第4話 リトネック

「あれが私の町。リトネック」


 彼女が指を指す遥か先に町並みが見える。ここからでは遠すぎてハッキリと見えないが、村?といえばいいのだろうか。日本の都会で生まれて都会で育った俺には例え難い規模の町だった。


 やがてシエナの町、リトネックに到着すると、先ほど抱いた想像よりも活気のある姿を見せた。だがやはり町と呼ぶには大きすぎる"村"だった。


「ここがリトネックです。これといった特徴はありませんが、まあゆっくりしていってください」


 そう言ってシエナはどこか歩いていった。周辺を見渡せば農業に勤しむ老夫婦や楽しげに走り回る子供たち、果物や野菜を叩き売りしている男性と、活気ある生活音が心地良く響く。


「……あれ?今俺1人なの?」


 シエナがどこかへ行ってしまったこの状況を理解してしまった途端、急激に不安が脳を隙間なく溢れてきた。コミュ障というわけではないが、着の身着のまま異世界に投げ出され、1人で何とかしろと言う方が無理な話だ。取り敢えず町の人に助けを求めてみる。


「あっ……ぁあの」


「……?」


 近くにいた女性に声をかけたが、明らかに不審な目を向けられ、不安で押しつぶされそうな俺の気持ちを他所に逃げるように立ち去ってしまった。次にすれ違った少女に声をかけてしまった。


「あの……ちょっ」


「おじさんだあれ?」


「おっおじ!?俺はおじさんって年じゃ……」


「うっ……うぅ!うわあぁぁぁぁん!!!」


 異物を怖がるかのように声をかけた少女は号泣しながら逃げ去っていった。この状況はヤバい!周りから危険人物と見做されている!少女に声をかけたのがマズかったのか!そこは俺の住んでた世界と変わらない価値観を持っているようだ。


「ちょっとアンタ!何してんだい!こっちに来な!」


 突如頭巾を被った女性がグイッと俺の腕を引っ張りその場から連れ去ってくれた。


「あっあの!えっ!?」


「あんた旅人さんだろ?あんなおぞましい顔で小さな女の子に声かけたら誰でも危ない人だって思っちまうだろ!」


 今の俺、そんな酷い顔してたのが……?何にせよ、この女性はあの状況から俺を助けてくれたようだ。


「取り敢えずここで一息つきな。私の家だよ」


 木造の立派な家にかくまわれた。暖炉もあってゆったりと雰囲気が漂っていた。


「顔でも洗って来な。少しは落ち着くよ」


「あ、ありがとうございます」


 洗面所に案内され、この世界に来て初めての水にありつく。そして、初めて自分の顔を見た。


「んだよこりゃあ……おっさんになってんじゃねえかぁぁぁぁぁ!!!!」


 なんだこの顔は!?俺はまだ25だぞ!?どう見ても40歳くらいの顔面じゃねえかよ!?あの女神は中年好きだったのか!?確かにハンサムだが……。


「何だいでっかい声なんか出して。落ち着くまでこの家にいていいけど、騒がれちゃあ困るよ。で、何かあったのかい?」


「すみません……実は……」


 俺は前世の事、生まれ変わった事、この世界の人間でない事、その全てを自分自身何も理解していない事を話した。何故かこの人には全てを話した方がいいような気がした。別に隠す気は無いが、誰かに話してスッキリしたかった。


「何だかこの世のものとは思えないほど現実離れした話だけど。いやいや到底真実だって信じられないよ」


「ですよね……」


「あんたせっかくいい男なんだからシャキッとしなよ。ここがどこで自分がどういう状況に立たされてるのか、それが頭で理解できないなら考えることを諦めて気楽に生きればいいんだよ」


 そうだ。俺は楽天的に生きようと決心したじゃないか。不安を捨てろ、ネガティブを捨てろ、見た目の年相応の男になるんだ。俺はもう25歳の若手ではない。今から40歳のベテランになるんだ。常に余裕を忘れるな。


 そう決意を心の中で豪語する度に自信が湧いてくるようだ。前を向こう。俺は今日からこの世界の住人なんだ。死ぬ気でこの世界に適応してやるぞ!


「ん?見た目40歳……?」


 俺はズボンとカッターシャツの袖を勢いよく捲る。言葉を失った。


 毛量が明らかに増えていた。

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俺のコンプレックスが猛威を振るっている まえだ。 @Hezron

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