衝撃を受けたくらいさ。でも、その友人以外の人たちはこのてれびげえむの存在を知らない。見たことのない機械だとしか思わなくてね」

「へ~、そうなのか...」


 だが、それを俺は知っている。誰に?どこで?何故?知ったのかは不明だが、恐らくこの〝ゲーム〟という存在は、俺の記憶を取り戻すになりそうだ。

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