第93話 再会

 電車で一時間ほど揺られて、私は二年ぶりに地元の地を踏んだ。

 呆れるほど変わらない街並み。

 知り合いに遭遇しないよう、私はうつむき加減で歩く。


 目深に被った帽子、そして普段は着ない地味目の服装。

 ついでに今日はコンタクトもつけなかった。


 完全防備でしばらく歩き、目的地である一軒家に辿り着いた。


「ふぅ……」


 深呼吸して心を落ち着かせる。

 久々の玄関を前に、どうも足が震える。

 どんな顔をして入ればいいのだろうか。

 と、そんな事を考えていると。


「あ、萌夏ちゃん来てたの? 入ってよ」

「うん……」


 丁度玄関が開いて夢乃が顔を出す。

 私はそんな彼女に連れられて家の中に入った。



 ‐‐‐



「来てくれてありがと」

「あんな脅迫染みた事されたら来ざるを得ないでしょ……」

「あはは。冗談のつもりだったんだけど」

「それなら”笑”くらいつけてよっ!」

「あははっ。そだね」


 へらへら笑う夢乃とはどうも話しにくい。

 久々の佐々木家にお邪魔しているというのも、アウェー感が増してきて厄介だ。

 妙に緊張して体が強張る。


「そういえば健ちゃんは?」

「今図書館で課題やってる」

「……はぁ?」


 他人を呼び出しておいて何をやってるんだあいつは。

 なんて思っていると夢乃は笑う。


「お兄ちゃんには言ってないからね。今日萌夏ちゃんが来ること」

「えっ?」

「そもそもわたしは約束を守って誰にも喋ってないんだよ? あの日に萌夏ちゃんと鋭登君を光南高校で見つけた事」

「ありがとう。夢乃は優しいね」

「見くびらないで欲しいな。まぁふざけた文章送ったわたしが言うのもなんだけどっ」


 また笑い声をあげる夢乃。

 しかし彼女はそのまま真顔になって私を見つめた。


「でも、お兄ちゃんにやった事、わたしは大人げないと思ってるから」

「……知ってるの?」

「勿論。まぁわたしは望み薄だと知ってたから、萌夏ちゃんが呼び出しを無視したことも納得だったけど」

「……」

「でもだからといって逃げたのは悪手だよ。本来わたしが首を突っ込むのはお門違いだけど、恋愛感情抜きにしても十年来の幼馴染でしょ? 急に音信不通になるのは流石にね。好きだっていう想いも伝えられずに縁が切れるのは……本当に辛いもん」

「……そうだね」


 夢乃も辛かったのだろう。

 そういえばこの子は鋭登が一人になっても、一緒にいようとしてたっけ。

 そう思うと、この前遭遇したのは不運だと言う他ない。

 あの後、家に帰ってまた泣いただろう。


「今日はそのためだけに私を呼んだの?」

「違うよ。本当は単に話したかっただけ。久々に会えたのに、ロクに会話する機会もなかったからさ」

「……ごめん」

「萌夏ちゃんが謝る事じゃないじゃん。それに鋭登君だって仕方ないし。あんなカッコいい人に彼女ができないわけがないもん」

「それに関して理解不能なんだけど」

「何言ってるの? 萌夏ちゃんが小学三年の頃、地区のクリスマス会で手編みのマフラーを鋭登君にあげてたの知ってるよ?」

「……あ、あれは仕方なく」


 なんでそんなに絶妙な思い出話を引っ張ってくるんだこの小娘は。


 私だってまだ覚えている。

 鋭登が寝た後、母親と一緒に一生懸命準備したプレゼント。

 当日渡すと奴はロクに感謝もせずに、すぐに汚していた。

 あれを見た時はショックで泣いたっけな。


 まぁなんだかんだ、お洒落に頓着の無い鋭登は中一の冬まで使ってくれていたが。

 結局私の方が恥ずかしくなって着けるのをやめさせたのだ。

 今も持っているのだろうか。


「まぁいいや。お兄ちゃん呼ぶね?」

「……うん」


 今日の一番の目的はそれだ。

 過去と向き合うために、私はこうしてこの場にいるのだ。



 ‐‐‐



「萌夏……?」

「ひ、久しぶり~」

「お前なんで……今まで二年も連絡すらつかなかったのに」

「……ごめんね。端末変えたから」


 久々に見た幼馴染は、なんていうか。

 有り体に言うとかなりカッコ良くなっていた。


 身長は高く、髪型も爽やかな短髪で、日焼けした肌とマッチしている。


「じゃ、そういう事で」

「おい! 説明しろよ!」

「萌夏ちゃんに聞いて」


 健ちゃんを召喚した夢乃は悪い笑みを浮かべながら早々に退場した。


 夢乃の部屋に幼馴染の男と二人きり。

 非常に気まずい状況だ。


「……何してたんだ、今まで」

「高校生活だよ」

「そりゃわかるけど……え、何高?」

「言いたくない」

「……」

「あ、ごめん!」


 無意識に壁を作ってしまい、健ちゃんは黙り込む。

 これじゃ駄目だ。


「えっと、最近どう?」

「どうって、普通だよ」

「え、えっと……」


 ヤバい。言葉が出てこない。

 普段は気さくでコミュ力のある完璧女子高生を演じているというのに、なんという失態だろう。

 自分の無力さに苦笑が漏れる。


「萌夏は、どうなんだ?」

「……ぼちぼち、やってるよ」

「あいつは……」

「ッ!」


 自然な流れで鋭登の話題を出す彼に、つい反応してしまった。


「一緒に暮らしてるんだろ?」

「うん」

「……まだ、おかしくなったままなのか?」

「……」


 おかしくなったまま。

 中二の冬のあの事件以来の話だろう。

 健ちゃんと鋭登の関係が終わったのも、それがきっかけだった。


「ううん。いい感じだよ」

「そうか……」

「今は彼女とデート中かな」

「彼女!? あいつに!?」

「何その反応。サイテーなんだけど」


 笑うと、健ちゃんも苦笑する。


「だってあいつ……って、お前も彼氏できてたりするのか?」

「……」


 恐る恐る聞いてくる彼に、私は黙る。

 今の声のトーンだけで、健ちゃんがまだ私の事を意識しているのが分かってしまった。


「……いたら、どうする?」

「……泣くかも」

「なんで?」

「お前の事、好きだから」


 流れるように想いを伝えられ、私はこぶしを握り締める。

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