第94話 禍根

「ごめんね」

「付き合ってはくれないか」

「……ごめん」

「……いや、そうだよな。俺の方こそ急に悪かったな」

「大丈夫」


 頭を掻いて照れくさそうに言う健ちゃんに、罪悪感が湧く。

 最初からこれでよかったのだ。

 なのに、二年前はできなかった。


「無視しててごめん」

「いいよ、気まずかっただろうし」

「ありがとう」

「よせって。そういうのは。俺が勝手に好きになって告白しただけなんだから」

「……」


 勝手に好きになって告白しただけ。

 確かに事実だが、断る方も断り方というものがある。

 私が振るのを躊躇って逃げたのは、身近の例を恐れたせいだ。


 鋭登は女子に告白をされてそれを振った。

 事情はどうであれ、女の子を大号泣させていた。

 当の本人もそれ以降明らかに引きずっていたし、色んな関係性が崩壊した。


 そういうのを目の当たりにしたこともあり、怖かった。

 恋愛感情はないにしろ、幼馴染として仲良しだった健ちゃんを傷つけて、関係が壊れるのを嫌ったのだ。

 まぁその結果として音信不通になったのは我ながら最悪だと思うが。


 だけど、引っかかる。

 それだけじゃない気がするのだ。

 色んな男子に告白されてきたが、いつも少しは揺らいできた。

 私だって恋愛への興味もあるし、色んな欲もある。

 恋人の一人でもいたらどんなにいいかと思う夜もある。

 特に瑠汰と鋭登を見ていると、孤独を感じる日もあった。


 そんな中で、明らかに私にとって一番身近で仲が良かった健ちゃんに対して、微塵も付き合おうと思えなかったのは何故だろう。

 距離感が近いからだと思っていたが、今こうして久々に会っても違和感がある。


 と、黙っている私に彼は気まずくなったのか、あいつの話をした。


「鋭登は彼女いるんだよな?」

「……うん」

「可愛いのか?」

「うん」

「お前より?」

「何言ってんの。当たり前でしょ」


 迷わず答えると、健ちゃんは目を丸くした。


「おいおい、どんな女子だよ。お前より可愛いなんて、女優か何かか?」

「演技の一つもできない可愛い子だよ」

「へぇ」


 真っ直ぐな性格の、本当に可愛い女の子だ。

 捻くれ曲がって、性格最悪の私とは大違い。

 瑠汰の真っ直ぐなところには惹かれるものがある。


「でも、なんかおかしな話だよな。三年前に一人の女子の好意を踏みにじった奴が、今は呑気に彼女とデートとか。……世界はよくわかんねぇな」

「本当にね」

「はぁ……俺も彼女欲しいわ。頑張らねえと」

「うん」


 前を向く健ちゃんの横顔には寂しさも感じられたが、それ以上に憑き物が取れたようだった。


 そこからは夢乃を加えて昔の話をした。

 小学校の頃に遊んだ思い出や、学校での出来事を掘り返して笑い合った。

 だけど、異常なくらい中学の頃の話はしなかった。

 出来なかった。

 鋭登の話題を出すことは躊躇われたのだ。


 これは私が奴と自分の高校生活を隠そうとしているため、健ちゃんも聞きにくかったというのがあるだろう。

 しかしそれ以上にやはりしこりになっているのだ。


 鋭登はあの事件をきっかけに、連絡先リストから友達を全員ブロック削除していたし、健ちゃんもその一人。

 いくら私への想いはけじめがつけられようと、もう一人の幼馴染との禍根は残ったままだ。

 だけど、どうすることもできない。


「じゃあ、私帰るね」

「おう」

「じゃあね萌夏ちゃん」

「うん」


 元気に手を振る夢乃に、私も手を振り返す。


 そういえば夢乃は私とどうやって知り合ったのかについて、適当にはぐらかしていた。

 高校の体験入学会に行ったことすら話していない様子だったため、私と鋭登が光南高校にいるという事も知る由がない。

 こればかりは夢乃の性格に感謝だ。


 そうして私は幼馴染の家を出て、駅へと引き返す。

 だがしかし、一つミスをしていた。


「……萌夏ちゃん?」

「ッ!? 奈菜?」


 声を掛けられ、ハッと気づく。

 向こうの家で帽子を脱いだままだったのを忘れていた。

 これじゃ私の正体が見つかるのも当然だ。

 しかし、最悪だ。

 一番見つかりたくない人に会った。


「久しぶりだね」

「う、うん」


 奈菜は同じ中学に通っていた女子。

 そしてあの出来事の渦中にいた人物。

 三咲鋭登に告白したその人だった。


「ちょっと、話さない?」

「……うん」


 断る口実も見つからず、私は頷いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る