第53話 大好きだったお兄ちゃん
※この回は三咲萌夏の視点です。
ちょっとショックな話というかキツい表現があります。
「いやぁ、すっごいパフォーマンスだったね」
「そうだね」
教室へ帰る途中、亜里香が余韻に浸るように話しかけてくる。
先程の二年一組での出来事はそれほどインパクトがあった。
「それにしても男だよ。三咲君。びっくりした」
「あはは。度胸あるよね」
「正直去年は人付き合いNG系のガチ陰キャだと思ってたからさぁ」
「……」
そういえば亜里香と鋭登は去年同じクラスだったんだっけか。
少ない付き合いの人間にここまで言わせるとは、流石兄だと言わざるを得ない。
あいつは何故もっと普通に愛想よくできないのだろう。
別に会話能力に難があるわけではないのに。
「ってか瑠汰ちゃん良いなぁ。あたしも三咲君とお付き合いしたかったな」
「ねぇそれ本気で言ってるの?」
「もっちろん。おもろいじゃん三咲君」
亜里香が何を考えて生きているのか、私にはわかりかねる。
あの三咲鋭登と付き合いたい?
兄妹という関係を抜きにしたってありえない。
動物園に行った方が良い出会いがあるだろう。
「萌夏は嫌いなの?」
「嫌いじゃないよ。ただそんなに話したこともないからさっ。ほら、文化祭でちょっと関わったくらい」
「そっか」
今私は大きな嘘をついている。
そんなに話した事ないどころか私の記憶にある限りでは、奴と会話をしたことがない日なんて生まれて十七年間でほとんどないはずだ。
赤子の頃から泣き喚いて喧嘩をしていた。
「怖い顔してどしたの?」
「えっ!? なんでもないっ!」
「らしくないですよ萌夏様。笑顔笑顔」
「なにそれ」
おどけた顔を向けてくる亜里香に苦笑する。
と、亜里香は続けた。
「それにしても三咲君と瑠汰ちゃん、マジでどっかおかしいよね。あれだけ互いに大好きオーラまき散らしてて両想いなことに気付いてなかったなんて」
「こみゅ……こほん。距離感が近すぎたのかもね」
「なるほど」
うっかり素の状態でコミュ障陰キャだと言いかけたが、口をつぐむ。
とっさにそれっぽい事を言ってごまかした。
そのまま教室に帰ると、亜里香が言ってくる。
「今日これからカラオケでも行かない?」
「あ、えーと。やめとく」
「マジ? 珍しいね。用事あるの?」
「まぁそんな感じ」
「残念。萌夏様の歌声を再び聞きたかったよあちきは」
「誰なのその口調」
ちょくちょく変な事を言ってくる亜里香。
話していると自然に笑えるが、ツッコミもきちんと入れ込まなくてはならないのが難点だ。
とまぁそんな会話をしながら、私は一人校舎を出た。
少し、一人になりたかった。
◇
いつもは通らない、人通りのない道を通って帰宅する。
今頃兄は彼女と二人で下校デート中だろうか。
鋭登のにやけ面が容易に想像できて若干イラっとしたが、すぐに瑠汰のあの嬉し涙を思い出す。
「本当に、おめでとう」
あんなに可愛いのに何故鋭登なのかと思う所はあるが、まぁ二人のイチャイチャを近い距離で一か月見ていれば、おめでたい気持ちの方が勝つ。
なんだかんだあいつも良いところあるしね。
いや、それを打ち消すくらいのダメなところが大量にあるんだけど。
なによりあいつは卑屈すぎるんだ。
小学校、中学校の途中までは別にそこまでネガティブ人間ではなかった。
友達が多くはなかったけど、いつも笑顔で自分の芯はしっかりあるというか。
いや、そこに関しては最近も『ぼっち』という事を甘んじて受け入れる芯の強さがあったとも言えるが。
まぁそれはさて置き。
最近のあいつは自分はゴミクズですと言わんばかりの自虐だらけで見るに堪えなかった。
『どうせ無理』が標準搭載された高校生活を送る兄なんて、厄介でしかない。
「どうしちゃったのマジで」
思い出すのは小学校の頃、同級生の男子に泣かされていた私の頼りどころだった兄の背中。
中一の頃先輩に告られて悩んでいた私を諭してくれた兄の言葉。
しかしすぐに、つい先日文化祭終わりで萎えていた私を励ましてくれた兄を思い出す。
根本が変わったわけではないのだ。
今日も見て思ったが、卑屈なだけで度胸がないわけでもない。
あいつはやればできるはずなのに、逃げているだけだ。
それなのに。
『お前に俺の気持ちの何が分かるんだよ』
未だに思い出す中二の冬のこと。
初めて見た兄の真っ黒な瞳。
クラスの女子に告白をされたらしく、それを振って落ち込んでいた兄。
かなりこっぴどい振り方をしたようで、女子の方は号泣だった。
それに対してむかついた私は怒ったのだ。
しかし、得意げに兄の部屋に入った私を襲ったのは、予想しない言葉だった。
『なんでも上手くこなせてちやほやされて。生まれつきその容姿で生まれたお前には何もわからないだろ。お前の成功は努力の結果? そんなのわかってるさ。お前の努力を一番近くで見てきたのは俺だ。そして凄いと思ってるし自慢の妹だよ。でもな、その努力をしようと思えるのは、努力が報われると知っているからだ』
あの時、私は初めて兄からぶつけられる真っ黒な感情に頭が真っ白になっていた。
だからよく話を聞けなかった。
でも最後に彼が言っていた言葉は耳に残っている。
『俺は努力しても全部お前と比べられるんだよ。その差に落胆され、俺の価値は完璧美少女三咲萌夏の兄であるという事だけしかない。悔しいよ、俺には十四年間なんの価値もなかったんだから。簡単に俺の気持ちが分かるとか言うな。そういうの……迷惑なんだよ』
苦し紛れに出した最後の言葉が特に印象的だった。
まるで私の存在そのものが邪魔と言わんばかりの圧があった。
今思えば彼はその言葉を出した後、ヤバいって顔を見せていたが、当時の私は気づかずパニックに陥った。
あの日、兄はおかしくなった。
私の大好きだった兄は死んだ。
大嫌いな卑屈人間三咲鋭登が生まれたのだ。
その日は泣き喚いたのを覚えている。
あれから兄は私と家の外で関わろうとしなくなった。
どんどんおかしくなる彼の様子に加え、告白事件で女子に傷を負わせたことが広まり、学校のみんなも愛想を尽かしていった。
次第に兄の悪口が聞こえるようになったりして、私は鋭登を煩わしく感じるようになった。
自分を敵視している兄。
自分のコミュニティを破壊する兄。
友達を傷つけた許せない兄。
私はそんな兄に対してキツく当たるようになったと思う。
冷静に考えて、基本的に根が優しい鋭登が女子を理由なく傷つけたとは思わない。
何かがあったのだろう。
結局その女子の方がヘイトを収拾していたし、実際にあの子は鋭登の事を最後まで気遣っていた。
そのことからも何かがあったのはわかる。
でもだからと言ってあの日兄に言われた言葉は消えないし、鋭登がネガティブな人間になってしまった事実も変わらない。
そのまま双子の仲は悪化した。
気付けば今に至るというわけだ。
とは言いつつも、先程の光景や最近の兄を思い出す。
瑠汰と再会してからの鋭登は若干明るくなった。
兄の恋愛模様を全把握するハメになるのは正直気持ち悪かったが、まぁ楽しげなあいつの顔を見るのは悪くなかった。
『いつか絶対見返してやるからな』
この前ばあちゃんの家に行った時、あいつは確かにそう言った。
今後の兄には少し期待している。
いつか、昔みたいな鋭登が戻ってくると信じて。
「瑠汰、あんたにかかってるんだからね」
全てはあの生意気な碧眼巨乳にかかっている。
私はため息を吐きながら、歩みを進めた。
何はともあれおめでたい。
若干漏れる笑みを押し殺しながら、一人呟いた。
「よかったね」
◇
【あとがき】
大変遅れてしまって申し訳ございませんでした。
一月以上前に執筆自体は完了していたのですが、あまりにも回収が先になるため、投稿するのは避けていました。
本日は夜にもう1話更新されます。
よろしくお願いします。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます