第3話 邂逅
「はっ!!」
勢いよく起き上がる。俺の周りには大きなクレーターが出来ていた。よほど高いところから思いっきり落ちたのだろうが、怪我一つない。
「ここは……」
クレーターから出ると、緑の草原が地平線の彼方まで広がっていた。心地良い風がポツポツと立ち並ぶ木々の葉を優しく揺らしている。雲一つない快晴。ここが日本ではない事は明らかだった。
「すげえ……」
あの暗闇での出来事は、心の底では夢なのではないかと疑っていたが、現実を受け入れるしかなかった。確かにこの目で見ている草原の海。胸の高鳴りを感じる。俺の第2の人生が始まったんだ。
……ん?そういえば声が……。
「ん、あ……あー、あー」
声が明らかに低くなっている。体感的に地声が半オクターヴほど下がっている気がする。何だか自分の声じゃない声が自分から発せられているようで気持ち悪い。
近くに鏡も水辺も無いので女神様に作り変えてもらった顔を確認する術はなかった。取り敢えず辺りを探索してみる。
「360°どこを見渡しても草原に数本木が生えてるくらいしかない……。女神様は頼ってもいいって言ったけど人一人いねぇじゃねぇか」
知らない場所で途方もなく歩き続けていたせいか、早々に疲労が溜まっていく。
「思えば会社に就職して5年、こんなに長い時間歩いたことなんてなかったなぁ。責任を抱え始めて、部下もできて、心に余裕もでき始めた時に死んじまうんだから。人生何が起こるか本当分かんないもんだな」
一度死んだからなのか、はたまた頭を作り変えられたからなのか、今までいろいろ悩んで苦労してきた自分が馬鹿らしく思えてきた。もっと楽天的に生きよう。もう社畜だった自分とは決別しよう。そう心の中でひっそりと決心した。
「少し一休みしてまた歩くとしますか」
近くに生えていた一際大きな巨樹の根元に腰を下ろす。……風が気持ちいい。溜まっていた疲労から解放されるかのような心地良さ。木漏れ日から差す太陽の光が優しく眠気を誘う。睡魔に抗うことなく、眠りに落ちた。
「……さい」
「…き……い」
……何だ?どこからか声が聞こえる。女性の声だ。もしかして女神様が迎えにしてくれたのか?
「起きてください」
ゆっくりと目を開ける。そこには想像していた女神様とは程遠い、普通の女の子が顔を覗かせていた。
「もしかして、女神様?」
「?」
不思議そうな顔をする少女。垂れている髪の毛が俺の鼻腔を擽るので、避けるように起き上がる。
「そこは私のお昼寝スポットですよ」
静かな声で話しかけてくる。どうやら勝手に寝床を占領していたらしい。
少女は黒いパーカーに身を包み、黒いリュックを背負い、黒いスカートに黒いニーソックスを履いた真っ黒な少女だ。しかしフードの下には白いシャツ、そして新雪のように綺麗な白い髪の毛に蝶を模したような黒い髪飾りを付けている。背は低く人形のようで可愛らしい。
……って
「人間!?!?」
俺の側に人間の女の子がいる!?初めて見た生物が人間だった!俺は勝手に勘違いしていたのかもしれない。ここには意思疎通のできる生命体はいないのだろうと。昔読んだことがある異世界ものの書籍には、一応主人公以外の人間は存在したが、大半は獣人や不定形生物、魔物等が数を占めていた。俺は「こんな都合よく人間が存在して尚且つ言語が通じるわけがない」と思っていたが……。
「あなたは誰ですか?初めて見ました」
「あっ…俺は、神田定彦って言います。も、もう一度お尋ねしますが……女神様ですか?」
「……女神様?私はシエナ……シエナ・ランデリオ。女神様ではありません」
どことなく声の雰囲気があの女神様のような彼女は、女神様ではなかった。シエナ・ランデリオ。彼女はそう名乗った。名前を聞いて尚更ここが自分の知る世界ではないことを実感した。
「シエナさん。あなたはどこから来たんですか?近くに人の住む所が……」
「近くに町があります。私の住んでいる町です。あとシエナでいいです。敬語で話されるのは不慣れですから。私もあなたのこと、サダヒコって呼びます」
敬語で喋っているのに敬語で返されるのは不慣れなのか……。それに初対面の人に対して全く警戒心が無いというか。変わった子だ。それに近くに町があったのか。どうやら丁度町が見えない場所で休んでしまったようだ。
「じゃあ案内してくれませ……してくれないか?シエナ。初めての土地で右も左も分からないんだ」
シエナは静かに頷き、俺の隣に付き歩き始めた。たった数分前に出会った者同士だとは思えないほどの距離の近さに、俺は少し照れ臭さと戸惑いが混在した。
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