第17話「ファントム・キャビンと魔導師ゼマティス」


「こりゃ!トラオ。お前はまた庭の池で飼ってる、マッシュルーム・フィッシュを食いおったな!!希少種じゃと言ってるじゃろう!!」



「耄碌爺はコレだからダメだニャ!!居なくなったらまた探せば良いニャ!丸々太って美味い魚を今食べずに何時食べるニャ!!」



 朝からトラオはやらかした……そのせいで珍しくゼマ爺が声を荒げて怒っている。


 それもその筈だ……マッシュルーム・フィッシュと言うのは、絶滅危惧種であり身体に水キノコという物を生やす怪しい魚だ。



 自給自足で生きられる魚だが、そのキノコが美味しいそうだ。


 ちなみに食べるだけじゃ無く、魔法薬の素材にさえなる。



 その所為で、乱獲されてしまったそうだ。



 だからこそゼマイティス邸の裏庭で生け簀を作り、繁殖させているのだが……


 ワタシが連れ込んだ不良猫、トラオの仕業でまたもや絶滅の憂き目に立っている。



 当の私は、トラオの行為を止めようと追いかけ回した結果……その池に派手にダイブした……


 頭から爪先までビチョ塗れの濡れ鼠だ……


 

「ゼマ爺も馬鹿ならコバトも同じニャ!服ごと水に入る奴なんか初めて見たニャ!」



「服のまま入ったんじゃないでしょう!!アンタの行為を辞めさせようと抑え込んだら、トラオ……アンタが風魔法で吹き飛ばしたんじゃない!!」



「そうじゃぞ!トラオお前は飼い主を濡れ鼠にした挙句に、貴重な魚を半分も食い散らかしたんじゃ!!」



 トラオはそれを聞いて……『あんな魚、エルガリア渓谷の沢に行けば腐るほど居るにゃ!!絶滅危惧種とか言っている人間がおかしいニャ!!』と言い始める……



「な!?なんじゃと!!トラオ……それは本当か?あの魚が……自然繁殖している場所があるのか?」



「だから何度も言ってるニャ!エルガリア渓谷の西の沢に山程居るにゃ……たまに行って食べてたけど、ゼマ爺の庭に居るならここで食えば良いと思ったにゃ!」



 そう言ったトラオは『ゼマ爺も意外と馬鹿で頑固の耄碌爺だニャ……そもそも繁殖方法が間違えてるニャ!』と言う……



「何を偉そうに!!トラオがマッシュルームフィッシュの繁殖で何か知ってるなら言ってみなさいよ!!ゼマ爺が苦労してここまで増やしたんだから、貴方には責任取る必要だってあるんだからね!」



「マッシュルーム・フィッシュは澄んだ水があって、勢いよく流れる沢を回る様に泳ぐニャ!此処には回転する面積も無く、水が澱んでるにゃ!!コレじゃ増えないのは当たり前ニャ!!」



「な!?なんじゃと?……トラオお前は何でそんな事知ってるんじゃ?」



「決まってるにゃ!繁殖方法を聞いたからだニャ?ゼマ爺は耄碌を通り越して脳味噌溶解したニャ?」



 ワタシはそれを聞いてトラオを引っ掴んで、窓の外へ放り投げる……



「アイ!ニャン!フニャーイ!!…………」



 憎ったらしく馬鹿にする様にそう言うと、トラオはふよふよと飛んでいく……



 飛べる事がコレほど憎たらしいと思った事はない……


 戻ってきたら最後……シャーク・プラントとタイガー・プラントの柵に放り込んでやろう。



 そう思っている私とは裏腹に、ゼマ爺は何やら考え込んでいる。



「ウム……まぁ嘘かもしれんが……やってみるかのう……」



「ええ!?本気ですか?……ゼマ爺駄目ですよ!!あのトラオですよ?嘘ですって……」



「じゃがのぉ……コバト。マカニキャットのトラオが、儂に嘘をつく意味も無いと思わんか?どうせトラオの事じゃ……増えたらまた魚が喰えるとしか思っておらんじゃろう……」



 私はゼマ爺の言葉を聞いて『う……たしかに……トラオに嘘をつく得はないな……』と思ってしまう。



「それよりコバトや……もう数日で、いよいよワシは旅に出にゃならん。そこで……ちょこっと頼まれてくれんか?」



「早いですね……色々この世界の事を教えて頂いたんです!全然平気ですから。何でも言ってください!」



 そう言ってから『ワタシは何をすれば良いのか』とその頼まれごとの詳細を聞く……



「コバトには魔法の基礎を教えて来たじゃろう?この屋敷の管理を頼みたいのじゃ!」



 そう言ったゼマティスは『この屋敷も誰もおらんと魔力供給が途切れてしまう。何時もは精霊に頼むんじゃが……魔石代も馬鹿にならんのじゃ』と言う……



「分かりました!コバトはゼマ爺が帰ってくる迄その使命を果たします!」



「そんなに畏まらんでも平気じゃぞ?……単に幻覚の古龍、リナリアの龍魔石に魔力を供給するだけじゃ。何時もやってる事じゃからな?」


「は……はい?何時もやってる?」



「そうじゃぞ?何時も朝一で供給しておるじゃろう?魔石に?」



 とんでも無い事をカミングアウトするゼマ爺は、事もあろうに龍魔石に魔力供給をしていた事を言い放つ。


 私は『大きな魔石程度に思えば良い』としか聞いていないのだ。



「そ……そういう危険事項は……やる前に言って欲しかったです……」



「言ったら怖いと言ってやらんじゃろう?コバトは……」



「そうだニャ!ビビリのコバトは言うだけ無駄にゃーーーーーー!?帰ったばかりなのに投げるんじゃないニャー!!…………」



 投げ飛ばされたトラオの声は、どんどん小さくなっていく……ちなみに、どうやら私の役目は不在時の屋敷管理の様だ。



 ゼマ爺曰く月に1度屋敷に来て、幻覚コアに魔力を充填する仕事だという。


 実のところゼマ爺の屋敷は、本来の形を偽って表現している。



 色々なマジックアイテムを所有している魔導師ゼマティスは、それを狙う他の魔導師への防衛の観点から、屋敷全体へ幻覚を施している……と言うわけだ。

 


 ◆◇



「じゃあ行ってくるぞ?コバト……くれぐれも一人で夜歩きだけは辞めるのじゃぞ?」



 そう言ったゼマ爺は『トラオ……お前は何時もはアテには出来んが……飼い主を護るのが使い魔の役目じゃ……』と言う。



 するとトラオは面倒臭そうに『くあぁ』と欠伸をして……『耄碌爺よりまともに仕事するニャ!爺さんは早よ行って、早よ帰るニャ!』と言う。



 面倒くさそうな態度の様にも思えるが、トラオは別れが嫌いなのだろう……私にはそう思える言葉だった。



 屋敷管理の話の後、あっという間に日が経った……


 その間も畑の管理やら魔法学の勉強やら、この世界の常識なども含めて詰め込む事が沢山で、別れる事について1日とて悲しみを感じる時間などなかった。


 その所為もあり、唯一頼れる肉親の様なゼマティスさんが居なくなる事を実感した途端、涙が溢れて止まらなかった。



 しかしトラオは珍しく足元に擦り寄っていて、揶揄う様な事がなかった……



「コバト言い難いけど、街までの馬車が来たニャ………泣いて無いで行かないと駄目ニャ!」



 そう言ったトラオは『次の馬車は夕暮れニャ……ゼマ爺の言い付けは弟子は守らないと駄目だニャ!』と言う。


 ゼマ爺もその事を危惧して、私に荷物の準備をさせていた。


 

 だから泣く暇など今私には無い……


 早くバケットの街に移動せねば、闇に蠢く物『ハイド』に襲われる可能性が高い。



 ちなみに私は夕暮れにうっかりと外に出て、襲われた事が3回あった……



 しかしその全てにおいて、トラオが庇ってくれたのは意外であった。


 その後はゼマ爺が遠くから魔法でハイド達を消滅させていたので、倒せない相手では無い様だ。



 ゼマ爺やトラオにはあまり襲い掛かろうとしないハイド達だが、私については何故か別で目が合うと間違い無く襲ってくる。



 ハイドには強い光や篝火がある場所を避ける性質があるのか、一定距離迄は寄って来てもそこから先へは近づいて来ないと言う。



 そして防御結界がある街に向かえば、私は安全に暮らせるとゼマ爺は言った。


 

 しかし同時に、私を前にしたハイドは今までの動きとも違いが見れるとも言ったのだ……


 だから私はゼマ爺の言い付けを守り、夕暮れからは一人で居てはいけなかった……

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辺境の人形師 ZOMBIE DEATH @zombiedeath

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