二章 生贄をささげる日々

第四話 監禁解放

第4話 監禁解放1



 重い空気のまま、夕食は終わった。

 沢井をスゴイなと感心したのは、そのあとも平静をよそおって、昨夜のアリバイのない人たちを閉じこめる算段を始めたことだ。


 結果から言えば、この建物のなかには外から鍵をかけられる部屋がない。

 厳密に言えば、鍵のかかる部屋のサムターン錠はシリンダー錠とセット。一般の玄関と同じだ。外からは鍵を使って開閉し、なかからはツマミをまわす。でも、そのシリンダー錠を解錠する鍵がない。

 そう言えば、さっき青居の部屋に入るとき、ロボットは鍵を使ってた。


「木村さん。彼ら、どうします?」

「なかからドアをあけられなくすればいいんだがな」


 二人の会話に「あの」と口をはさんだのは、香澄だ。

「ロープみたいなものがあれば、となりあった部屋のドアノブをキチキチの長さで縛ったらいいんじゃないですか? 日本のドアは内開きだから、ロープを切らないかぎり、ドアを開閉できなくなります」


 頭のなかでその方法を想像してみる。その方法で固定したドアを内側にひらくためには、ロープの長さにゆとりがないといけない。外開きなら内側からあけるのは簡単なのだが。


「なるほどね。それでいこう。どっかにロープあったかな」


 今度は津原が口を出した。

「ここ、コンビニがありますよ。と言っても、前はコンビニだった場所って意味だけど。商品がそのままだから、探せばロープはあるんじゃないかな」


「えっ? コンビニ? 行きたい」

 最初に言いだしたのは里帆子だが、アリスや香澄もすぐに主張する。


「わたしも行く」

「わたしも!」


 それで、みんなでゾロゾロと歩いていった。

 一階の廊下の角をまがった奥にコンビニだったものがあった。商品がまだ展示してある。ただし、食料品はいっさいない。あるのは下着やティッシュ、歯磨きセットなどの日用品だ。


「パンツがある! 新しいパンツ!」

「香澄ちゃん。洗濯洗剤あるよ。シャンプーも」

「やったー!」


 香澄の年相応のところを初めて見た。ブラシや鏡や、とにかく、あれもこれもと、みんなが手あたりしだいにとっていく。あわてて、沢井がとどめた。


「みんな、落ちついて。平等になるよう、各グループに人数ぶん支給しよう。下着はみんな必要だ」


 島縄手はブツブツ言っていたが、さほどオシャレに興味なさそうだから、暴力をふるうそぶりはなかった。


 新しい下着を二枚ずつ、シャンプーやボディーソープは各グループに一つずつ。そんなふうに品物をくばられた。化粧水や乳液が何よりありがたい。


 そのとき、詩織は一瞬、頭の奥に痛みを感じた。病院のコンビニ。なんとなくこんなシチュエーションにおぼえがあるような気がした。


 優花が心配そうな顔で詩織をながめる。

「結城さん。どうかしたの?」

「あっ、ごめんなさい。なんでもない……」

「それならいいけど。早くシャワー浴びてしまおう」

「そうだね。香澄ちゃんも、もう行こう?」

「はーい」


 夜はグールの時間だ。人間はなるべく早く安全な場所に閉じこもらなければならない。もっとも、青居がグールだったなら、もう何も案じることはないのだが。


 期待しながらベッドに入った。

 昨夜あまり寝られなかったせいか、その夜は布団に入るとすぐに眠りに落ちた。


 廊下を這うような音をかすかに聞いた気がする。

 でも、大丈夫。この部屋には鍵がかかっている。グールは入ってこれない。


 そう思うのに、ドアの下のすきまから、何かの目がのぞいていた。猫のように暗闇で光る。


 詩織がゾッとして見つめていると、それはニヤリと笑って、長い指をすきまから伸ばしてきた。長い、長い、たくさん関節のあるおかしな指が、カチャカチャとサムターンをひっかく。


 すると、つまみがまわった。ドアがゆっくりとひらく。


(やめて。来ないで。こっちに来ないで)


 願うのに、それは光る目でじっと凝視しながら近づいてくる。やけに低い位置に目があるのは、ソレが四つ足で歩いているからだ。


 詩織は逃げようとするのだが、体が動かない。

 黒い影が、やがてベッドの下まで来た。長い蜘蛛くもの足のような指がベッドの上に這いあがってくる。


(やめて。あっちへ行って。お願い。お願い)


 だが、なんだろうか?

 その双眸はどこかで見たことがある。知っている人物だ。そんな確信があった。


(誰なの? あなた。あなたがグールね?)


 一瞬、視界が明るくなった。

 とつぜん、その人の顔が見えた。

 その瞬間、詩織は恐怖のあまり意識を失った。


 気がつくと、朝だ。

 昨夜のあれはなんだったのだろう。室内には何も異常はない。ドアもきちんと閉められたままだ。歩いていって確認しても鍵が閉まっていた。


 どうやら、夢を見ただけらしい。怖いと思うから、あんな夢を見てしまうのだ。


 でも、大丈夫。きっと、グールは青居だ。だから今朝は悲鳴を聞かなかったのだ。


 詩織はそう考え、いくらか気分がかるくなった。

 グールを処分できれば、自宅へ帰れる。まだ自分の記憶が戻っていないが、きっと時間がたてば思いだすはず。そしたら、何もかも、いいほうへ進む。


 そのとき、部屋の外で叫び声が響いた。

 詩織はめまいを感じた。

 まだだ。まだ、終わってない……。

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