第5話 ゲームに勝てば3



 詩織はたずねた。


「それはどういうこと? 教えて。香澄ちゃん」


 香澄はいつもの少し冷めた態度で打ちあける。


「バイトです。高額バイトをネット検索したら、すごい額を見つけたんです。ちょっとヤバそうだなとは思ったけど、どうしても大学進学資金をかせぎたかったから」

「高額って、いくら?」

「二千万。それだけあれば、残りは奨学金でもなんとかなるなって」

「に、二千万? とんでもない金額じゃない?」


 記憶はないが非常識なバイト料だという感覚はあった。日給で一万四、五千円も出れば、充分、割のいい仕事だと、詩織は思う。


「たぶん犯罪がらみのそうとうヤバイやつかなとは考えました。でも、うち、父親が借金作って自分だけ夜逃げしたんですよね。ママが一人で働いて、ここまで育ててくれたけど、ムリがたたって去年、亡くなって。借金の残りはママの生命保険でなんとかなったけど……自分でかせぐしかないんです。風俗に売られなかっただけ、まだマシかなって、わたしは前向きに考えてるんですけどね」


 まだ十代なのに、信じられないくらい苦労してきている。それでこんなに大人っぽい思考なのだ。子どもでいることをゆるされなかった。そういう生きかたを十代で余儀なくされた。


「ごめんね。言いたくなかったよね」

「かまいませんよ。ゲームに勝てば二千万手に入るんだから、わたしはがんばります。絶対、勝ち残ります。自分の人生は自分で切りひらくの」


 強い子だ。

 はたして、同じ境遇だとしたら、詩織にそこまでの覚悟が持てるだろうか。


 しかし、そうなると、詩織はなぜ、記憶がないのか疑問が残る。

 チロリと優花を見ると、視線から詩織の気持ちを察したようだ。優花も自分から話しだす。


「わたしはよくわからないけど……たぶん、元彼にだまされたんだと思う。前にわたしのカードで勝手に借金してて。それで別れたんだけどね。ふだん使ってないカードがもう一枚あったんだよね。それをなくしたって、最近、気づいて。使用停止にしてもらったときには、だいぶ使いこんでたみたい。おぼえのない借金のとりたてがあって、怖くなってたところに、こんなことがあったから……」


 香澄がものすごく感情のこもった声で言う。

「うわぁー。優花さんの元彼、最悪ですね。ゲスですよ、ゲス」


 優花は情けない表情ではあったが、少しムッとしたようだ。


「そうなんだけどね。でも、見ためはそんなふうに見えないんだよ。すごくいい人で、まじめで誠実に見えるの」

「わたしたち、似た者同士ですね。まあ、わたしの場合は親父だから選べなかったんだけど。ほんと、あのクソ親父、目の前にいたら殺してやるんだけどな」


 さばさばした口調で冷淡な宣言をするところが、ほんとに今の子なんだなと詩織は思う。


 それにしても、二人の共通点はお金だ。どうやらこのグールゲームは参加の謝礼として高額を支給されるらしい。だとしたら、詩織自身も大金が必要で参加したことになる。


(ほかの人もみんな、そうなのかな? でも、二千万で命を賭けるのは、ふつうの人なら躊躇ちゅうちょする。大金だけど、若い人なら一生働いて、かせげなくはない額だし。集まるのって、そうとうにお金に困ってるか、無謀な人なんじゃ?)


 沢井は一見、好青年。木村はエリート管理職のサラリーマンに見える。バイト代につられて来るようには見えないが、人は見ためどおりではないと言うことか。香澄のように親の残した借金のためかもしれない。


 とにかく、それぞれに事情がありそうだと思った。


 そうこうしているうちに、沢井たちがホールにやってきた。すごい勢いで朝食をむさぼる。時間が一分でも惜しいようすだ。


 食事が終わると、沢井は木村と相談してから言いだした。


「みんな、協力してほしい。発見されてないグールの容疑者はあと一人だけだ。そいつをなんとかして今日じゅうに見つけたい。そしたら、今夜の裁判で二人のうちどっちかを処分する。もしも、それが外れても、もう一人を監禁しておけば、次の日の裁判では確実だ。最長で明日の夜には終わる。おれたちはみんな勝てるんだ」


 綺夢か、まだ見つかっていないもう一人。

 そのどちらかがグール。

 勝利は目前だ。

 その場にいる全員の士気が目に見えてあがった。


 昨日にわけたグループと、さらに今朝になってアリバイのできた六人のグループで、廃墟内を上から下まで捜索した。島縄手が姿を見せないので、神崎は詩織たちについてきたが。


 夕方近くになって、ようやく、最後の一人が見つかった。でっぷり太った大柄な男だ。恐怖のためなのか、もともと性格やコミュニケーション能力に問題があるのか、暴れまわって話にならない。

 みんなに追いたてられて、階段から足をふみはずした。


「あッ——」


 仰向けに落ち、後頭部をしたたかに打つ。男の体の下から鮮血がみるみるひろがった。


 沢井がすくんでいるので、里帆子が近づいていった。看護師だから、そのへんの度胸はあるらしい。

「死んでる」と、ひとことだけ告げる。


「しょうがないよ。暴れたのは、こいつ自身だから」と言ったのは、はたして誰だったのか。


「でも、コイツがグールだったら、裁判は死人でも選べるのかな?」

「そこは天井の人に聞かないと」


 沢井と津原の会話にアナウンスが割って入る。


「夕食前でもけっこうですよ。今夜の裁定をおこないますか?」


 全員一致で、階段から落ちた男を選ぶ。

 綺夢は一室に閉じこめたままだし、これで明日の朝にはゲームは終わる。勝って、外へ出られるのだ……。

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