のりもの百景

エリ助

第1話 辰巳で会ったDC2

「憂さバラし」は大事である。

50も近くなると色んなものを背負ってしまう。

それらから解放されるためにヒトは色んな方法を持っている。


私にとってのその1つはスポーツカーであり、

出来ればサーキットで冷静に自分を計りながら色んなものを解放していきたいのだが、

昨今の「色んなもの」はそれすら許さない…。


そんな時は手軽に楽しめる東京ニュル、首都高ドライブでプチ解放だ。


とはいえ、そんなにスピードは要らない。

充分な車間距離を持って、クルマを縫って走るだけでもいい。

車体剛性がしっかりして、

入力に対して素直に反応してくれるMTミッションのスポーツカーを駆って走れるなら、

日常の「憂さ」レベルは充分に解放できる。


今夜もそんな夜だった。

渋谷からスタートし、3号高樹町から首都高に乗って、

渋滞具合からC1の外か内の何れかを選ぶ。


もちろん事前に渋滞情報アプリで調べておくのだが、

この日は集中工事が入っていた。


情報を見たタイミングが悪かったのか、

アプリでは渋滞は無いはずだった道で工事が始まり、

気持ちよくアクセラレータを踏むことが全く出来ない。


こんな時は時間を少しずらすしかない。

こういう時は決まって辰巳第一パーキングエリアだ。


多少イライラしながら内回りを回りきり、

入ってきた3号線合流を横目に11号台場線に向かう。

うねりながら右に曲がっていくC1から11号への稜線は、

継ぎ目に段差もあって気を抜くと荷重が抜ける。


雨が降ると上り坂ですらリアが空転する

FD3Sというリアハッピーなクルマでは

細心の注意を払ってアクセラレータを踏み込まなければならない。


公道、それも首都高でパワードリフトなどは自分の中ではご法度である。


時間によって七色にライティングされる

都心の吊り橋はレインボーブリッジと呼ばれる。


橋の中央より下り始めてから見えるお台場の夜景は、

都内でも抜群だと思う。

快調に加速しつつ湾岸ベイショアルート、通称、湾Bを東行き千葉方面に。


橋の終わり付近で左に大きく曲がっていく。

千葉方面にそのまま帰宅するときは片側4車線の

走りやすい中央に車線変更をするのだが、

辰巳第一に行く時は1番左の車線をズッと走ればいい。


美しい高層マンション群が左手に見えてきて、

まさに都心の高速を走っているという実感が湧く。


路面に9号の表示が出たらそれに沿って、

側道に入ると直ぐ右手が辰巳第一パーキングエリアの入り口だ。


ウチの黄色のFD3Sは滑る様に駐車スペースに流れ込む。


ここは都心でも有数の夜景が眺められる上、比較的広く、

都内からも便利なため、格好のドライブコース休憩所になっている。


今晩はロードスターNAの愛好家の集まりの様だ。

可愛いNAが沢山来ている。


2台ほど空けて駐車しようとすると、

その隣に岐阜ナンバーの銀色のDC2(ホンダインテグラタイプR初代)がいた。


このパーキングエリアは横浜の大黒パーキングエリア程ではないものの、

地方からくる人も多く、

元旦朝にはアルファロメオベローチェの集会などが開催されており、

有名なパーキングエリアではある。


大黒よろしく金曜日の夜には警察が出てきて違法改造車を検挙したりもする。


件のDC2はフロントガラスから見るにつけ誰も乗っていない様だったが、

車内には明かりが点いている。

よく見ると小柄な女性が乗っていた。

ハンドルの間から顔をのぞかせる様な小柄さだ。


岐阜から乗ってきたわけではないかも知れないが、

岐阜ナンバーを付けたDC2という古いスポーツカーに

小柄な女性が乗っているという事実に驚いた。


自分がトイレに行っている間にその女性はクルマから降りた様だった。

車内が暗くなり、シートに人影はなくなった。

さすがに人が乗っていると分かればジロジロと覗き込むわけにもいかなかったが、

少し観察させてもらう。


運転席は驚くべきことにBLIDEのフルバケットシートだ。

さっきは気がつかなかったが、ホイールは社外品に交換してある。

それも白ホイール。そして4ドアである。


4ドアのDC2、つまりDB8を選ぶスポーツカー乗りを想像してみよう。

家族がいて、でもスポーツカーが好き。


ミニバンに乗っていたのだが、学生の頃、

大好きだった憧れのDC2の程度の良い中古車に出会ってしまった!

まさに運命。4ドアであることを理由に、

何とか妻を説得して若いころ好きだったDC2を手に入れた、

嬉しくて通勤にも乗ってきてしまって、帰りに辰巳に寄ってみたのだ、


イマココ、ならば、腑に落ちる。


全く持って同感だ。自分でもありそうなシナリオだ(笑)


「すみません、私のクルマに何か…?」


うわわわわ!


目の前にいるのは歳のころはせいぜい20代前半の小柄な女性、

グレーのワンピースに白いカーディガンを羽織った可愛い女の子である。


さっきは暗くて小柄な女性だろうとしか分からなかったが、

まさかこんな子が乗っていたとは。

私の持つ4ドアのDC2乗りのイメージは木っ端微塵に砕かれ、

2.3歩後ずさりしてしまった。


ゴメンなさい、ジロジロと見てしまって。

4ドアのDC2が珍しい上に、女性が乗っていた様だったのに、

フルバケットシートが付いているなんて

見間違いかと思ってよく見ようと覗き込んでしまいました。


「珍しいですかね。もともと私のクルマじゃないので…」


えっ?それはどういうことですか?


「彼氏のクルマだったんです。」


なるほどそれなら合点がいく。

父のクルマだったと言われる方がもっと合点がいくけれど。


だった?何故いまは貴女が?


「お別れしてクルマだけが残ったんです」


ふむ、しかし、このクルマは普通じゃない。


好きなんですか?このクルマ。


「ええ、私、マニュアル車が好きなんです。

クルマと対話している気分になれるので。

このクルマは古いですけど、預けているクルマ屋さんがとても丁寧で、

いつもベストな状態で乗れています。

本当に乗れなくなるまでずっと乗りたいと思っているんです。」


素晴らしいですね。

クルマとしてもそこまで言ってもらえれば本望でしょう。

設計した人もホンダさんも浮かばれます。

良いクルマ屋さんに恵まれたのも、そのクルマに乗り続けては如何ですか、

という巡り合わせかもしれませんね。


「はい、父なんですけれど。」


なるほど、コレは腑に落ちる構図。

クルマ好きの父が、ある日彼氏と別れた娘が持ってきたDC2を手塩にかけて再生し、

娘がそれを走らせる。可愛いお前を捨てていく様な男など見なくていい、

オレがお前のために万全の整備をしたこのクルマに乗って元気を出しておくれ、


こんなところだろうか。




かく言う私も20歳の息子にこの手塩にかけて再生してきたFDを貸して、

メインのエリーゼと首都高ランデブーなんてありえない幸せだなと思ったりする。

彼はまだ免許を持っていないが。


「岐阜から出てきて3年、今晩はちょっとだけイヤな事があったんで、

スッキリしようと思って首都高にあがったんです。ここは夜景も綺麗なので…」


そうですね。ここは都内でも有数の夜景スポットだと思います。

ちょっとイヤな事があった時に愛車を駆って上がってくるには最適な場所だな、

と私も思いますよ。


「ありがとうございます。」


なんともシッカリした娘ではないか。


「そろそろ私、失礼します」


キチンとした親に育てられたのだろう。

挨拶も受け答えも立派なものだ。


ありがとう、変なことを聞いてしまってゴメンなさい。


「いえ、おやすみなさい」


そして銀色のDC2(DB8)はB18の元気なエンジン音を響かせつつ、

辰巳のホームストレートを加速しながら夜の東京に消えていった…。

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