第92話 脅迫文
※『第53話 大好きだったお兄ちゃん』を昼に投稿しました。そちらを先に読んでください。お願いいたします。
https://kakuyomu.jp/works/16816927861054636465/episodes/16816927861981309749
そしてこの話は萌夏視点です。
◇
数日前の事だ。
中間テストが終わり、解放感に包まれていた私はベッドに転がって動画サイトを眺めていた。
口の中には飴を入れ、早期下校だったというのに誰ともつるまずに、まるでどこかのぼっち陰キャみたいな事をしていた。
と、そんな至福の時間をぶち壊す一件のメッセージがくる。
差出人は夢乃。
スマホを見た瞬間に嫌な汗が背中を伝った気がした。
せめてもの拒絶で薄目のままメッセージを開く。
『お願いがあるんだけど、土曜にこっちに来れない?』
視認して、すぐに大きなため息が出た。
せっかくのテスト明けが台無しである。
夢乃とはこの前体験入学で会った時に連絡先を交換した。
何かあるかもとは思っていたが、まさかこんなにも厄介な案件を持ってくるとは、相変わらず鬱陶しい奴だ。
私は以前まで十五年間住んでいた町が好きではない。
というか、過去の三咲鋭登と私の関係を知っている人間がいる場所には近寄りたくない。
それもこれもあいつのせいなのだが、まぁそれはさて置き。
そんなわけだから、私は中学を卒業して以来、もう二年は地元に顔を出していない。
私の進学先を知っている者もいない。
高校進学時に逃げるように引っ越したからだ。
「今更戻ってどうするの」
もし知人に出くわしでもしたら最悪だ。
どこに進学したのかと詮索されたら面倒だし、芋づる式に兄と仲良く同じ学校に通っていることもバレそう。
そんな日には私は同級生の中でブラコン認定されるかもしれない。
絶対に嫌だ。
舌を噛むレベルの最低な勘違いである。
『会うだけなら夢乃がこっちに来れない? 交通費出すし。ご飯も奢るよ?』
できるだけ媚びた文面を送って様子を見る。
しかし、僅か数十秒で返信が帰ってきた。
『無理。お兄ちゃんに会って行って』
血も涙もない文言にスマホを手から落とす。
仰向けで弄っていたこともあり、額に落下して一人悶えた。
「……会いたくないな」
ボソッと呟きながら、夢乃の兄を思い返す。
彼、佐々木健吾は鋭登と仲が良かった。
小学校の頃は毎日放課後にDSを持ち寄って遊んでいたし、私もそれに乗っかるような形で混ぜてもらっていたのを覚えている。
そしてそうこう関係は続き。
いつしか健ちゃんが私に抱く感情は友情を超えていた。
中学に入った頃には、帰りをやけに送ろうとしてきたり、二人きりで遊ぼうと誘ってきたり。
風邪を引けば何故か見舞いに来て、学校でもよく話しかけに来て。
要するに私は、恋をされていた。
積極的な健ちゃんの行動に、家でも両親から生暖かい視線を受ける日々。
ただ一人、あのクソボケ鈍感野郎は『なんかお前と健吾は最近仲良いなー。俺も混ぜろよ。風邪の見舞いなんて俺の時は来ないくせに』なんて言っていたが。
あほ面を思い出して少し頭が冷えた。
とにかく、私は夢乃の兄に恋愛感情を抱かれていた。
中学の卒業式の日、私は彼に呼び出された。
恐らく告白でもする気だったのだろう。
でも、私はその場には行かなかった。
彼の呼び出しを無視し、想いを踏みにじった。
面と向かって告白をされて、断る勇気がなかったのだ。
結局引っ越しを理由に逃亡。
新天地で今こうして、ひっそり暮らしている。
不便な事はある。
インスタなど、不特定多数に自分の存在が知られるようなアプリは使えないし、写り込むことすらできない。
万が一にもどこかから私の進学先が光南高校だとバレたら、洒落にならない。
だがしかし、それが進学先を伏せ、今までの人間関係を切り離すための代償だった。
既読をつけたまま放置していると、新規のメッセージが来る。
『お兄ちゃんの想いにけじめをつけさせて。じゃないとバラす』
ただの脅迫文に、私は逃げ場が完全に無くなったことを把握した。
実際健ちゃんには負い目もある。
良心の呵責も踏まえて、もう行かないという選択肢は無くなった。
「夢乃、本当に私には昔っからきついね」
苦笑しつつ、私は覚悟を決めた。
‐‐‐
その日の朝、玄関で兄と遭遇した。
下駄箱を漁り、少しでもお洒落なモノはないかと試行錯誤する兄。
そんな彼に吹き出す。
「なに、まともな靴探してるの?」
「……あぁ」
「あははっ、ダサいあんたがいくら探しても、ロクな靴なんてないでしょ」
「うっせぇよ」
「ちょっと待って」
私はそう言って自室へ行く。
そしてクローゼットの中から封印していた箱を取り出した。
玄関でそわそわスマホを見ている兄に、その箱を渡す。
「え?」
「前にネットで買ったスニーカー。サイズ大きいの買っちゃってて履けなかったから、あんたにあげる」
「……ありがとう」
「何その顔。頭悪そうなの出てるって!」
「おい」
面食らったように箱と私を何度も見る兄は、馬鹿丸出しで見ていて笑える。
と、彼は箱から靴を取り出してみる。
「緑か。良い色だな」
「私のセンスだからね」
「ってかネットで買い物するときはちゃんと調べろ。金がもったいないし、万が一トラブルにでも繋がったら――」
「はいはい」
急に小言を言ってきてウザい。
こういうのは母親からだけで十分だ。
「じゃ、私行くから」
「どこに?」
「……あんたに関係ないでしょ」
「……」
「デート楽しんで」
一言残して、私達は別れた。
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