第55話 アタシ縛られるの好きかも……♡
そんなこんなで迎えた朝礼のこと。
「あ、今日はお願いがあるんだった」
思い出したかのように手を打つ担任の金木先生。
年齢は二十代前半と若く、短めの黒髪な女性だ。
身長も150cmアンダーで全体的にちんまりしていて、生徒からも人気のある国語教員。
これでバスケットボール部の顧問として活躍しているというのだから凄い。
彼女の人気にはいわゆるギャップ萌えという効果も働いている。
と、先生は教室隅の瑠汰の方を見て言った。
「来週末に中学生の体験入学があるんだけど、朱坂さんに軽くお話をしてもらうことってできるかな?」
「えっ!?」
突然の話に当然飛び上がる瑠汰。
先生は肩を竦める。
「ほら、この前の文化祭で大人気だったでしょ?」
「あ、アタシより四組のもか、萌夏ちゃんの方が人気だったのではっ!?」
「うん。だから三咲さんと朱坂さんの二人で」
「萌夏ちゃんとアタシ!?」
素っ頓狂な声を上げる彼女。
しかしすぐにここが教室で、約四十名に自身の声が駄々洩れなことに気付き、彼女ははっと口をつぐむ。
沈黙を遮るように渡辺君が声を上げた。
「いいと思いまーす。絶対受験倍率あがるって」
「それな」
誰かが賛同するような声を上げ、さらに盛り上がる。
しかし、当の瑠汰は萎縮するだけだ。
うーん。
「嫌なら嫌って言っていいんだぜ?」
「……うん」
こっそり言うと、彼女はぎこちなく頷く。
どうやら満更でもないらしい。
ただ勇気がないと。まるでいつぞやの文化祭を思い出す。
「あの先生、それもう一人足せないの?」
「ん? どういうこと?」
「瑠汰ちんは二人で一つだからさ、ね? 三咲君?」
「おう」
やはり同じことを考えていたか与田さん。
あの時も、俺が一緒ならと瑠汰は売り子を引き受けた。
隣を見ると、期待の込められた目で俺を見ている。
仕方ないな。
「先生、俺からも良いですか? 邪魔だって言うならアレですけど」
「三咲君? え、大丈夫なの?」
金木先生は驚いたようにくりっとした目を見開いた。
それを見て与田さんが噴き出す。
「先生、瑠汰ちんも彼氏と一緒じゃないと嫌だと思いますよ~」
「ちょ、何言ってんの!?」
「あ、そう……」
先生は確認するような神妙な目つきで俺を見る。
だから俺は頷いて見せた。
「わかった。二人も一人も変わらないし、大丈夫でしょ」
「よかったね瑠汰ちん」
「瑠汰ちゃんおめでと~」
「う、うっさいわ!」
クラスから上がる祝福の声に顔を真っ赤にして言い返す瑠汰。
可愛いもんだ。
と、ふと前を見ると先生はまだ俺の事を心配そうに見つめていた。
◇
当然だが、俺と萌夏の関係を担任は知っている。
そもそも重要書類には同じ住所が載っているし、俺達の秘密なんて先生じゃなくても調べようと思えばいつでも調べられる代物だ。
だが、住所まで特定しようとする厄介ファンが萌夏にいないのと、そもそも三咲鋭登という超絶空気君の住所を知りたがる奴などいないため、今までバレずに通せてきた。
ただ、担任は家庭訪問や面談等で母と顔を合わせているし、うちの家庭状況も把握している。
勿論俺と萌夏が互いの事を隠したがっていることも知っているし、口留めも親を巻き込んで行っていた。
だからこそ、そんな俺が萌夏のいる場へ自ら向かう事に驚いたのだろう。
まぁ他の奴らは事情を知らないため、ただ陰キャな俺がしゃしゃり出た事に先生が驚いたと思ったんだろうが。
「大丈夫なのか……?」
「何が?」
「いや、ほら。演技派の猛獣が暴れないかって」
「……」
心配そうに言葉を選びながら言ってくる瑠汰だが、本人が聞いたらブチ切れ必至だろうな。
それにしても猛獣とはよく言ったモノだ。
「まぁどうにかなるだろ」
「アタシのせいでまたごめん……」
「気にすんなって。第一、自分の彼女がガキどもに変な目で見られる方が嫌だし」
「えへ、えへへ。意外と独占欲が強いんだな」
「ッ!?」
「案外アタシ縛られるのも好きかも。……って違う! なんか卑猥なんだが!?」
顔を真っ赤にして訂正する彼女。
前半おかしなことを言っていたが、まぁ気の迷いだろう。
確かに、束縛気味になるのはよくないよな。
気をつけよう。
「また忙しくなるな」
「うん。でも賑やかな高校生活もいい」
「あぁ」
二人なら、瑠汰と一緒ならどんな行事も楽しめる。
なんて、この時の俺は楽観していた。
文化祭を仲間と共に成功させ、瑠汰と付き合う事ができて気が緩んでいたのだ。
だから見落としていた。
自分の犯した重大なミスを。
それに気づくのは、まだ先の話。
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