第5話 ゲームに勝てば2



 現れた人を見て、詩織はがくぜんとした。あまりにも予想に反していたからだ。てっきりグールというのは、大柄で、見るからに恐ろしい凶悪な男だと思っていたのに。


 階段からころげおちるように現れたのは、小柄な女だ。二十代後半だろうか。ストレートの茶髪で、身長はたぶん百五十センチ前後。


「そいつグールだ! 捕まえろ!」


 沢井に言われて、神崎が走った。はひょうしぬけなくらい容易に捕まった。


「違う。わたし、グールじゃないよ! 怖いから隠れてただけ」


 女はそう主張する。まだ名札をつけていた。三条さんじょう綺夢きゆ。それが彼女の名前だ。


 綺夢は小柄で非力だ。神崎が片手で肩をつかんで押さえている。それだけで抵抗できない。


 ほんとにこんな女性がグールなのだろうか?


 考えこんでいると、バタバタと階段をおりてくる音がして、沢井や橋田、津原がやってくる。


「サンキュー。助かった。こいつ、屋上の物置に隠れてた。こいつがグールだ」


 息を切らしながら、沢井が綺夢を指さした。

 神崎は綺夢を離し、肩をすくめた。


「どこに証拠があるんだ?」

「手——手に印が」

「印?」


 グールに現れるという兆候か。


 神崎が綺夢をふりかえる。

「手、見せてください」


 綺夢は首をふった。

「違うの。わたし、アレルギー体質だから。金属……注射針のせいだと思う。ほんとだよ。グールとかじゃないし」


 綺夢は両側から男たちに押さえつけられて、袖をめくりあげられた。注射された左の上腕。針あとのまわりが真っ赤になって、ただれている。腕全体が腫れあがっていた。


 詩織は香澄や優花と顔を見あわせた。綺夢がグールかと言われればイメージと違うが、かと言ってグールではないとも言いきれない。


「これって、印?」

「どうだろう。わかんない」


 詩織が優花とボソボソ話していると、香澄が冷静な口調で告げた。


「初瀬さんに聞いてみたらどうですか? あの人、看護師なんでしょ?」


 沢井がアゴをしゃくって、津原に走っていかせる。津原はすっかりいいように使われているようだ。しばらくして、里帆子がやってきた。


「ちょっと、やめてよ。グールなんて、わたし見たってわかんないわよ」

「そう言わないで、お願いしますよ。ほら、この人なんですけど。これ、ほんとにアレルギーですか?」

「ええ? どうだろ? アレルギーにしては症状がひどすぎない? これだけの外的症状がたった二、三日で出るなら、アナフィラキシー起こしてても不思議はないんだけどな。一ヶ月以上、アレルゲンと接してたら、こんなこともあるけどね」


 里帆子と津原の話を、まわりのみんなが聞きいっている。しかし、結論は出ない。


「とりあえず、今夜、監禁しとけば? それでグールかどうかはわかる」と、神崎が提案する。


 沢井は考えこんだ。

「そうだな。アリバイのないやつはもう一人いる。そいつを徹底的に探そう」


 綺夢はビニール紐で空室のベッドに固定され、扉は例の方法で動かないよう封鎖された。


 沢井たちはすぐに徹底的に残る一人をあぶりだすために走っていった。神崎もついていく。


「あーあ。男たち、朝飯も食わずに大変ね。食べよ。食べよ。ほら、あんたたちも。河合さーん。朝食だよー」


 里帆子にうながされて、詩織たちはホールにむかった。厳しそうな性格なので少し怖かったのだが、こういうときは強引なくらいが助かる。


「あの、さっきの女の人も、ご飯、食べたいんじゃない? 持っていってあげたほうがよくないかな?」


 エントランスで昨日と同じメニューを食べていると、めずらしく優花が意見を言った。


「昨日までどうしてたのかな。二日も食べてないんならお腹へってるよね。あとで持っていこう」


 詩織は賛成したが、香澄はいい顔をしない。慎重な子だから危険を回避したいのだろう。でも、反対まではしない。


 優しい優花と、しっかり者の香澄。ほんとに、いい人たちに出会えてよかったと詩織は思った。この二人といっしょでなければ、とっくに心がどうにかなっていた。


 朝食はなごやかに進んだ。

 今夜にはもうすべてが終わる。綺夢がグールにしろ、そうでないにしろ、グールの容疑者は二人しかいないのだから。

 そのせいか会話がはずんだ。


「ねえ、詩織さん。優花さん。あとでコンビニ行きましょうよ。わたし、化粧品がないかなって。せめて色つきリップだけでもいいから」


 なんて、香澄が女の子らしいことを言う。


「バッグ返してほしいですよねぇ。ポケットに入ってたものだけじゃ不便で」

「たしかに。せめて化粧ポーチだけでも」


 なんて二人が話しているので、詩織はおどろいた。


「あの、二人は自分の持ちものをおぼえてるの?」


 香澄は当然という顔をしている。


「えっ? それはもちろん。詩織さんはおぼえてないんですか?」

「わたし、自分の記憶がないんだけど?」

「ええっ? それって、どういう?」

「だって、優花だって、言ってたよね? どうやってここにつれてこられたかおぼえがないって」


 優花は戸惑った。


「それは、ないけど。たぶん、なんかの薬品が使われたのかなって」

「だよね。だから、みんなそうなんだって思ってた……」


 つかのま、香澄は考えこんでいた。が、思いきったようすで言う。


「薬はクロロホルムでしょうね。この場所がどこにあるのか記憶されないように使われたんだと思います。けど、わたし、自分で申しこみましたよ?」


 なんだか思ってもみない答えだ。

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