第13話 豪邸の主

「セレナ、入っていいか?」


 夕刻、俺はセレナにあることを相談するため、彼女の自室へと足を運んでいた。ローズによると、昼間に魔力の解放を試した後、セレナは昼寝をしに、すぐ自室に戻ったらしい。

 学園が無い日は昼食後に昼寝。だらしないが、それがセレナの休日の過ごし方なのだそう。


「わ、わざわざ何よ...」


 そうボソッと扉越しに聞こえてきたと思えば、セレナはすぐに扉を開けてくれた。どうやら、既にお昼寝タイムは終了していたようだ。


「悪いな、少し相談があってさ」

「相談?」


 仕方ないわね...と言っているような顔で、セレナは渋々部屋に招いてくれた。ベッドに腰掛ける彼女の横にある椅子に座らせてもらって話をする。


「で、相談って何よ」

「うん。数日後のお見合いについてなんだけど」

「ま、まさかあんた!やっぱり約束は無しとか言い出すんじゃないでしょうね!」


 俺が真面目な顔で話し始めたからか、セレナは頭の中で在りもしないことを勝手に妄想し、焦り顔を見せる。

 まだ何も言ってないんだがな...。


「いや、そうじゃなくて。領主の街の事についてだよ」

「領主の街...グランダ街のことかしら?」

「ああ。あの街ってさ、一か月に一度、領主が街の人にお金を集ってるのは知ってるよな?」

「ええ、譲渡金くらい知ってるわよ。集る...という言い方が合ってるか分からないけど。昔から、あの街ではそれが常識なわけだし」


 常識...か。客観的に見れば、あれは普通のこととは思えなかったが...。


「でも常識とはいえ、その制度で苦しんでいる人は少なからずいる。昨日、俺はそれを見てきた。いくら働いてるとはいえ、払わなきゃいけない譲渡金を稼ぐための仕事道具が譲渡金によって買えなくなったら、その人はもう生活が出来なくなる。

 だからさ。お見合いの場で、領主に交渉してみようと思うんだ。譲渡金を止めにして欲しいってさ」

「う~ん、そうね...」


 俺の提案を聞いて、セレナは腕を組み、深く考え込むように俯く。


「でも交渉が成立するなら、もうとっくの昔に譲渡金制度は廃止されてるはずよ」

「じゃあ、セレナが交渉してもダメかな?勝手な考えにはなっちゃうけど、お金持ち同士なら、何か分かり合えるんじゃないかって思うんだけど...」


 そう言うと、セレナは深く溜め息をついた。


「あんたね。街の人から毎月大金を貢がせてるような人が、婚約を断った私の要求を簡単に飲むと思ってんの?」

「それは...」

「世の中そんなに甘くはないのよ。婚約を断れるかどうか、その可能性だって決して高くはないんだから」


 セレナの言うことが最もなのだろう。長年この土地を治めてきた領主が、いきなり現れたぽっと出の俺の言うことなんかに耳を貸すわけがない。こういうのは度重なる交渉の末、ようやく妥協点を探ることになるのだから。


「昨日お世話になった街の料亭の店主には、セレナと同じ学園に通ってる娘さんがいるんだって」

「.....」

「娘さんの学費を払ってて、生活が手一杯らしいんだ。このまま譲渡金を払い続けていたら、娘さんが学園に通えなくなるかもしれない...。店主はそう心配してたよ」


 決して同情を求めているわけではないが、セレナなら学園に通えなくなることの辛さを少しは分かってくれるんじゃないかと思って、半ば独り言のように語った。

 しかしそれがあまり良くなかったのだろう。店主の話をした途端、徐々にセレナの顔が曇り始める。

 そして、彼女は俺に冷酷な表情を向けて言った。




「ごめん、興味ないわ...」




「え...?」


 セレナの声質から、俺の意見をただ否定しているのではなく、その話自体をかなり不愉快だと思っているようだった。今の話のどこが気に食わなかったのだろうか。

 何か、気を悪くするようなことを言ってしまったか?

 よく分からないが、またしても俺は要らぬ失言をしてしまったようだ。

 セレナは俺から視線を外し、俯く。変に気まずい空気が流れてしまった。


「え、ええっと...何かごめん。俺、また変なこと言って...」


 俺の言ったことに気分を害したならば、非があるのはこっちだ。聞き出す前に、とにかく謝る。


「別に...あんたは悪くない。でも、ごめん...」


 それだけ言ってセレナは立ち上がり、部屋を出て行ってしまった。彼女の自室で、俺一人取り残されてしまう。

 参ったな。これじゃ、交渉も何も...。

 頭を抱え、何がいけなかったのかを考え始める。


『なんか、踏み込まれたくないもんに触れちゃったみたいだな』


 話を聞いていたのか、鈴の中からソラが話しかけてきた。


「うん。これ以上話すのはセレナ嫌だろうし、仕方ないかな」

『へへっ、主様マスターってほんとお人好しだよな。普通は意見するなんてもっての外な領主に対して、交渉してまで助けたいと思ってんだからさ』

「うーん...よく分からないけど、同情しちゃうんだよな。なんか、放っておけないというかさ」

『んまあ、それが主様マスターの良いとこだけど、お人好し過ぎるのも良くないぜ。あたしは主様マスターが将来、変な勧誘とかに乗っかっちゃわないか心配だよ』

「おいおい、それどこの訪問販売だよ...」


 そんな会話をしていると、ソラが一呼吸おいて、この場にいるに話しかけた。


『ま、それは置いといて...。いるんだろ?



 ...の姉ちゃん』



「え...!??」


 忍者って...アイツだよな。この部屋のどこにいるってんだ??

 ソラの言ったことに対して半信半疑になるも、その直後に部屋の天井から声が聞こえてくる。


「あはは...。ソラは気づいてたか~。やるね~!」


 上か!?

 なぜかと疑問に思うよりも先に、俺は真上を見上げた。なんとそこには、部屋の模様と同化した布に包まって身を潜めるリオンの姿があったのだ。

 彼女は顔だけを布から出して、ニヤリと笑う。


「いや、いつからだよ!!」


 びっくりして、反射的に大声を出してしまう。流石は忍者...抜き足差し足忍び足だ(?)。


「忍法〝隠れ蓑の術〟!さすがに感知されちゃ、この能力は通用しないか~」


 リオンは布を魔法(?)で消して、俺たちの前にスタッと降りてきた。

 なるほど、魔力の流れを感知できるソラだから、能力を使っているリオンの位置がはっきりと分かったのか。てか、なんでここに潜んでたんだよ...。


『へへっ、姉ちゃんのことは部屋に入った時から感知してたぜ』

「え?ずっとここにいたってことか!?」

「当然!私はお嬢様の護衛忍者だからね~」


 リオンは腰に手を添えて、ドヤ顔を見せる。

 セレナのプライバシーを侵害するのはどうかと思うが...。となると、さっきの会話も聞いていたと...。

 すると、リオンは先ほどのセレナとの会話に触れ始める。


「な~んか、お嬢様と気まずくなっちゃったね...」

「うん。俺、何かマズイこと言っちゃったかなぁ」

「いや、別にメイは悪くないよ」


 そこまで言って、リオンは何やら葛藤するかのようにう~んと唸る。


「お嬢様から口止めされてるけど、メイならいいよね」

「―――?」


 そして、彼女はセレナについて少しだけ語ってくれた。


「メイはさ、この豪邸で過ごし始めてから、何かおかしいと思ったことは無かった?」

「おかしい??そうだな...豪邸に住むなんて普通はあり得ないし、色々そういうもんだと考えて特におかしいと思ったことは無かったかな。まあ、こんな大層な家にしては居住する人が少ないとは思ったけど...」

「普通はそう思うよね。客室なんて余り過ぎて、物置部屋になっちゃってるし。でも、数年前はそんなことはなかったんだよ」

「数年前というと、ローズ以外にもメイドがいた頃か?」

「いやいや、それよりもっと前のこと。その頃は使用人や護衛が複数いたし、月に一度...お偉いさんが集まるパーティなんかが開かれていた。それはもう賑やかでね。何より、その催しものを仕切られていたお嬢様のご両親が健在していたんだ...」

「え...!?」


 何気なく話を聞いていた俺は、話の途中で変に驚いてしまった。健在していた...という過去形の一言から、一瞬で良からぬことを想像してしまったのだ。

 

「それって、その...」

「うん。想像の通りだよ...。お嬢様の両親は、数年前に亡くなられたんだ」

「マジかよ...」


 それを聞いて、俺はこの家のおかしいと思っていた点にもう一つ気づいた。

 この豪邸の名義はセレナになっている。学園に通っている程の年齢な彼女が自分の家を持つなんて、よく両親は許可をしたな...などと思っていたが、考え得る可能性から最も最悪なケースを耳に入れてしまった。


「ご両親はどちらも〝政府〟のお偉いさんだったんだ。かなり位の高い役職に就いていて、お金持ちなのも納得のいく職業だった。政府の仕事は世の悪人を取り締まることでしょ。でも、この世界には政府の手にも負えない最悪な犯罪者が存在する。

 は、突然の出来事だった。




 ご両親が、ある極悪非道な犯罪者によって殺されてしまったという報告が耳に入ってきたのは...」




「嘘...だろ?」


 俺は絶句して固まってしまう。ここまで重い話になるなんて思いもしなかった。

 リオンは目線を外し、何とも言えない暗い表情を見せる。その話をするのがとても辛そうだ。


「お嬢様はその報告を聞いた時から、毎日のように自室に籠ってはずっと泣き続けた。今は普通の生活を送れてるけど、当時は人との関りを自ら断絶してたんだ...。それで徐々にこの家を去ってく者も現れて、残ったのが私たち」

「そういうことだったのか...」

『.....』

「もう一度言うけど、メイは何も悪くないよ。事情知らなかったんだし。でも、お嬢様の前で他所の家族の話はあまりしない方がいいかもね」


 辛い...なんてどころの話じゃない。両親を亡くした経緯があまりにも残酷すぎる。

 そりゃ他所の家庭の話をされたら、気分が悪くなるに決まってる。何も知らなかったとはいえ、慎重になって話を進めなかった俺にも落ち度はあるだろう。

 普段の彼女からは想像できないような過去を聞いてしまい、何とも言えない感情が湧き上がってくる。


「私から切り出してなんだけど、お嬢様の前ではそんな暗い顔しちゃダメ。大丈夫、お嬢様はすぐに元通りになるよ。だから、いつも通りに接してあげて...ね?」

「ああ、そうだな」


 普段通りにするのは勿論だが、セレナに対して気に障るような発言は気をつけようと思いながら、俺は部屋を出て行った。

 

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