第六話 謎の三十一人め

第6話 謎の三十一人め1



 その夜は三日ぶりによく寝られた。誰もが勝利を確信していた。そして、達成感。

 こういうときにこそ一致団結することが、ひじょうに大切なのだと、なにがしかの仲間意識のようなものさえ芽生えていた。

 少なくとも、詩織はそう感じた。


 だが、それらは幻影にすぎなかったのだ。


 翌朝。

 みんなが待ちに待った朝。

 今日には家に帰れる、解放されると信じていた朝。


 その夜は悲鳴を聞かなかった。きっとグールが出なかったからだ。グールは昨夜の階段から落ちた男だったのだ。名前はなんと言ったか。名札をよく見ていなかった。沢井たちは名前を呼んでいた。


 でも、そんなのどうだっていい。だって、ゲームはもう終了する——


 そう考えながら、扉の前に集まった。綺夢を閉じこめておいた部屋の前だ。


 ところが、扉はやぶられていた。縛ってあった紐が切られ、封印が解けている。


 しかも、なかには死体があった。女だということはわかった。顔を食いちらされて、激しく損傷していたので、被害者が誰なのかもわからない状態だった。


「クソッ。グールは三条綺夢のほうだったのか!」


 沢井は壁を打って悔しがっている。その肩を木村がたたく。


「何、三条の名前はわかっている。今夜の裁判では彼女を選択すればいい。一日ゲームが長びくだけだ」

「そう……ですね」


 しかし、となると、どこかに殺された被害者がいるはずだ。


「グループのなかで一人いなくなっている班はないか?」


 木村は問いかけたが、誰も答えない。

 詩織も優花や香澄と目を見かわす。


「うちはみんないます」

「うちも」

「こっちもです」


 そんな返答が続く。

 なんとも奇妙な事態だ。確実に誰か一人、死亡しているのに、被害者が見あたらないのだ。グループのなかで誰かがいなくなれば、少なくとも同じグループの人間はわからないわけがない。


 金髪美少女アリスが皮肉に笑った。

「誰も死んでないの? じゃあ、この死体、どこから湧いてでたの?」


 死体がとつぜん、どこかから出てくるなんてありえない。それも女だ。男の死体なら、もしかしたら、これまでに処刑された青居や戸田を、死体安置所からひっぱりだしてきたのだとも考えられるのだが。いや、そう言えば、名前はわからないが昨日の被害者は女性だった。あるいは……。


「スタッフ……とか?」


 詩織は遠慮がちに言ってみた。だが、沢井が首をふる。


「おれたちは上から下まで、入れる場所には全部行ってみた。この建物は四階建て。屋上と地下がある。ただ、地下は一階までしか行けないし、エレベーターが使えない。スタッフルームがあるとしたら、おれたちの行けないエリアにあるんだ。最初の注射のとき以外、おれたちのエリアに入ってくるのはあのロボットだけだし、グールが誰だったとしても、スタッフは襲えない」

「そうですか」


 でも、だとしたら、なおのこと、あの死体の女は誰だというのか? やっぱり、昨日の朝の被害者なのか?


 すると、香澄が考え考え、つぶやく。

「そもそも、最初の人数って何人だったんですか?」


 沢井はうろたえた。

「えっ? 三十人だろ? ずっとそうだと思ってたけど」

「なんの根拠で?」

「椅子を数えたんだよ。エントランスホールに置かれた名前の貼られた椅子。あれって人数ぶん用意されてたんだ」

「それ、数えたの、いつですか?」

「えーと、二日の朝かな。班わけしたときに」


 アリバイのある人たちの名前をルーズリーフに書きだしたときだろう。


 恥ずかしながら、詩織はいまだに椅子を数えたことがなかった。最初の夜にザッと見たとき、だいたいそのくらいの数だったから、てっきり三十ちょうどでキリのいい人数だと思いこんでいた。


「でも、椅子は床に固定されてない。つまり、動かせますよね?」


 香澄の言葉を聞いて、みんなが黙りこむ。


 たしかにそのとおりだ。もしも、たとえば最初の夜に、こっそり部屋からぬけだして、誰かの椅子を運び、隠してしまえば、椅子の数は減らせる。増やすことはできないが、減らすことはできるのだ。


「グールが……そうしたっていうのか?」


 不安そうな沢井の声に、冷徹な香澄の声がかぶさる。


「グールにかぎりませんよ。たとえば、少量の食料を自前で持ってれば、あとは水道水を飲みながら、一週間ずっと部屋にこもって、自分だけ安全に勝ちのびようとする人がいたっておかしくないでしょ?」


 そんなこと考えてもみなかった。でも、空腹に耐えられるなら、そのほうが確実で危険もない。

 たとえば、最初の夜に夕食をもらってすぐに走っていった人がいた。あの人たちなら、貰った一食をいたみそうなものから少しずつ食べていれば、一週間くらいどうにかなりそうなものだ。


「つまり……?」


 詩織は思わず年下の香澄をすがるようにながめた。

「つまり、どういう……?」


 香澄はあくまで冷静だ。

「つまり、ほんとに三十人なんですかって話です。もしかしたら、三十一人、ないし三十二人とか、それは想定できる範囲内じゃないですか?」


 もしそうなら、計算が狂う。

 今夜ではゲームは終わらない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る