第95話 胸騒ぎ

 私達はそのまま駅内のファストフード店にやってきた。

 どうやら奈菜は塾帰りだったらしく、お腹が空いていたとの事。

 話をする場としてはややうるさいが、静まり返った場所で話すのも緊張する。


「二年ぶり、だね」

「ほぼ三年ぶりだよ?」

「……うん」


 私の言葉に奈菜は俯いてしまう。

 実際、鋭登との騒動があって以来奈菜は私を避けていたように思える。

 自分をあんなに酷い振り方した奴の妹なんて複雑な存在でしかないため、当然だという他ないが。


「萌夏ちゃん、引っ越したんじゃなかったの?」

「今日はちょっと所用で寄ったんだよね」

「あの、鋭登君は……?」


 恐る恐る聞く彼女。

 若干震える肩を見るに、まだトラウマになっているのが分かった。

 こういうのを見たら、薄れかけていた鋭登への嫌悪感が蘇る。


「あいつはいないよ」

「そっか……」

「あんな事、三年程度じゃ忘れられないよね……でも大丈夫! あいつよりいい男子なんてこの世界にはたくs――」

「ぐすっ」

「え?」


 慰めようとしたが、何故か奈菜は泣き始めてしまった。


「大丈夫? 何か気に障るような事言ったかな?」

「違うの……全部違うの!」

「え?」

「悪いのは、全部私なの……」


 大粒の涙をこぼしながら語る奈菜に、私は呆気にとられる。

 私のせい?

 どういうことだ。


「鋭登君は、悪くない……!」

「……」


 何を言っているのかまるで理解ができない。

 だって、私が鋭登に聞いた話は紛れもなくあいつがクズなだけで、奈菜は何も悪くなかったからだ。

 そもそも、実際にこの目で兄の酷い行動を見た。


 最初はただ告白を振った事実だけ友達から聞いたが、その後の大事件は目の当たりにした。

 告白の次の日、放課後に何か話しかけた奈菜に対して鋭登はドスの利いた声で『ふざけんな』と言っていた。

 あれで奈菜は大泣きし、学年全員から鋭登は顰蹙を買ったのだ。


 告白を振った理由や、その『ふざけんな』発言の意図は本人に聞いた。

 奴は面倒くさそうな顔で言い放ったのを覚えている。


『全然タイプじゃなかったからウザくて振った。それでもしつこく話しかけてきたから強い言葉で黙らせた。あそこまで言えば二度と話しかけてこないだろうな。ははは』


 あの時、私は言葉を失った。

 人が傷つくようなことは言わなかったし、私に何かあった時に励ましたりしてくれた優しい兄の姿は跡形もなかったから。


 そういう背景を私は知っているのに。

 何だろうこの胸騒ぎは。

 何だろう、この取り返しのつかないミスを犯した感覚は。


「ちょっと待って。あんた、鋭登にこっぴどく振られたんでしょ?」

「……」

「え? 何か言ってよ!」

「言えないの!」

「……ッ!?」

「あ、ごめ……」


 急に大きな声で反論され、驚いた。

 しかし、そんな私に奈菜は続ける。


「……鋭登君との約束だから、私は何も言えないの」

「……嘘なの? あいつがあんたに対して言ったっていう酷い言葉は、全部嘘なの?」

「……言えない」

「ちょっとふざけないで! 話が見えない!」


 私は困り果てていた。

 頭がおかしくなりそうだった。

 仮にあいつが言ったサイテーな文言の数々が全て嘘だったとして、私は今まで何をしてきたんだ?


「じゃあなんなの」

「悪いのは、全部私」

「意味わかんない」

「だろうね。ごめん……」


 鼻をすする音が聞こえ、居たたまれない気持ちになる。


「ごめん。本当はこんな話する気じゃなかったんだけど、つい……」

「私が余計な事言っちゃったからね」

「……」


 最悪だ。

 ここで話は終わり?

 そんなのあんまり過ぎる。

 だがしかし。


「これ以上話す気はないんでしょ?」

「……私、もう鋭登君を傷つけたくない」

「……わかった。帰る」

「ごめん……本当にごめん!」


 全ての意味が分からない。

 何を言っているのかも理解できないし、何を隠しているのかもわからない。

 店から出てホームに向かって歩きながら、私はバッグから帽子を取り出す。

 そしてそれを目深に被る。


「怖い」


 家に帰るのが怖い。

 何より、あいつの顔を見るのが怖い。

 兄が何を考えて生きているのかまるでわからない。

 怖い。


『お前に俺の気持ちの何がわかるんだよ』


 電車に乗った後、ひたすらに三年前のその言葉が頭を回る。

 よくよく考えれば、あの告白をされた当時、鋭登には瑠汰という彼女がいたことになる。


 私は実の兄の事を何も知らない。

 知ろうともしなかった。


 また拒絶されるのが、怖かったから。

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