第7話 五日めの朝3



 ドアノブが内部からまわされている。誰かがなかにいるのだ。だが、外から紐で結ばれているせいで、ドアをひらけないでいる。


(ほんとにいたんだ! 三十一人め!)


 神崎は詩織たちをさがらせると、ポケットからカッターナイフをとりだした。

 なんと、香澄もハサミを持ってかまえる。いつのまに、そんなものを所持していたのか。ほんとに香澄は用意周到だ。


 神崎がカッターナイフで紐を切ると、とたんに内側からドアがひらく。なかから若い男が顔を出した。外廊下に立つ詩織たちを見て、おどろいて腰をぬかす。


 すばやく、神崎がかけより、男を押し倒すと、喉元にカッターナイフをさしつけた。


「動くなよ。問いにだけ答えろ。おまえはグールか?」

「ち、違う……てか、頼むからさきにトイレ行かしてくれ」


 男は泣いていた。名札はないので名前はわからない。初めて見る顔だ。ここ数日シャワーを浴びていないらしく、けっこう匂う。が、それは男の体臭だ。血の匂いではなかった。


 神崎はどういうわけか、男の上からどくと、カッターナイフをしまう。


「神崎さん。いいんですか?」

「こいつはたぶん、グールじゃない」

「どうして?」

「だって、外から封印されてた。こいつがグールで昨夜の四人を殺したなら、この部屋のドアは縛られてなかったはず。そしてドア以外から出入りできるなら、トイレにだってその方法で行ってる」


 たしかに、そうだ。紐で各部屋を封鎖したのは夕方だ。それ以降、この部屋は一度も開閉されていないことになる。


「それに、コイツ、数日前から風呂に入ってない。でもそのわりに血をかぶってないだろ。あれだけの残虐行為をしたなら、必ず返り血をあびてる」


 それはそうかもしれない。

 今朝のあの現場を見たあとでは、一滴の返り血も受けずに人は殺せなかったと考える。男の体臭が、むしろ無実である証なのだ。


 それには香澄も納得したようだ。ハサミをポケットにおさめる。


「スゴイ。ほんとにいたんだ。三十一人め。神崎さん、さすがですね」

「見まちがいでなくてよかったよ」


 たしかに三十一人めはいた。でも、グールではない。

 詩織はこれの意味するところをなかなか理解できなかった。いや、理解したくなかったのかもしれない。


 とりあえず、四人で見張って、男をトイレにつれていく。


「おまえ、名前は?」と、神崎がたずねる。

「処刑にはフルネームが必要だ。名字だけでいいから教えてくれ。偽名でもいい。じゃないと、呼ぶとき困る」

「えっと、じゃあ、柏餅かしわもちで。なんなら、柏でいいよ」


 絶対、本名じゃない。あだ名か自分の好きな食べ物だ。


「柏。おまえ、ずっと、あの部屋に隠れてたのか?」

「うん、まあ」

「でも、おれたちは何度もあの部屋を調べた。そのときには誰もいなかったはずなんだ」

「おれ、配管工だから」

「つまり?」

「屋根裏に隠れてたんだよ。トイレのときだけ走っていって」

「でも、食料はどうしてたんだ?」

「コンビニ? みたいなとこがあって、初日にあそこからくすねたよ。ありったけ」


 詩織は最初にコンビニへ行ったときのことを思いだした。食料品は何もなかったが、そう思ってみると、棚に不自然な空きがあった。ほんとはあそこに食品がならんでいたのだ。缶詰やレトルトなどであれば、日持ちもする。


 詩織は男のたくましさに感心した。しかし、どっちみち、隠れているだけでは勝ちにならない。グールが誰なのか特定して処刑しなければ、この場所から生きて出ていけないのだ。


「あの、神崎さん。この人、どうするんですか? グールじゃないのはわかりました。でも、沢井さんたちは、たぶん納得してくれませんよね?」

「だろうな。否応なく、今夜の裁判で処分する」


 各階にトイレはあった。柏は個室が一つあるだけのトイレのなかへ走っていった。待っているあいだ、外の廊下で、詩織たちは話しあった。


 ずっと難しい顔をしていた香澄が、ため息まじりに言いだす。それは詩織のかすかな不安を直撃した。


「ねえ、それより、大変なんですけど。あの人が三十一人めで、しかもグールじゃないとしたら、それって、ってことじゃないですか?」


 詩織はその言葉に衝撃をおぼえて立ちすくむ。


 わたしたちのなかにグールがいる——それは、どういう意味だろう?


「わたしたちって?」

「だから、ですよ。神崎さんと島縄手さんはより条件が厳しかったから、たぶん違う。グールだからって、自分の手首を片手でベッドの手すりに結びつけられる軟体動物になるわけじゃないだろうし。さっきの柏餅さんも室内にいながら、外のドアノブは縛れない。それなら、これまでアリバイがあるって除外してた人たちのほうが、むしろ怪しいですよね?」


 詩織はがくぜんとした。

 それだ。詩織が考えたくなかったのは。

 アリバイがたしかなはずの人たちのなかに、グールがまぎれこんでいる……。

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屍喰鬼ゲーム【第5回最恐小説大賞受賞作】 涼森巳王(東堂薫) @kaoru-todo

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