第2話 声とチカラと暗闇の世界

 真っ暗で何も見えない。体が動かない。ここは死後の世界なのか?不思議と意識はあるような気がする。


「お目覚めですか」


 女性の声が聞こえる。だが口が動かない。返答が出来ない。この声の主は誰なんだ?


「喋ることも出来ないのですか?まあ当然といえば当然、なのでしょうか」


 落ち着いた、というより冷めた口調で淡々と喋る謎の女性。……意味が分からない。死んだから喋ることができないのか?誰か教えてくれ!


「だってあなた、のですから」


……は?


「意思疎通が不可能なのであれば、私が一方的に話しましょう」


 待て待て待て待て。頭部が無い?どういうことだ?理解が追いつかない。そもそも何も見えないのだから理解のしようがない。怖い。


「あら、頭部が無くても慌てふためいているジェスチャーはお得意ですのね。耳は機能しているのでしょうか。無いのに」


 体はあるのか?自分では指一本たりとも動かしている感覚がない。女性の声が聞こえるのも不思議だ。


「では、まずあなたがどういう経緯で死んでしまったのか、そこからお話ししましょう」


 ……やはり俺は死んでいたのか。体感的に分かってはいたが、実際そう言われると複雑な気分だ。


「……あなたは、スーパーの3階駐車場で駐車しようとしたご老人が、ブレーキとアクセルを踏み間違えたことで起きた駐車ミスにより壁をぶち破り、車が外へ飛び出し、あなたへ直撃した。とのことです。よく意味が分かりませんが」


 ……想像するだけでも恐ろしすぎる死に方だ。まさに現代の闇というか……。


「その時あなたは避けようとしたのでしょう。上を向きながら一歩前に出たあなたの頭部に、グシャッと。頭部だけ潰された状態で、幸い首から下は無事だった、と」


 ひいぃぃぃ!聞きたくない!やめてくれ!


「血液は飛び散り、今までの原型は見る影もなくグチャグチャに……」


俺の意志とは別に、ひたすらムゴイ惨状を淡々と話し続ける女性。もう死んだのに、更に追い打ちをかけるように精神攻撃を叩き込まれる。


「頭蓋骨の破片を集めるあなたのご友人……って、そんなぐったりしてどうしたのですか?……まあいいでしょう。あらすじはここまでにして本題に入りましょう」


「あなたは死んでしまった。その魂を私は拾ってしまいました。ちょうどいい機会なので、あなたを私の世界へ招待しようと思うのですが」


 話の理解が追いつかない。俺が死ぬシーンを淡々と喋ったかと思いきや、今度は


「私の世界は無能が生きていくことは困難です。ですのであなたにチカラを与えましょう」


 何も言っていないのに既に私の世界とやらに行くことになっている。俺が喋ることができないのを良いことに、沈黙は肯定であると思われてそうだ。


「とはいっても、どのようなチカラがよろしいでしょうか。あらゆる属性を無効化し己の糧とするチカラ、次元を超越し己が望むもの全てを斬り捨てる聖剣を身に宿したチカラ、己の潜在能力や経験を数値化し悪者と対峙する度に莫大な強さを手に入れることの出来るチカラ……」


 なんだか聞いているだけでムズムズしてくるような事を呪文のように喋り続ける謎の女性。だが、がどんなところなのかは何となく分かってきた。どこか漫画のような剣と魔法の世界なのではということ。そうした場合、この声の主は女神様なのではないかということ。


「む、どうやらお客様が来たようですね。あまり時間がありません。短時間でチカラを与えられるのは……これしかありませんね。では」


 突然温かいものを感じた。ついさっきまで何も感覚がなかったのに。今なら自分の体があることを実感できる。だが目の前は真っ暗なままだ。


「あなたにチカラを与えました。チカラは魂を呼び覚まし、刺激します。そして新たにを生成します。あなたにとって馴染みの無い物だとは思いますが、あなたが私の世界で目覚めた後、私が教えて差し上げましょう」


 俺が生き返った後も面倒見てくれるのか?それはありがたい。死人に口無しとはよく言ったものだ。意味は違えど、沈黙のイエスマンと化した俺は彼女の言うこと全てを受け入れた、ことにされた。イエスもノーも言えない俺には彼女の言う事を聞くしかなかった。


 何故か異世界へ飛ばされることになった俺は感覚の戻った体を武者震いさせ、身構えた。


「そのままでは意思の疎通ができませんね。仕方ありません、私が頭部を作って差し上げましょう。とはいっても、私はここで初めてあなたと出会ったので生前のあなたの顔を知りません。ですからあなたの身体的特徴を基に頭部を生成していきます。安心してください、カッコよく作ってあげましょう」


 俺の否応なしに俺の頭を作り始めたらしいこの女性。不安はあるが、早く陽の光を見たい……この女性の顔を見てみたい……。そういった願望が俺を包み込む。


「さあ、出来ましたよ。目は次第に開くでしょう。声帯ももう少しすれば開きます。……むぅ、これ以上お客様を待たせるわけにはいきません。これより私の世界へ転生させます」


 ついに来た。この時が。正直顔なんてどうでもいいが、私の世界とやらを早くこの目で見てみたい。剣と魔法の世界……俺に与えられたチカラ……冷めた声色の女神様……。俺の第2の人生はなんだか楽しそうだ。


「それでは私の世界へ。転生いた」



プツン……


 と、突然彼女の声が途切れた。どうしたんだ?もう転生を果たしたのだと思ったが目が開かない。真っ暗なままだ。手を振ってみる。体の感覚はあるようだ。


 その時、誰かに背中を押された。女神様?と思った矢先、目の前が突然眩い光に包まれる。あまりの眩しさに反射的に目を瞑った。


「ん?目が……こ、声が……!!」


 目は開いていた!声も出る!

 己の存在を実感した。再度ゆっくり目を開けようとした瞬間、今度は重力を感じた。というかさっきから落ちている!


「おわっ!うわぁぁ!!」


 光の中を落ちていた。不思議な感覚だ。落ちている感覚はあるが下が全く見えない。一体どこまで落ちていくん……


ドゴォォォン!!!


落ちた。

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