第2章
第54話 素晴らしい朝
素晴らしい朝が来た。
人生の中で一番気持ちのいい朝だ。
朝日の差し込み角度、温度、目覚めの良さ、全てが完璧。
それもこれも昨日の出来事のおかげだ。
『その、対戦よろしくお願いします?』
俺の告白に対する、瑠汰の挙動不審な返答。
今思い返しても胸が熱くなる。
そう、瑠汰は俺の彼女になったのだ。
「最高だな」
これほど学校が楽しみな朝は高校生活で初めてだ。
浮かれながらトイレに向かう俺。
何の気なしにドアを開けると、そこには死という名の先客がいた。
「ッ!?」
「いや、そのっ」
「ひぃやぁぁぁぁぁっ!」
低血圧な妹の朝から元気な悲鳴。
それを聞いて俺は素晴らしい朝が早くも終了したことを悟った。
「……それでは」
「早く出てけ!」
俺は何も見ていない。
そう自分に言い聞かせながら、トイレの前で待つ。
しばらくすると妹が出てきた。
「……」
「何も見てません」
「死ね」
何も言い返す言葉がない。
強いて言うなら、こいつだって俺の着替えや風呂に突入した事があるくせにってことくらいだが、まぁ男女の差やトイレという事を考えれば可哀想か。
しかし一つだけ聞きたい。
「なんで鍵閉めてなかったんだ?」
「……忘れてた」
「おう」
「……もう! 私も悪かったですごめんなさい!」
「別に謝らせたかったわけじゃないんだが」
思春期の女子が同い年の兄にトイレを開けられる。
……どうなんだろうな。
家族ならギリギリ許される範疇だろうか。
考えていると、萌夏が居心地悪そうに口を開く。
「……死ねとか言ってごめん」
「は?」
「いや、黙ってるから傷ついてるのかと思って」
聞き間違えだろうか。
今、ごめんって言いましたこの妹?
俺が傷ついているか確認しましたかこの妹?
「お前は誰だ」
「なにそれきっも」
「やっぱ萌夏か」
ここまでスムーズに『きっも』が飛び出してくる奴はそういない。
とまぁ冗談はさて置き。
「これでおあいこ」
「この前の風呂凸の件だな」
「そう。お互いに水に流そう」
「風呂とトイレだけにってか、お前上手いな。あはは」
「……あんたそれ、瑠汰の前であんまり言わない方が良いよ? 面白く無さ過ぎてすぐ振られちゃうから」
「……はい。ごめんなさい」
やはりどこか抉られる兄なのであった。
‐‐‐
「お、おはよう」
「おはよう」
「えへへ……き、緊張するな」
「そうか?」
「なんで君はそんなに平気なんだよ!」
朝からテンションのおかしい元カノ兼今カノのご尊顔を眺める。
彼女は不機嫌なのか上機嫌なのかよくわからない顔で俺を見ていた。
「いやその、お前と付き合えるようになって嬉しいってのはあるけど、緊張はしないだろ。長い付き合いだし」
「嬉しい!? ってそうか……両想いなんだもんな? そうだよ、両想いじゃん!」
「お、おう……」
一々大声で確認しないで欲しい。
流石にここまで過剰な反応をされると、俺も照れてしまう。
と、そこで彼女の異変に気付いた。
「そういえば本当に普通のコンタクトに戻したんだな」
瑠汰の瞳は馴染み深い青色に戻っていた。
やっぱりこっちの方が可愛い。
「べ、別に君の好みに合わせようとしたわけじゃないんだが?」
「俺はそんなこと言ってないけど」
「……変じゃない?」
「変じゃないよ。可愛い」
「ッ! そ、そっか……えへへ」
何だこの可愛い生き物。
顔を赤くして謎に頷く瑠汰は、女子高生には見えない。
それこそ中学生くらいに見える。
もっとも、以前付き合っていた時とほぼ同じ反応だ。
「髪色は戻さないのか?」
聞いてみると、瑠汰は苦笑する。
「流石にハードル高いよ……先生には好きな方の色で良いって言われてるけど」
「へぇ」
「君はその、見たいのか?」
「えっ?」
まさかの質問に変な声が出た。
「そりゃ、見たいけど」
「そ、そっか……って別に君の好みに合わせようとしてるわけじゃないんだわ。勘違いすんなし」
「おう」
「……でも、いつかな」
気が向いたらと付け加えて笑う彼女に、俺も口元が緩む。
いつになるかわからないが、楽しみで仕方がない。
と、クラスの視線を独り占めしていることに気付き、俺達は顔を赤く染めて俯いた。
そんな付き合い始めて最初に迎えた朝だった。
◇
【あとがき】
第53話をすっ飛ばしているのはミスじゃないです。
告白イベント後の萌夏サイドのお話を入れる予定……というか執筆中なのですが、かなりシリアスなので整合性とヘイト管理が難しく手こずっていまして、まだ投稿できる段階にないだけです。ごめんなさい!
近々あげられたら……とは思いますが、正直悩んでます。
と、つい日記みたいになってしまってすみません。
とりあえず新章開幕です!
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