第4話 監禁解放2



 ふらつきながら、詩織はベッドをおりた。恐ろしいが、たしかめなければ。外で何が起こっているのか。


 そろっと歩きだすと、香澄がついてくる。

 優花は不安そうな顔でこっちをながめたまま動こうとしなかった。


「優花は待ってて。わたしたち、見てくるから」


 優花は力なくうなずいた。なんだか、もう限界のようだ。


 しかたないので、香澄と二人で廊下へ出る。今日は上の階のどこかで声が聞こえている。


「上みたいだね。詩織さん」

「うん。行ってみよう」


 そもそもこの建物が何階まであるのか、詩織は知らないが、少なくとも自分たちが寝室に使っているのが二階で、その上にも階段が続いていることはわかっていた。


 階段は昨日、戸田が殺されていた場所だ。しかし、今朝見ると、そこにはもう血痕も残っていない。ロボットたちがキレイに清掃していったらしい。むしろ、廃墟の汚れがとれて、そこだけやけに白い。


 三階につくと、人の話し声が大きくなった。


「詩織さん。あそこに人が」


 沢井たち数人が集まっている。


「何があったんですか?」


 背中に声をかけると、沢井は青ざめた顔でふりかえった。津原や里帆子、河合がいるものの、神崎の姿は見えない。まだ監禁が解かれていないのだ。


 沢井が示す室内を、詩織はのぞいた。窓辺に人型の黒いシルエットが張りついている。ちょうど逆光になっていて顔が見えない。身長や輪郭から女のようだとわかる。


 部屋に近づいただけで感じたが、室内はものすごい血の匂いだ。薄暗いものの、窓の人影の下に黒い血だまりができているのは、ひとめで見てとれた。


 また、人が殺された。

 やはり、青居はグールではなかったのだ。


 罪のない人をみんなで殺した。裁判にかけて。

 いや、それ以上に、グールがまだいる。人の顔をした化け物が、自分たちのなかにいる……。


 詩織は力がぬけて、その場にすわりこんでしまった。

 二重の意味で衝撃を負って、すぐには立ちなおれない。

 しかし、香澄は気丈にふるまっていた。


「死んでるのは誰ですか?」

「わからない。知らない顔だ。たぶん、初日に一人になって、そのあとずっと単独行動してた人だろう。名札もつけてない」

「そうですか」


 香澄と沢井の会話を聞いて、詩織は少しだけ気力を持ちなおした。

 知っている誰かが亡くなっていると思うと、よりツライが、知らない人ならちょっとだけ気がラクになる。人間なんて利己的なものだ。


「それよりさ。青居がグールじゃなかったんなら、まだいるんだよ。ねえ、下の部屋に閉じこめてたやつら、ちゃんと捕まってる?」と噛みつくような口調で言いだしたのは、里帆子だ。


 沢井もそれに思いいたった。

「調べてみよう」

 階下へむかっていく。


 昨夜、香澄が言った方法で室内に閉じこめられた人たちだ。今もまだ外から縛った荷造り用のビニール紐がそのまま残っていたら、彼らはグールではない。


 みんなが歩いていくので、詩織も立ちあがった。香澄が手をとってひっぱってくれる。この子がいてくれて、ほんとによかったと、心から思う。


 詩織たちが立ち去るのと入れ違いで、ロボットが死体を回収に来た。これで明日にはあの部屋も真っ白になるのだ。


 一階へついた。昨夜の容疑者の一団は一階の空き部屋に監禁されている。二つとなりあった部屋のドアノブをピンと張りつめるまでキツくして、ビニール紐で結んである。


 紐の強度から言えば、それほど強くはないが、それが切断されていれば、なかにいる人たちは今夜もアリバイがなくなる。グールの嫌疑が解けず、処分を決定されてしまうかもしれないのだ。自分から紐を切って外に出ようとする人はいないはずだ。


 途中で木村や沢井の仲間も合流した。十人ほどで、監禁部屋の外に立つ。一方には昨日の昼間に捕まった六人、もう一方には自分からアリバイ作りを言いだした神崎と島縄手が入っている。


 外から確認したとき、ちゃんとビニール紐はむすばれたままだった。結びめもしっかりしていて、その状態ではドアがあかないことをたしかめてから、沢井がハサミで紐を切る。


 沢井と清水、木村と橋田。二手にわかれ、二室を同時に調べる。六人部屋はちゃんと全員そろっている。ほとんどは不安そうな顔をしているが、なかには平気で熟睡しているおじさんもいる。


 詩織はそっちのようすをチラッと見たあと、すぐにもう一室に走った。そっちは若い神崎と島縄手だから、体力のある沢井のほか、津原たちもついて入った。


 詩織は廊下からそのようすをながめた。神崎も島縄手もベッドにいた。というより、ベッド以外にはいられない。昨夜、監禁されるところを見ていなかったが、なんと、彼ら二人は部屋を封鎖されただけでなく、両手両足をビニール紐でベッドに固定されている。これでは起きあがることさえできない。


「おーい」と、島縄手が大声を出した。

「早く。紐といてくれ! 便所行きてぇよ。早く、早く!」


 まあ、人相は悪いが、これでグールでないとわかった。沢井が嘆息して、紐をハサミで切る。島縄手は詩織や香澄をつきとばして走っていった。


 神崎も解放される。

 神崎は縛られたあとをさすって起きあがりながら、沢井を見た。


「それで、どうだった?」

「……」

「やっぱり、昨夜も出たんだな?」


 沢井は力なくうなずく。

 これでグール探しはふりだしに戻ってしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る