第2話 老舗ホテルのFD3S

同窓会がこんなに大変なものとは思わなかった。


あと2週間、毎週都内の会場用ホテルで打ち合わせである。

多少ウンザリしつつホテルの地下に黒いメルセデスS204型を停めようとして、

赤いFD3Sが停まっているのを見つける。


反射的に隣に駐車した。


都内の老舗ホテルにこんなにも似合わないクルマもないのではないだろうか。

赤い車体にボンピン

(ボンネットを改造したため純正では留まらなくなっておりピンが必要になった)

で留まったカーボンボンネットにGTウイング付きのFD3S。


エンジンの熱が抜けにくい構造のFDではボンネット加工は定番だ。

空気抜きのダクト付きカーボンボンネットは軽量化にも貢献するパーツの1つなのだ。

わざと色は塗らずに、

カーボンであることを誇るかの様にクリアを吹いてそのままのユーザーが多い。

シートは2つとも赤いフルバケットシートに換装されている。


ということは…タイヤを見るとフロントはヨコハマAD08ネオバ、

リアはヨコハマAD08Rネオバだ。

とても高価なハイグリップラジアル、つまりサーキット仕様である。


フロントがひと世代前なのは駆動方式がFRで

リアが先に減ってしまったためにリアを先に交換したのだろう。


タイヤはキッチリ端まで使われていて気持ちがいい。

リアだけしか見えないが片減りなどはしていない様だ。

タイヤにはオーナーの腕が如実にでる。


ぱっと見、車体外見は車体色もクスみ始めており、

キレイとは言い難いが、既に製造中止して

最終型から10年以上経っているクルマなので致し方なかろう。


本気でサーキットを走っていることはフロントの飛び石の多さでわかる。

オーナーはきっとこのクルマを愛してやまないのだろう。

かなり走り込んでいる車体だ。キレイにするより、

ベストな状態で走ることに重きを置くオーナーと推察する。


同じFD3Sオーナーとして気があうタイプの方の様だ。

ちなみに掃除嫌いな私のFDは黄色い1型である。

既に車体年齢は20年を軽く超え、走行距離も13万キロだ。


ウチのFDはクスむどころか、前後バンパーと車体の色が違い、

あちこちクリアもハゲてしまい散々だったが、

さすがに見かねて全塗装したので今は綺麗だ(笑)


おっと、駐車場で油を売っている暇はないのだ、打ち合わせに向かう。


老舗ホテルの宴会打ち合わせスペースは

結婚式の打ち合わせスペースも兼ねており、

結婚式を控えたカップルが多数いた。


ひとしきりこちらの打ち合わせが終わり、

ホテルが出してくれたコーヒーを飲んでいたが、

隣の打ち合わせの内容がふと耳に入ってくる。


「…そこはちょうど耐久の日だから…」


耐久…結婚式場に似つかわしくない単語だが、

驚いたのはその単語を発したのが女性だったことだ。


反射的に真正面から見たくなる衝動を抑えて、視界の端に入れるにとどめる。


「いつもサーキットを走ってるんだから、結婚式の日ぐらい合わせなよ」


こちらは彼氏側。

通常だと逆の構図だろう。

おととい読み直した頭文字Dでも勝負タイヤを買うために

彼女にお金を貸してくれとねだるロドスタNAの彼氏の話があったが、

まさかさっきの赤いFD3Sのオーナーが女性だったとは驚きである。


彼女:「いやその日はxxさんと一緒に走る約束になってるからダメなの、

ゴメンなさい。いつものスポーツ走行枠なら別日にも出来るんだけど…」


彼氏:「でも大安で週末ってこの辺ココしかないんだよ?」


彼女:「ゴメンなさい…」


おいおい、そこまでして走りたいんだから許してやんなよ。

一世一代の花嫁姿よりもサーキットで走る方を選ぶ彼女に激しく心動かされた私は、

一気に彼女の味方である。

もちろん声に出さずに心の中だけだ。


彼氏:「まあいいか…仕方ない。じゃあ七曜は無視するってことでいいね?」


彼女:「いいわ」


彼女の願いが聞き届けられた様だ、ホッとした。

視界の端の中にいるカップルを観察するに、

2人の年の頃は30になるかならないかというところ。

彼女は水色のカーディガンを着て白いブラウスといういでたち。


髪は少し脱色していて栗色だ。

色白で小顔である。今時の美人と言っていい。

座っているので正確には分からないが身長は160センチくらいだろうか。

先日のDC2の彼女よりは大柄だ。


しかしローポジションのフルバケットシートでは

ハンドルの間から目がのぞく感じにはなるだろう。

彼氏の方は角度的によく見えない。


それではxx様、ご指定の期間での週末の空き日の日程は

4日程となりますので、ご検討ください。


ホテルの宴会係が説明している。


彼氏:「ちょっとトイレに行ってくる」


宴会係:行ってらっしゃいませ。


私よりも少しだけ若く見える(つまり40台前半)宴会係と彼女の2人になると、

彼女はおもむろに話し始めた。


彼女:「最近の男性はスポーツカー好きが少なくて困ります。

(宴会係)さんはお好きではないのですか?」


宴会係:「そうですねぇ、我々世代ではクルマは必須の遊び道具でしたので

比較的好きな人が多いとは思います。

(彼氏)さんはクルマはお好きではないのですか?」


彼女:「まあ文句は言わない方だと思うのですが、

軽自動車のワンボックス型に乗っていて余り走らないのですよね」


宴会係:「(彼女)さんのクルマはどんなクルマなのですか?」


彼女:「私のクルマですか?10年以上前の赤いマツダのスポーツカーです」


やはり!


ホテルの地下駐に他にスポーツカーはいないと思っていたが、

本人の口から聞ければ間違いない。あの赤いFDのオーナーは彼女なのだ。


彼女の口調からは、古いスポーツカーを溺愛しながら、

手を入れ続けて走らせているオーナー独特の自慢げな雰囲気が感じられる。


宴会係:「耐久とは何ですか?そのスポーツカーで耐久…?」


彼女:「草レースです。何時間か友人と交代で運転して走ってタイムを競うのです」


宴会係:「なるほど…周りにレースをやっている女性を知りません。

それは(彼氏)さんもご心配でしょう」


彼女:「サーキットは公道と違って一方通行ですし、

一定以上の運転技術の人が集まっているので安全ですよ、無茶さえしなければ」


全くその通りだ、激しく同意する。


宴会係:「はぁ、そういうものですか…」


彼女:「ただウチのクルマは燃費が悪くて…

とてもカッコよくて速くて気に入っているのですが、そこだけは困りますね。

サーキットで走るとリッター3キロ付近になってしまいます。」


宴会係:「それはエコではありませんな(笑)アメリカ車並みですね。

ああ!わかりました、ということはロータリーエンジンのRX-7ですね?」


彼女:「そうです、そうです、よくご存知で!」


宴会係:「それはそうです。RX-7といえばカッコ良いけど

燃費が悪くて有名なマツダ車ですから」


彼女:「あはは、その通りです」



彼氏:「どうしたの?楽しそう。」


彼女:「私のFDの話をしていたの。」


彼氏:「そうなんです、この人、週末はサーキットに行ってるか、

千葉のクルマ屋に行っているか、買い物してるかのどれかなんです!(笑)」


====


すみません、お待たせして。では行きましょうか!


残念ながら私の方の担当が来てしまった。会場内を視察するために席を離れねばならない。

もう少し聞き耳を立てていれば、通っているショップが何処なのか分かりそうだが、

隣のカップルの話が聞きたいのでもう少し待ってくれとは流石にいえない。


一通り、同窓会の会場内を確認して戻って来たが、

打ち合わせスペースには既にFDの彼女の姿はなかった。

ならば、駐車場に戻ってナンバーを!と思ったが、

当たり前ながらFDは既に隣にいなかった。


しかし、それを確かめてどうしようというのか。

私もどうかしている…。


でもいつか、サーキットで会えるかもしれない。

名前の変わった彼女に。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

のりもの百景 エリ助 @elisuke

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ